(9)世界樹の巫女
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分体生成で体を作って外に出ると、世界樹のすぐ傍にアイとシルクが控えていた。
出てすぐに二人の様子を確認した限りでは、かなり心配させてしまったようだった。
あんな戻り方をしたのは初めてだったので、仕方がないことだとは思うのだが。
「アイ、シルク。今戻ったよ。心配かけてごめん」
「ご主人様」
「主様!」
声を聴くなり駆け寄ってきた二人に、俺は心配いらないとばかりに軽く片手を振った。
記憶の整理に時間を使っただけで体の調子が悪くなったとかではないのだが、問題は今回得ることができた記憶に関してである。
本当であればすぐにでも話をしたいところなのだが、全員集まっているところで話したほうが良いだろう。
それよりも今は、二人に確認するべきことがある。
「さっそくで悪いんだけれど、あの家族は今どうしてる?」
「あちらもあの子が落ち着けるところにいたいと仰ったので、ホームにある建物の中で休んでもらっておりますわ」
「あの子供が世界樹の巫女となったことまでは知っているようですが、それ以外はいまいち要領を得ていないようです」
「うーん? 与えられた記憶に差があるのかな? まあ、いいや。他の皆はどこにいる?」
「主様が戻られたら話があるだろうということで、近くにおりますわ。……今は領域の拡大もしておりませんから」
「なるほどね。じゃあ、ちょっと集まってもらうか。イェフたちに話をする前に、軽くでも周知しておきたい」
「畏まりました」
俺の召集に対してアイがそう答えて、シルクがすぐに動き出した。
といっても実際に移動を開始して集めるのではなく、眷属たちは
シルクが言っていた通りに皆ホーム周辺にいたのか、シルクが呼び掛けてから数十分もかからずに全眷属が集まった。
ただし今のところイェフ一家には全眷属はまだ披露していないので、彼らには見つからない場所で話をすることになった。
一家が来るときには全員を見せないようにという方針は出していたのだが、その方針を未だに守っているようだ。
全員が見つかっていたら見つかっていたで構わなかったのだが、今後のためにもまだ全員と会わせるのは止めておくつもりだ。
もっともユリアがいる以上は、近いうちに全員と会わせることになるとは思うのだが。
眷属たちに十五分ほど話したあとは、イェフ一家に話をすることにした。
一緒に着いて行くのは、ここに来るときに一緒にいたシルクとクインだ。
他の眷属はそれぞれ好きなことをするように言ってある。
ただしイェフ一家の決断次第ではすぐに次の行動を取ることにしているので、あまり遠くには行かないようにしじしてある。
シルクの案内で一家がいる建物まで来たが、俺が本体から出てきたと知るとやはりすぐに詳しい事情を知りたがった。
こちらとしてもユリアとどの程度の認識の差が知りたかったので、すぐに話し合いをすることに否やはない。
というかそのためにここまで来たのだから拒否するはずもないのだが。
そんなこんなでイェフ一家との話し合いが始まったのだが、まず最初に言っておくことがある。
「色々と予定外のことが重なってお待たせすることになったのは、申し訳ございません。まず言っておくことがあるのですが、ユリアが巫女になったからと言って行動を縛るつもりはありませんのでご承知おきください」
「……そうなのか? てっきりこちらに常駐することになるのかと……」
「ああ。やはりそこから齟齬があるのでしょうか。そもそも世界樹の巫女は、たった一人というわけではありません。……今はユリア一人しかいませんが、いずれは新しく見つけることもあるでしょう」
「世界樹としては、ユリアにこだわる必要がない、と?」
「ああ、いえ。そこは誤解してほしくはないのですが、不必要というわけではないですよ? 何しろ私にとっては初めての巫女ですし」
ユリアが初めての巫女のため他と比較のしようがないので、彼女の能力がどれほどのものなのかは知りようがない。
今後他の巫女を見つかっていけば、比較ができるようになるだろう。
それから巫女についてはもう一つ言っておかなければならないことがある。
「それからこれも言っておきますが、世界樹の巫女は必ずしも人族に限ったことにはならないと思います。これはあくまでも感覚的に思っているだけですが、恐らく間違いないでしょう」
「人族……ということは、こちらの方々のように魔物もなりえると?」
「眷属と巫女では役割が違うのですが、そうなります」
俺がそう答えるとイェフは黙り込み、彼の隣に座っていたイザベラは黙って話を聞いていたユリアの手をギュッと握った。
今後人族以外の巫女が現れることによって、ユリアが迫害――とまではいかないまでも、爪弾きにされる可能性を考えているのだろう。
魔物を完全に天敵と認識している人族がそういう反応をするのは、ある意味で当然のことといえる。
ただ世界樹にとっては魔物もこの世界で生きる生物の一種類でしかないので、等しく同じように扱うことになる。
勿論これまでと同じように、敵対すれば確実に殲滅していくことにはなるのだが。
ただ魔物は基本的に縄張り意識が強く入ってくる他者に対して攻撃的なので、ほとんどの場合は敵対することになるだろう。
一応釘を刺すために言ったのだが、魔物が巫女になることは滅多なことではないと考えている。
もしかすると準眷属になった魔物から巫女が生まれる可能性はあるのだが、それもそこまで確率は高くないだろうという感覚だ。
眷属たちのように知能が高く意思疎通ができる魔物の場合は、巫女となりえる可能性も高くなるはずだ。
「私からは以上になりますが、聞いておきたいことはありますか?」
「いくつかありますが、一番はこれでしょう。世界樹はその役目のために周辺を領土、化? ――をしているようですが、今後も続けられるのでしょうか?」
「それは勿論。ただ一応誤解のないように言っておきますと、恐らくあなたの考える領土とは違っていると思いますよ?」
「……どういうことですかな?」
「世界樹にとっての領域、領土というのは、あくまでも魔力的な観点からになります。人のように武力で支配する必要は必ずしもないのですよ。簡単に言ってしまえば領域内に人の町があってどのような統治がされていても基本的には気にすることはありません」
「ではダークエルフの里は……?」
「あれは、たまたまエルフ種が世界樹に対して特別な感情を抱いている結果、こちらからも口出しをすることになっているというだけです。もっともあそこはあそこで、世界樹に対する感情を抜きにしても特殊な事情があったというのもあるのですが」
「人の統治に対して口出しはしないと……?」
「いえ。これも誤解をしてほしくはないのですが、世界樹の役目の邪魔になるようでしたら口なり手なりを出すこともありますよ。勿論、物理的に」
誤解されたまま舐められて手を出されると悲劇が生まれかねないので、きちんと釘を刺しておくことは忘れない。
変に優しい態度を取ればつけあがってくるのも人の特徴だと思っているので、厳しい面もきちんと見せておかなければならない。
こちらのその意図がきちんと伝わったのか、イェフはなるほどと呟いてから考え込むような表情になった。
そのイェフの顔を、ユリアが不安そうな表情で見ていた。
今後、世界樹の巫女としてやっていくことになるのかは、イェフの決断によって変わってくる。
自分の人生がこれで決まるともなれば、今のユリアの表情も当然なのであった。
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