(7)世界樹の変化

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< Side:昭(キラ) >


 ユリアご一行をダークエルフの里へ案内した翌日は、もう一つの転移装置を使ってさらに別の場所へと向かった。

 その向かった先は、当然というべきか世界樹のあるホーム周辺だった。

 最初から世界樹を見せることを予定していたので、ホーム周辺にいる眷属や子眷属たちは彼らを遠くから見守るだけで変な動きをすることはない。

 そもそも俺の傍にはシルクとクインがついているので、わざわざ近づいて護衛するまでもないという考えもあるのだろう。

 俺としてはこの日にユリアご一行が来ることだけを伝えただけで、護衛その他に関しては眷属たちに丸投げなのだ。

 俺自身が変に口出しをすればちぐはぐな対応になりかねないと判断したからなのだが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。

 

 とはいえやはり多くの魔物に囲まれている状況というのは安心できないようで、特にイェフは常に警戒を怠っていないようだ。

 血がつながっていないとはいえ、育ての娘が傍にいるのだからそれも当然だろう。

 むしろそちらの方が好感を持てるのか、特に子を持っている眷属たちは好意的な視線を向けていた。

 もっとも魔物を見慣れていないイェフやイザベラにとっては、そんな視線だと見分けがつけられるわけではないのだが。

 

 警備上の理由からダークエルフの里と世界樹本体の間は、少し距離が開けられている。

 具体的には、セプトの村と転移装置の間くらいの距離になるだろう。

 それでもダークエルフの里から世界樹までは幾つかの山越えをしなければならないので、かなり楽になっているのだ。

 そのお陰なのか、まだ少女といっていいユリアもそこまでの疲れを見せることなく目的地に着いた。

 

 世界樹本体は普通の木々と比べてもかなり大きいので、かなり遠くからでも判別することができる。

 そのためある程度の距離まで近づいたところで、その存在は彼らにもすぐに伝わったことだろう。

 それでも言葉を一切発することなくただ黙々と歩いていていたのは、伝説とか神話の世界でしか語られない存在を目にしているためだろうか。

 もしかすると世界樹そのものではなく、それに類する別の存在だと考えている可能性もあるだろう。

 

 それでもさすがに世界樹の足元までくれば、もしやという疑問を打ち消すことができなかったのだろう。

 世界樹まで十メートルもない場所まで近づいた時に、イェフが恐る恐るという感じで口を開いた。

「キラ殿。こちらは……」

「シー。ちょっと待って」

 こちらを見ながら問いかけてきたイェフに、口に人差し指を当てながらそう返した。

 その時イェフは浮かんでいた疑問の処理で手一杯で、ユリアのことは視界に入っていなかったのだろう。

 

 普段であれば信じられないような失態ともいえるのだが、彼が一瞬目を離したすきにユリアがそのまま世界樹へと近づいて行ったのだ。

 そのことに気付いたのはイェフとイザベラのほぼ同時だったようで、思わずと言った様子でそれぞれがユリアへ名前を呼び掛けていた。

 だが届いていないはずのないその声は見事にスルーされて、ユリアは何事もなかったかのように徐々に世界樹へと近づいている。

 見ようによっては何かに操られているようにも見えるその態度に、イェフが鋭い視線を向けてきた。

 

「キラ殿……!」

「大丈夫大丈夫。変なことにはならないはずだから。少なくとも肉体的に傷つくといったことにはならないよ」

「しかし……!」

「むしろ無理やり止めたらイェフたちの方がやばいことになるかも。世界樹の自衛本能で」

「……キラ殿は世界樹の精霊ではないのですか!?」

「そうとも言えるしそうでないともいえる、かな。とにかく大丈夫だから見守っていて」


 そう言われてもさすがに何もせずにはいられなかったのか、イェフとイザベラはほぼ同時に動き――出そうとしてその場に留まることになった。

 その彼らの足元を見れば、世界樹の根と思われるものががっちりと巻き付いている。

 その根は俺がスキルを使って動かしたのではなく、世界樹自身が勝手に行っていた。

 世界樹が全く意図しない動きをしたのは初めてのことだったので驚いたが、俺以上に傍にいたシルクとクインが驚いていた。

 俺がスキルを使った気配を全く感じなかったのに、このような状態になったので驚いたのだろう。

 

 イェフとイザベラが焦った表情で動けないまま見守っている中、ゆっくりと歩いていたユリアは世界樹から三メートルほどのところで止まった。

 何かに呼び止められるようにしてその場に止まったユリアに合わせるように、世界樹の中でちょっとした変化が起こったことが分かった。

 分体生成を使っているときにここまでの変化が起こったことは無かったのだが、それは悪いものではなく逆に世界樹にとっては良い変化だということは伝わってきた。

 それと同時に、世界樹がいきなり淡い光で包まれ始める。

 

「主様、これは……!?」

「しっ。黙って」

 思わずと言った様子でクインが話しかけてきたが、俺はそれに対して口元に人差し指を当てながら短く答える。

 さすがにここで口を出すのは間違いだったと反省したのか、クインが申し訳なさそうな顔になっていたのだが、その時の俺は世界樹に集中していたのでその顔を見ることはなかった。

 眷属の中で驚いていたのはクインだけだったというわけではなく、他の面々も同じように驚いている。

 ただ俺の近くにいて最初に反応できたのがクインだったというだけだ。

 驚く眷属と同じように、イェフとイザベラも言葉を失って様子を伺っている。

 足が根に絡み取られているのは変わらないのだが、既にそのことは忘れてしまっているかのようだ。

 

 そんな驚きの視線に包まれる中、完全に根元まで近づいたユリアが世界樹に触れるようにそっと手を伸ばす。

 その手が軽く触れたその瞬間、世界樹を包んでいた光がユリアを覆い始めた。

 その光はユリアを侵食していくような悪い感じではなく、まるで母親が生まれたばかりの子を抱くように緩やかでありながら力強く覆っていった。

 それをユリア自身はどこかくすぐったそうな表情を浮かべながらも受け入れていた。

 はたから見れば熱に浮かされているような行動に見えていたのだが、しっかりと自我は保っているようだった。

 

 そして世界樹とユリアの交流は、唐突に訪れることになる。

 ユリアが光に包まれていた時間はほんの五秒ほどだったのだが、その後すぐに体を覆っていた光が離れて一つの球のようになって、頭の上に浮かんだと思った次の瞬間には空中分解していた。

 世界樹を覆っていた光も同じで、大きな光の塊を一度作ったあとに細かい光に分かれていった。

 その後細かく分かれた光は、空から降る雪のようにひらひらと落ちて行った。

 この世界に花火があるかどうかはわからないが、まさしく花火が大輪の花を咲かせてその後散っていくのと同じような光景だった。

 

 その一連の流れがすべて終わってそれでも俺を除いた一同が惚けている中、一番の当事者だったユリアは振ってくる光を手に包み込むように一度だけ握りしめてからイェフの元へと走ってきた。

「お父様ー。すっごい綺麗でした!」

「あ、ああ。そうだね」

 その時には、既に足元に絡みついていた根はなくなっていた。

 娘に抱き着かれて、同じように抱き返していたイェフは、既にそんなことがあったことすら忘れてしまっているようだった。

 

 その様子を見てホッと一安心したのもつかの間。

 本体から分体への何かの信号を受け取った俺は、少し慌ててクインを見た。

「あ。クイン、ごめん。ちょっと戻る。大丈夫だから心配しないで――」

「主様!?」

 唐突な言葉に驚いて確認したクインだったが、その時にはすでに分体はなくなっていて本体へと半強制的に戻されるのであった。

 



『世界樹の巫女を得ました』




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