第12章

(1)宗重初対面

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< side 津軽宗重 >

 

 その時、ツガル家当主である津軽宗重は、その日の政務のすべてを終えて私室で寛いでいた。

 時間的には夜の帳が下りてから小一時間ほど経った頃だったが、蝋燭の明かりが絶え間なく照らしているので酒を飲む手も不自由することはない。

 これほど贅沢に蝋燭が焚けるのも、豪族の一人であるからこそといえるだろう。

 政務を終えたあとの夜の一杯は宗重のお楽しみの時間で、たとえ近習であっても近寄ってくることはない。

 この一人の時間が主にとって必要な時間であることが分かっているからこそ、誰も邪魔をしようとすることなないのだ。

 だが、この日は宗重にとってのお楽しみの時間を邪魔する者が現れた。

 

「――――何者だ?」

 部屋の片隅に気配を感じてそちらの視線をやれば、目に楽しい容姿に優れた女がそこに立っていた。

 腰まで届きそうな長い髪は、自らの手ではなく近習などに手入れをさせなければならないほど綺麗に整っている。

 その美しい髪にも負けないほどの顔は、人外といわれてもおかしくないほどに綺麗に整っていた。

 

 ……いや。実際にその者は人族ではなく人外であった。

 何故ならその背中に、一対の半透明な羽が生えている。

 時折小さく動いていることからも、ただの飾りでないことはわかる。

 もっともそんなものをつけている時点で変人扱いされることは確定なので、普通の人がわざわざ羽をつけようなんて考えには及ばないだろうが。

 

 とにかくその羽の存在によって、その女性が魔の物であることは一目でわかった。

 当然宗重も警戒心を最大限にまで上げるが、すぐに行動に移すようなことはしなかった。

 魔物である以上は問答無用で飛び掛かってもよかったのだが、彼女の存在感がそれを押しとどめたのだ。

 彼女から感じるその圧は、圧倒的な強者であることを示していた。

 

 ……認めたくはないが、宗重がどうあがいても勝てないほどに。

 そのことは魔物である彼女も分かっているはずだ。

 それなのに声をかけても動くことなく様子を伺っている。

 それだけで宗重を殺しに来たわけではなく、別の用事があることがわかる。

 

 そんな宗重の心の内を読んでいたのか、問いかけてから数秒ほど経ってからその女性――クインが口を開いた。

「私は『ユグホウラ』のクイン。とある方の眷属の一人です。今日はあなたに一つ報告したいことがあって来ました」

「……魔の物が、この我に報告か。一応、聞いておこう」

「ええ。何もこれだけで信用してほしいとは考えておりません。これから私が語ることが本当かどうかは、あなた自身で判断してください」

「我を試すつもりか?」

「さて。それはお互い様でしょう? それはともかく報告です。どうやら南が騒がしくなっているようですからお気をつけるように、と」

「南……イトウ家か? それならば――」


 対処していると続けようとした宗重だったが、クインは首を左右に振った。

「違います。南にはもう一つ家があるではありませんか」

「もう一つというとトウドウ家しかないではないか。あの家とは昔から友誼を結んでいる。我を謀るつもりなら――」

「別に私の言うことを信じなくとも構いません。ですが、一度は調べてみることをお勧めします」

「むう……」

「これでも迷うのでしたら、そうですね。トウドウ家が秘密裏にフジワラ家と休戦協定を結んだとすれば、あなたは信じますか?」

「なにっ……!?」


 それは聞き逃せない情報だっただけに、これまでトウドウ家に探りを入れることに難色を示していた宗重も驚きに表情を変えた。

 さらにその顔は真剣なものになり、今得た情報が本当であるかどうかを調べる気になっていた。

 その顔を見て確信を得ることができたクインは、これで用は終わりとばかりに告げた。

 

「――それでは私はこれで失礼します。この情報をどう扱うかはあなた次第。できうることなら、次はもう少し穏やかに会することを期待します」

「待て。確かユグホウラのクインといったな。もしこの情報が本当であれば、次の対面は感謝のものになるだろう。だが、我を謀った場合は――」

「そうですね。その時は、私たちもしっかりと歓迎いたします。私たちは、あなたが管理しているノースの町よりもさらの北の地に根を張っております」

「…………そのようなことまで告げてよかったのか?」


 宗重はそう問いかけたが、クインは言葉で返すことはしなかった。

 ただその代わりに、美しい顔に極上の笑顔を見せてその場から音もなく消え去った。

 その消え方は見事なまでに一切の気配を残さず、これまでのことが夢だったかと思えるほどに静かな空間だけが残っていた。

 それでも経った数分間とはいえ、会話をしたという実感だけは残っている。

 

「――誰か!」

 クインとの会話の余韻に浸る間もなく、宗重はすぐさま近くにいるであろう近習に呼びかけた。

 相手が魔物であるとはいえ、先ほど聞いた内容にはどうしても聞き逃せないものがあった。

 この北の地を守る者として、他家からの蹂躙には絶対に対抗していかなければならない。

 そのためには相手が魔物であろうと何だろうと、利用できるものは利用する。

 そんな気概が宗重には備わっているのであった。

 

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< side |キラ≪主人公≫ >


「そうか。上手く伝えられたんだったらよかった」

 クインはツガル家の当主と接触してから翌日には、俺のところに報告に来ていた。

 クインの背中にある羽は単に飾りではなく、きちんと空を飛ぶことができる。

 進化する前はそこまでの距離は飛べなかったらしいが、今では津軽海峡を平気で越えられるくらいには飛べるそうだ。

 そもそも情報部隊である子眷属が超えているので、その主であるクインが越えられないはずがないのだが。

 

 わざわざ直接クインが当主に会うように指示したのは、これからのことを考えてのことだ。

 これでツガル家当主がこちらの言い分を一方的に聞かないのであれば、今後も近寄らなければいい。

 もししっかりと話を聞いて、その上でさらに今後も話を聞きたいというのであれば、これから先の重要な取引相手になってくれるはずだ。

 ツガル家当主にそれだけの器量(?)があるのであれば、こちらとしても今後ぐっと動きやすくなってくる。

 この辺りは賭けになってくるが、人族を相手にする初手の賭けとしてはそこまで分が悪くはないと考えている。

 

 ツガル家当主がどんな人物だったとしても、必ず一度はこちらの存在を明らかにする必要がある。

 それならば勢力が削られる前に恩を売っておくのも悪くはないだろうと考えたのだ。

 その結果としては『悪くはない』といったところだろうか。

 クインの報告を聞く限りでは、少なくともこちらが魔物だからと完全に耳を閉ざすような人物ではなかったと。

 

 例の言伝がどう解釈されるかはわからないが、少なくともこちらがかけるべく言葉はきちんと伝えられた。

 あとは当主がどう動くかだが、出方によってはこちらの手を貸すことまで考えている。

 今回の件はそのための試金石になると考えたからこそ、クインに直接対面してもらったのである。

 ツガル家当主との関係が、今後のユグホウラの動きに大きく影響することになるのは間違いない。

 この後は今も侵入している子眷属からの報告を待つだけである。




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