(8)記憶の整理

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 世界樹によって強制的に戻された俺は、本体の中を漂いながら必要な情報を与えられていた。

 世界樹は俺そのものなのに意思とは関係なく本体に戻されることもあるのかと不思議に思ったが、人の体でいるときも怪我を負った時には無意識のうちにその部分をかばったりすることがあるのと同じような感じだった。

 今は世界樹本体が<世界樹の巫女>を得たことによる情報の整理を行っていて、意識として存在している俺自身にもその情報が記憶として植え付けられている状態である。

 流れ込んでくる情報が真新しいことばかりな上に、本体から流れ込んでくる情報がバラバラで未整理されていないものばかりなので、こちらとしても本体の中でジッとしていることしかできない。

 正確にいえば本体の中にさえいれば、初期のころにやっていたように魔力をグルグル回して遊ぶことは出来るのだが、分体生成などのスキルや魔法を使うことができない。

 さらに外の情報も見ることができないので、どれくらいの時間が経っているのかを正確に知ることもできなかった。

 

 本体の中にいて感じることができる体感時間として数時間が経った頃になるとようやく本体の記憶の整理が終わったのか、俺自身もようやくその「記憶」を落ち着いて確認することができるようになった。

 その「記憶」によると、まず世界樹本体の役目として世界中に散らばっている魔力の元となる【マナ】を集めて、それらを魔力として固定(拡散)しているようだ。

 それは植物が二酸化炭素を吸収して酸素として吐き出しているように、世界にとっては必要な役割ということになる。

 魔力の固定をするという意味においては、ダンジョンも同じような役目を負っている。

 ただしダンジョンは集めたマナを魔力として拡散するのではなく、魔物を生み出して魔石として固定しているということになる。

 世界樹やダンジョン以外にもマナを吸収して魔力として世界に固定するという役目を持った存在は他にもあるようだが、それがどんなものかまでは整理された記憶の中にはなかった。

 

 ちなみに世界樹の魔力固定の役目は、俺自身が特に意識してなくてもこの場所に生み出されてから自動で行っていた。

 眷属たちがよく「世界樹の魔力を感じることができる」と言っていたのは、その役目による結果が現れたものになる。

 ボスを倒しての領域化や領土化がその役目にどう影響しているのかはわからないが、領土化によって広くなっている分扱えるマナの量が増えているということなのだと考えている。

 世界樹は地下にある地脈などからも魔力を固定することもできるようで、通常は扱うことができない地下を巡っているマナを表に出す役目も負っているようだ。

 

 これらの記憶が「記憶」として定着したのは、ユリアが「世界樹の巫女」として認識されたからだ。

 本来であれば次の進化段階で巫女を探し出すことになるはずだったのだが、それ以前に見つかったので慌てて記憶の整理が行われたようだ。

 どうもこの辺りは、予定外のことが起こりましたよと言わんばかりの人為的なものを感じるが、実際にそれを確認することはできなかった。

 確認する対象は運営の誰かということになるのだが、本体の戻された後は何故かハウスに戻ることができなかったのだ。

 世界樹の記憶の整理に俺自身が欠かせなかったからそうなっていたのかは分からないが、少なくともハウスに戻るという手段を取れなかったことは間違いない。

 さすがに永久的に封じられたわけではないだろうと楽観視していたのだが、記憶の整理が終わって真っ先に確認してみたら戻れるようになったので安心していた。

 

 ユリアの存在によって記憶の整理が行われた世界樹だが、これによって何か大きく変わったということはない。

 これまでどおり自動的に魔力の拡散は行われるし、俺の意思によって魔石化も可能だ。

 では何のためにユリア――というか世界樹の巫女がいるのかといえば、一連の流れをよりスムーズに行うことが出来るようになったというところだろうか。

 ユリア自身が何かをする必要はないのだが、少なくとも世界樹が根を張れる範囲(領域内?)に存在している必要がある。

 魔力の固定化がよりスムーズに行えるようになるということは、これまで領域内に拡散していた世界樹の魔力がより濃くなったということでもある。

 これによって眷属たちが影響を受けていると思われるが、今のところはまだ具体的に何が起こるかはわからない。

 まずは得た知識を整理するのが重要なので、外に出ての確認は後回しにしている状態だ。

 

 世界樹の巫女は、さらにもう一つの重要な役目がある。

 それが何かといえば、世界中に発生することがある『淀み』を浄化して世界樹に送ることが出来る。

 この淀みが存在したままになると魔物発生の元となる魔力泉やダンジョンの発生要因となる。

 ダンジョンが魔物を生み出し続けているのは、吸収した魔力を固定して魔物として外に出しているということになる。

 

 ちなみにこの魔力固定の役目を担っている存在は世界樹やダンジョン以外にも存在しているようだが、それが何かは整理された記憶の中にはなかった。

 それは秘密事項なのか、ただ単に知らせる必要がないと運営が考えているのかは、得られた情報からは推測することができなかった。

 俺にしてみれば世界樹が自動的に行っていることなので、他の何かが同じような役目を負っていたとしても気にすることはない。

 もしかすると領土ボス辺りが同じような存在なのかもしれないと考えたりもしたが、答えを教えてくれる存在は今のところいないのでどうすることもできない。

 

 世界樹の巫女の役目は本体の領域内にいることと淀みの浄化だが、それだけで世界中のマナを集めることなどできない。

 領域内から出てしまえば前者の役目が果たせなくなるし、かといって領域が広がるのを待っているだけだと淀みが濃くなってしまう可能性がある。

 ではどうすれば両方の役目を果たせるようになるのかといえば、世界樹に変わる存在を生み出してその傍で活動できるようにすればいい。

 その世界樹に変わる存在というのは、今のところ分かっているもので『精霊樹』という世界樹と似て非なるものがある。

 

 この精霊樹はマナを固定するところまでは同じなのだが、世界樹とは違って魔力として世界に拡散することができない。

 ではどうするのかといえば、集めたマナを自身を生み出した世界樹に送るのだ。

 そうすることによって世界樹はより多くのマナを集めることができるようになり、さらに巫女も色々な場所へと移動することができるようになる。

 当然だが世界樹が精霊樹を生み出すと二か所にいる必要性が出てくるということで、巫女は世界樹に対して一人だけというわけではない。

 そもそも世界樹が精霊樹を生み出していなくとも巫女は複数存在できるので、精霊樹が存在するだけ巫女もそれなりの数存在することができる。

 

 ちなみに精霊樹をどうやって生み出すかといえば、これまで俺自身が行ってきた植物生成のスキル……の上位互換のスキルを使って行うことになる。

 ただし現在はスキルがないこともあって、精霊樹を生み出すことはできない。

 さらに付け加えると、そのスキルが覚えられるのは世界樹が完全に成木になってから――すなわち次の進化をしてからということになる。

 精霊樹を生み出せれば、もしかして海を越えて領域化ができるかもしれないなんてことを一瞬考えたが、それは甘すぎる見通しだった。

 もっとも領域化していない場所に精霊樹を植えたところで領域化が行われるかは分からないので、どちらにしても捕らぬ狸の皮算用なのだが。

 

 これらの膨大な整理をどうにかまとめることができた俺は、すぐに分体化をして外の様子を見――ようとしたところで、いったんハウスへと戻った。

 そこで掲示板に一連の話を書こうとしたのだが、魔力の固定化に関しては秘密事項にあたるのか記載しても他のプレイヤーは見ることができなかった。

 今後、それぞれのプレイヤーの進捗によって見ることができるようになるかも不明だ。

 もしかするとプレイヤーの生き方――話の進め方によって見ることができるできないという差が出てくるかも知れないとさえ考えている。

 どちらにしてもこの件に関してはまだ周知ができないと分かったところで、今度こそ分体生成を行ってホームへと向かった。




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