(6)良い意味で・・・
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< Side:イェフ(続き) >
再び出会うことになった彼らの案内に着いて行くと、ある不思議な場所に向かうことになった。
その不思議な場所には、何やらきちんと整備された土台の上に置かれた一枚の板と柱のようなものが建っていたのだ。
見た目ですぐに何らかの魔道具だということはわかったのだが、村人からもそんな場所があるというのは聞いたことがない。
それでも戸惑いつつ少年の言うとおりに皆でその板の上に乗ると、なんと次の瞬間には別の場所に移動していたのだ!
にわかには信じられない出来事に思わず固まってしまったのだが、それは隣にいたイザベラも同じだったようで言葉もなく突っ立っている。
いや、まさか、と思いつつも、現実に体験した以上は否定しても仕方ない。
目の前に広がっている光景は、周囲にある山林の様子から見ても、先ほどまでいた村近くの場所とはまるで違っているのだ。
どう考えても一瞬で場所を移動したことが分かり、同時に転移魔法という言葉が頭の中に浮かんでいた。
移動してきた方法を考えれば魔法というよりは魔法陣といった方が正しいのかもしれないが、この時はそんなことまで考える余裕はなかった。
恐らくそれはイザベラも同じだったはずだ。
とにかくあるはずのない転移陣を使って、別の場所に移動してきたことだけは間違いない。
それだけで、彼らが途方もない技術力を持っているということがわかる。
目の前にいる魔物による戦闘力だけではなく、技術力も備えているとなると空恐ろしい気もしてくる。
今のところ敵対する様子はないところが安心ではあるのだが、いつ牙を剥くのが分からないのが不気味だとも思える。
そんな不安と若干の期待が入り混じった状態で俺が色々と考えていると、ユリアが素直に感嘆した様子で「すごーい」と声をあげていた。
年齢的に考えれば少し幼い反応のようにも思えなくもないが、それだけ驚いたということもわかる。
普段の彼女はもう少し思慮深いし、ここまで素直に感動を見せることもなくなっている。
これだけ順調に育っているのは、間違いなくイザベラの力が大きいと常々実感しているところだ。
そんなことはともかくとして、今は驚いてばかりはいられない。
どうにか心を落ち着かせて例の少年――既にキラと紹介されている――を見ると、こちらの驚きが収まるのを待っていたかのように話しかけてきた。
「それでは、こちらに来ていただいてもいいでしょうか」
「それは勿論」
どうにか呼びかけにはすぐに答えられたものの、既に主導権を握られていることは間違いない。
何かの交渉をしているわけではないのでそこまでこだわる必要もないと思うのだが……と、ここまで考えてすぐに心の中で否定した。
今はただの道案内だけで済んでいるが、今後どうなるかはまだ分からない。
油断できない相手であることはこれまでの対応でよくわかっているので、気を抜くのは駄目だとすぐに気合を入れなおした。
そんな俺の決意を知っているのかいないのか、キラ少年は配下の魔物と共に先を歩き始めた。
そういえば彼らは転移陣を使っていた様子はなかったはずなのだが、どうやってここまで来たのだろうか。
多分俺たちを同じように板の上にあった魔法陣に乗っていたのだと思うのだが……。
そんなことを考えながら歩いていると、転移陣のある場所からさほど離れていないところに建物が立ち並んでいる集落があることがわかった。
こんな場所に集落が? ――という疑問もわいてきたが、そこで活動している者たちを見てなるほどと納得できた。
その集落で働いていたのは、ダークエルフだったのだ。
ダークエルフがこの陸地のどこかに集落を作っているというのは既にセプトの村でも話題になっていたので、集落があったこと自体はさほど驚きはなかった。
ただその集落を少年をはじめとした彼らが堂々と歩いているにもかかわらず、警戒するどころか俺たちよりもよほど迎え入れていることに驚いた。
結局この日は、ダークエルフの里の長老宅で歓待されることになった。
さすがに食事時まで魔物と一緒では気が休まらないだろうというおまけ付きで、だ。
ここまでされて彼らが自分たちに対して武力的な何かをしてくるとは考えていないのだが、それでもその気遣いはありがたく受け取ることにした。
ここで無理に引き留めたとしても彼らが困るだろうと考えたのだ。
そうして始まった長老宅での晩餐会は、これまたいい意味で裏切られることになった。
出された料理自体は、そこまで珍しいものが出たというわけではなかった。
ダークエルフの種族由来の料理は幾つか出されていたが、それはそれで味わい深いと思えるものだった。
ただそれ以上に素晴らしかったのが、素材そのものの味が非常に良かったのだ。
今俺たちがいる島は、北に位置していてい内陸に行けば行くほど冬が厳しいということは住んでいる者たちにとっては常識となっている。
それにもかかわらずこれだけの食事を用意できるということ自体が、少し大げさにいえば信じられないことである。
キラ少年からの命令で、お客人をもてなすために無理やりに出したというわけでもなさそうなところがまた不思議なところだ。
セプトの村でも全体で飢えに苦しんでいるということは無かったが、それでも一部の者たちは貧困に喘いでいるという事実は間違いなくあった。
だがダークエルフの里では、そのような様子は見られなかった。
滞在が短いからわからないのではないかと思いたかったが、さりげなく探りを入れても返ってきた答えは「否」だった。
小さな村とはいえ……いや、小さな村だからこそ貧困者をなくすということの重要さをよく理解しているのだろうか。
そうだとしても村人全員にきちんと食事が生き渡るようにできるというのは、それだけ村の管理がしっかりできているということに他ならない。
村人全員に生き渡らせる食料をどうやって生産しているのかなど色々と悶々としたものを抱えたまま、就寝の時間となった。
セプトからここまでの移動のほとんどは転移陣で行われたので肉体的にそこまで疲れていたわけではないだろうが、ユリアは既に夢の世界へと旅立っている。
そのユリアの寝息を聞きつつ俺は隣で寝ているイザベラに話しかける。
「――イザベラ。……どう思った?」
「あら。あなたらしくない抽象的な言い方ね。でも言いたいことはわかるわ」
少しだけ笑いを含ませつつそんなことを言ったイザベラは、考えを纏めるためかわずかに時間を空けてからさらに続けて言った。
「あの魔法陣にしても、この村の様子を見ても、敵うところは一つもないといったところでしょうか」
「やはりイザベラもそう思うか」
イザベラの率直な意見に、俺も素直に同意した。
転移陣なんてものを作れる技術力に加えて、小さいとはいえ村を飢えさせずに運営できる統治力、それにどう考えても太刀打ちの出来なさそうな魔物を従えている軍事力もあるのだろう。
それらすべてを合わせて考えれば、イザベラの言うことが正しいことはすぐにわかる。
勿論、小さな村一つを運営するのと多くの町や村を抱えて運営するのでは大違いだと言われてもそれは間違いではない。
ただ支配されているはずのダークエルフが、それに対して何ら不満を抱いていなさそうだというところが重要だ。
キラ少年の背景にあるのが魔物を中心とした軍事力であることは間違いないが、それだけの脳筋集団ではないことはこれらのことでわかる。
明日は明日でまたどこかに行くことになっているらしいが、正直なところ今の段階でもいい意味で予想外のものを見せられたというのが本音だ。
そして明日は何を見せてくれるのだろうかと、心のどこかでワクワクしている部分もある。
そんなことを考えながらイザベラと会話をしていると、いつの間にか寝入ったようだった。
そして翌日。
再び先に使った転移陣とはまた違った転移陣を使って別の場所に向かった俺たちは、これまでの驚きをさらに吹き飛ばす存在を目の当たりにすることになる。
――のだが、今の俺にはそんなことは全く想像もつかずにただただ眠りにつくのであった。
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