第11章

(1)歪みの確認

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 眷属からドワーフの話を聞いたあとは、まず体の調子を本格的に確認することにした。

 本来ならまだ会ったことのないドワーフを優先すべきなのだろうが、大きく仕様が変わっている体のことを確認しないと何か失敗をやらかすかもしれないと思ったのだ。

 はっきりと五感が感じられるようになったということはより以前の状態に近づいたということなのだが、人の体とは違っている可能性もある。

 その時の感覚で話をして違っていた場合に、大きな齟齬が出る可能性もないわけではない。

 そうした誤認を起こさないためにも、きちんと確認しておく必要があると感じていた。

 

 というわけで数時間ほどを使って色々な検証をした結果、今の分体の状態は眷属により近いものになっているということが分かった。

 直接的な五感に関してはより人のものに近いのだが、今の体は以前と同じように空腹を感じることはないらしい。

 だからといって食事ができないというわけではなく、消化して栄養を吸収するということもできる。

 もっとも栄養の吸収に関しては眷属と同じように周辺に漂う世界樹の魔力から得た方が効率が良いようで、食事が必要ないというのもこれに起因している。

 三大欲求のうちの残り二つに関しても、以前の体と変わらずにほとんど感じることはない……ようだ。

 まだ体を作って数時間しか経っていないので絶対にそうだと断言できるわけではないのだが、こればかりは時間をかけて調べていくしかない。

 

 さらにもう一つ、新しい体になったことで分かったことがある。

 その確認をするために、今はユリアと一緒にいる。

 大きくなった体を見たユリアは最初は驚いていたが、世界樹が進化したことは知っていたのでそれに合わせて大きくなったと説明したら納得していた。

 それでいいのかと思わなくもないだが、子眷属たちが進化を繰り返しているのを間近で見ているので、すぐに飲み込むことができたようだ。

 世界樹と魔物を一緒にして考えてもいいのかと思わなくもないが、そもそも魔力が当たり前にある世界なので以前の世界の常識と比べても仕方ないのだろう。

 

 そんなユリアと一緒に確認したいというものは、世界樹の巫女についての認識を得た時に知った『歪み』についてだった。

 世界樹が進化して新しい体を得たからなのか、感覚として歪みが『視える』ようになっていた。

 そのためユリアにも歪みが確認できるようになったのではないかと期待して来たのだ。

 ただ残念ながら俺が見えている歪みはユリアには見えていないようなので、まずは簡単に教えることにした。

 

「――ユリア。あそこにある小さな歪みは見える?」

「……すみません。わかりません」

「ああ。そんなに落ち込まなくていいから。今まで何も教えられなかったんだから、むしろ見えなくて当然だよ」

「でも……」

「いいのいいの。多分だけれど、これから見えるようになっていくはずだから」

「本当ですか?」

「本当。ただしきちんと見えるように意識しないと駄目だけれどね。――あっ、あそこに大き目の歪みができたね」

「どこに…………あっ……? 何となくモヤモヤするような……?」

「おおっ……!? ユリアは歪みをモヤモヤで感じるのかな? 幾つか大き目の歪みを見つけながら確認してみようか」


 俺の場合は世界樹本体が感じ取っているお陰もあるのだろうが、大きなものから小さなものまではっきりと歪みを見ることができている。

 ただ人族がどう感じるかはわからないので、ユリアに確認してもらっているというわけだ。

 もっとも人によっても感じ方は変わる可能性もあるので、あくまでもユリアの「モヤモヤ」も一つの捉え方でしかないと思う。

 あとは数をこなしていけば、はっきりとわかるようになるのではないかと期待する。

 

 ちなみに歪みというのは常に発生しているわけではなく、常に出たり消えたりしている。

 大きさは小さなものから大きなものまで様々あるのだが、重要なのは質の高さであって大きさではない……らしい。

 小さなものでも歪みの濃度のようなものが濃いものもあれば、大きくても濃度が薄いものもある。

 そうしたものは自然発生的に出たり消えたりするのだが、問題なのは大きくて濃度が濃い歪みだ。

 

 濃度が濃くて大きさも大きい歪みは多くの魔物を生み出す可能性があるので、出来ることなら歪みの状態のまま世界樹の能力を使って処理をしたい。

 その歪みを発見するために、巫女としての力が必要になるわけだ。

 世界樹自身でも半自動的にそうした歪みの処理を行っているのだが、それだけでは処理しきれなくなるので巫女が必要になる。

 世界樹の巫女の役割は、世界樹自身の能力では負いきれない歪みの処理をすることにある。

 

 今現在、そういう意味でユリアは全く働けていないということになるのだが、これに関しては今のところ問題があるとは考えていない。

 というのも歪みを放置したままでいるとどうなるかといえば、魔物が発生することになる。

 人族がいる場所でこれが起こると大問題になるのだろうが、エゾ内では今のところ眷属や子眷属で処理できているので問題にならない。

 それ以上の歪みが出た場合はダンジョンになってしまう可能性もあるのだが、そこまで質の高い歪みが出た場合は世界樹が処理してしまうのでさほど焦っていないというわけだ。

 

 問題があるとすれば世界樹の処理能力に追い付かないほどに歪みが発生する場合だが、そもそも歪みの発生条件が分かっていない以上どうすることもできない。

 こればかりは経験を得て知見を得ていくか、以前のようにシステム的な『お知らせ』で知るしかないだろう。

 ……もっとも後者はほとんど期待していないのだが。

「蟻の観察」を公言している例の上司がいる以上は、以前の『お知らせ』のほうがイレギュラーだと考えたほうがいいだろう。


 それらの理由から、今もまだユリアに急いで成長してもらう必要性は感じていない。

 ただ今の状態がずっと続くとも思えないので、まずは歪みの確認だけでもできるようになってもらおうと考えたわけだ。

 その成果は初日から得ることができているので、結果としては上々といえるだろう。

 今のところ比較対象がいないので、ユリアの成長が早いのかどうかも分からないのだが。

 

 そんなこんなで歪みのありかを教え続けていると、ふとユリアの方から歪みの存在に気付くことができるようになっていた。

「…………もしかして、あれ……が歪みでしょうか?」

「うん……? おおっ。ユリア、正解!」

「エヘヘ。やった、です」

「うんうん。その調子、その調子」

「ありがとうございます! ……でも、あの歪みはあのままでいいのでしょうか?」

「うーん。いいってわけじゃないけれど、今は放置で仕方ないかな。世界樹の処理能力が追い付いていないから」

「……本来は巫女が処理すべきなのでしょうか?」

「どうだろうね? そうなのかもしれないけれど、今は大丈夫だから気にしなくてもいい……といっても気にするだろうけれどね。焦っても仕方ないから、今は歪みを正確に確認できるになることが優先」

「……はい!」

 

 少しの間、困ったような残念なような顔をしていたユリアだったが、俺の話を聞いて納得することにしたようだ。

 やる気に満ち溢れている彼女のことだから、その内処理もできるようになっているかもしれない。

 ……こちらとしてはやる気になり過ぎて、ワーカーホリックにならないように注意しておかなければならない。

 

 いずれにしてもユリアの訓練はまだまだ始まったばかりなので、今すぐにあれもこれもと期待してはいけない。

 その考えが通じているのかいないのか、ユリアは張り切って次の歪みを見つけようとあちこちに視線を巡らせるのであった。




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