(10)それぞれの結果

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 イェフが考え込んでいる間、安心させるようにユリアの手を握り込んだイザベラが変わって問いかけてきた。

「あの……私からもいいでしょうか?」

「勿論です。どうぞ」

「ありがとうございます。世界樹の巫女となった場合、他の巫女と同じように親元を離れての修行が必要になるのでしょうか?」

「正直なところ分かりません」

「え……?」

「いえ。私も巫女を得るのは初めてのことでして、巫女として何ができるのか具体的にはよくわかっていないのですよ。一つだけわかっているのは、領域内にいるだけで世界樹の活動が安定するということでしょうか」

「領域内にいるだけで……」

 その言葉に希望を見出したのか、少し硬かったイザベラの表情が柔らかくなった。

 

 とはいえここで言っておくべきこともあるので、きちんと付け加えておくことにした。

「ただ先ほども言ったように、巫女が一人であるとは限りませんから巫女としての修行をせずにいた場合、どういう扱いになるかはわかりませんよ? それなら最初から巫女にならないほうが良いと思います」

「……先ほどから聞いていると、あなたはユリアが巫女にならない方がいいと考えているように思えますが?」

「そのように聞こえたのでしたら申し訳ございません。そんなつもりはなかったです。ただあなたたちが手放したくないように見えたので、選ばないという選択肢があることを伝えたかっただけです」

「そうでしたか。こちらの邪推だったようです。すみませんでした」

「いえいえ。誤解が解けて良かったです」

 軽く頭を下げてきたイザベラに、俺はそう答えつつ頭を下げ返した。

 見た目少年なのは変わらないのではたから見れば滑稽にも見えるのだが、イェフもイザベラも既に俺のことを特殊な存在とみなしているようだ。

 見た目はともかく、本体が巨大な木であることはわかっているので当然ともいえるのだが。

 

 イザベラはユリアの行く末を心配していたようで、これ以上の質問はしてこなかった。

 その代わりではないだろうが、ここまで黙っていたイェフが改めて問いかけてきた。

「私どもはユリアから巫女として選ばれたことと、今後領域内にいる必要があるということを聞いていますが、それ以外にすることはあるのでしょうか?」

「勿論ありますよ。といってもそちらはまだ先のはなしでしょうね。こちらも正確には把握できていません」

 実際には淀みの浄化という役目があることは確定しているのだが、ユリアにその役目を負ってもらうかは確定していない。

 というよりも未だ巫女になるかどうかも確認していないので、知らされていない情報を敢えて詳しく伝えるつもりはない。

 もっともこれまでの態度を見ている限りでは、ユリア自身は既に巫女になることを決めているようにも見える。

 どちらかといえば、魔物を周囲に侍らせて(?)いるお陰で人族に敵対しそうだという警戒を抱いているイェフやイザベラのほうが、少しばかり懸念しているといったところだろう。

 

 ここまで話をしても結論が出なさそうだと判断した俺は、ここでとある提案をすることにした。

「今すぐに巫女として活動していくかを決めるのは無理でしょうから、時間をおいてから決めてもらっても構わないですよ? 伝えたいこと聞きたいことがある場合は、例の場所にいる仲間から伝わるようにしておきます」

「…………そうですな。そのほうが良いでしょう」

「ああ。一応言っておきますが、ここまで来る手段については他に話さないように願います。不用意にあそこに近づいた場合は、それこそ命の保証はありません」

「……注意しよう」

「では、そういうことで。――そうだ。昨日はこちらに泊まったようですが、今晩はどうされますか? さすがに村に帰るのには時間が遅すぎでしょうが、ダークエルフの里には戻れますよね?」

「確かに……そうですな。では、ダークエルフの里に行くということでよろしいですか?」

「勿論、構いませんよ。私は一緒に行けませんが、クインが一緒に行くことになると思います」

「お手数をおかけいたします」

 俺の言葉に従ってクインが頭を下げると、イェフも頭を下げ返してきた。

 ちなみにクインを選んだのは、見た目がより人族に近いのでシルクよりも安心できるだろうと考えたからだ。

 

 イェフが頭を下げているときにちらりとユリアを見てみると、ちょうどこちらを見ていたのか視線があった。

 そのことに気付いたユリアが、ニコリと微笑んできた。

 最初の頃は魔物と一緒にいることに戸惑いや若干の恐れのようなものを抱いていたようだが、今は完全にそのような感情はなくなってしまったらしい。

 あるいは世界樹の巫女となったことで、『眷属』という存在を認識できるようになったのか。

 どちらにしても眷属たちを仲間として受け入れられないようであれば、巫女としてやっていくことはできないのでいい傾向だと思う。

 

 そんなこんなでイェフ一家は、クインに連れられてダークエルフの里へと戻って行った。

 勿論いきなり追い出したわけではなく、きちんとした準備時間を設けている。

 といっても元々が旅仕様になっているので、そこまで多くの時間を必要としたわけではない。

 小一時間もしないうちに準備を済ませて出発するという連絡を受けた。

 その連絡を受けて見送りもしたのだが、三人ともが揃って笑顔を見せていたのが印象的だった。

 彼らがどのような決断を下すのかはまだ分からないが、どちらに転んでもいいようにしておくのがこちらのするべきことだろう。

 

 

 そしてイェフ一家を見送ってすぐに、俺はクイン以外の眷属を集めていた。

「ファイ」

「ガウ?(なんだ?)」

「これからボスを倒す準備を進めるように」

「……ガウ?(てことは?)」

「残りの二つの領土化を進める」

「ガガウ?(いいのかい?)」

「ああ。今回の件で領土化しても人の町に直接の影響がないことが分かったからね。間接的には何かあるかも知れないが、それを気にしていたらいつまで経っても進まないし」

「ガウ(わかった)」

「それから補佐としてアンネをつけるから。というか今回はアンネの経験を積ませることが優先だ」

「私……?」

「ガ。ガウ(なるほどな。わかった)」

 突然の指示に戸惑うアンネとすぐに理解したファイ。

 この辺りがこれまで領土ボスと戦ったことがあるかどうかの経験の差なのだろう。

 折角ボスを倒す決断を下したのだから、この機会を十分に生かしておきたい。

 

「ルフとミアは、一応保険として一緒に討伐に参加するように。というか他も行ってもらうけれど、順番的には二人が先ということになるかな」

「「ワフ!(わかった!)」」

「ピ(畏まりました)」

「一応相手の強さは今までの領土ボスと同じようになると予想しているけれど、違っている可能性もあるからね。きちんと対処できるように準備を進めて」

「ガウ(わかっている)」

「よし。それじゃあ準備を進めるように。伝えたいことは以上だよ。何かあれば随時質問してくるように」

 そう最後に締めくくると眷属たちは一斉に返事をしてきた。

 久しぶりの領土ボス戦ということで、各自気合が入っているようだった。

 

 

 それから三日後、最速で準備を終えたことを眷属たちが報告してきた。

 あまりの速さにこちらが驚いたが、そもそも準備といっても人形ドールたちが作った罠などを設置するだけで終わる。

 最初の頃と違って人手も増えているので、急げばそれだけの期間で用意ができるということだろう。

 どちらにしてもいいことなので、その報告の翌日には領土ボスを召び出した。

 

 結果としては、特に危なげもなく討伐することができた。

 出てきたボスはドラゴン一歩手前のトカゲ種で、高熱高圧力の攻撃を多用してくる相手だった。

 進化によって耐熱性能が上がっている眷属さえも焼き尽くしそうな熱量だったが、ファイとアイはそれらの攻撃をやり過ごしつつ順調に攻撃をしていた。

 特にファイは、領土ボス戦が初めてとなるアンネがいなければもっと簡単に終わったかもしれないとさえ思わせる動きだった。

 ただ今回のメインはアンネに経験を積ませることだったので、ファイには多少手控えてもらった。

 

 今回の領土ボスを倒したことで手に入ったのは、道南地域の領土化と『灼熱の因子』だった。

 道南地域を領土化したことでセプトの村に何らかの変化が起こるかもしれないと一応警戒はしていたのだが、予想通りに大きな変化は起こらなかった。

 ただし領土化したことによって魔物の出現率が変わってくる可能性があるので、何らかの変化は感じるかもしれない。

 その変化によってこちらの存在を気取られることになるかも知れないが、その時はその時で対処するつもりだ。

 

 そして領土ボス討伐から数日後、イェフからユリアが巫女になることを認めるという回答が来るのであった。




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