(2)転移装置

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 アンネもルフの子供たちも順調に成長しているようでいいことだが、領域の運営という面においても進展があった。

 領域の拡大が順調に進んでいることは勿論だが、それ以外で以前から頼んでいたことが完成しそうだという報告を受けたのだ。

 その以前から頼んでいたものが何かといえば、アイが研究していた転移を行うための魔道具だ。

 アイに案内されてその魔道具があるところに向かうと、縦横三メートルほどが綺麗に整地された地面の上に、これまた高さ一メートルほどのところどころにでっぱりがある柱と一メートル四方の木の板があった。

 実際に完成すれば魔道具どころではなく魔道装置といってもいいような大きさの道具になりそうだが、それでもこれが転移をするための魔道具の一つであること位には違いない。

 当初考えていたものよりも大きくなりそうだが、まずは設置型でも構わないので理論を完成させる方が先だろう。

 

 そんなことを考えて柱を見ていた俺は、さっそくアイに問いかけた。

「一応確認だけれど、本当に転移できるのか?」

「それを確認するために呼びました。今から実際に物を飛ばして確認します」

「なるほどね。そういうことか」

 どうやらアイは、最初の転移実験を行う時に俺がいてほしかったらしい。

 といってもアイがわざわざこうして呼んでいるということは、それだけ実験が成功すると確信していることの裏返しだ。

 

「もう一個の道具は、ダークエルフの里の傍に置いてあります」

「そうか。それじゃあ、とりあえずは道具か何かを送るってことかな?」

「ううん。それはもうやって成功しているからやりません」

「あれ? 違うの? それじゃあ、何のための実験? ……って、まさか?」

「そう。ちゃんと生き物が送れるかを確認します」

 

 てっきり無機物を送るための実験だと考えていたのだが、アイは一気にそれを飛び越えて生物を転移させると言ってきた。

 しかも無機物に関しては既に実験済みだというのだから恐れ入る。

 ただ問題なのは、その『実験』に何を使うのかということだ。

 

「送る生物は用意してあるの?」

「勿論です。つい先ほど適当に捕獲してきた魔物がいますから」

 アイがそう言いながら指さした先には、うごうごと蠢いている袋があった。

 実は先ほどからちらちらと視界に入っていたのだが、それが何かは考えないようにしていたのだ。

 とはいえ、確かに転移装置の実験体として使うには、適当に捕まえてきた魔物はちょうどいいと言える。

 

「そっか。準備は万端というわけだね。それじゃあタイミングは任せるよ」

「いいのですか?」

「いいよいいよ。実際に目の前で見れて、結果がすぐに分かればそれで問題ないから」

「わかりました。――それじゃあ、それを台の上に……そう。それでいい」

 

 アイの指示に従って、アイの子眷属である樹人形が袋を抱えて木の板の上に置いた。

 その樹人形は、そのまま柱に近づいて行って出っ張りに向かって何やら幾つかの操作を行っていた。

 その操作を終えてから一度こちらを見てきた樹人形に、アイが短く「やって」と指示を出した。

 

 アイの指示に従って、樹人形がポチと柱にあるボタンの一つを押した。

 するとそれに応えるように、それまで何の変哲もなかった木の板の上に一つの魔法陣が現れる。

 一目見ただけではそれが具体的に何の魔法陣かは理解できなかったが、これまでの経緯から何のために出現したかはわかる。

 その想像通りに、魔法陣が消えるのと同時に、その上に乗っていた魔物入りの袋が消えていた。

 

「……上手く行ったかな?」

「恐らく。シルク、ちょっと確認してきてくれる?」

「わかりましたわ」

 そのために呼ばれていたのか、俺の傍に控えながら様子を見ていたシルクがすぐに頷き返しながらその場から消える。

 シルクは自分自身の力で転移ができるので、例の袋がきちんと目的地に着いたのかを確認しに行ったのだ。

 

 シルクがこの場から消えてから一分ほど経ってから、再び同じ場所に戻ってきた。

彼女シルクの顔を見れば実験結果がどうなっているかはわかるが、きちんと言葉にして聞いた方がいいと考えて、代表して問いかけた。

「――どうだった?」

「間違いなく同じものがあちら側に届いておりましたわ。実験は成功です」

「そうか。それはよかった」

 想像通りの答えを聞いた俺は、シルクに向かって笑顔で頷いてからすぐにアイの頭を撫でた。

「――よくやってくれたね。ありがとう」

「ご主人様が望んでいたから……」

 そう返してきたときのアイの顔は、珍しく赤くなっていたがそれを突っ込むほど野暮ではない。

 

 それはともかく、転移装置の開発が上手く行ったということは、これからできることが増えてくる。

 まず確認しておかなければならないのは、その汎用性だ。

「実験成功してすぐに聞くのもどうかと思うけれど、数はどれくらい増やせるのかな?」

「そこまで沢山はできません。あと必ず一対一で使うようになっているから、飛びたい場所それぞれに用意する必要があります」

「なるほどね。一つの元から複数の先には行けないってことか。それはまあ今後の研究結果に期待かな。それに、今はそこまでたくさん必要ってわけじゃないしね。ちなみに、数が用意できない理由は?」

「使っている素材が貴重な魔物のものが多いです」

「あー。もしかしなくてもボスの物とかも使ってる?」

「少しだけ」

「それは確かに貴重だね。それならとりあえず作れる分だけ作ってくれるかな? 勿論、今後のために実験用の分を取っておくのも忘れないようにね」

「わかりました」

 実験用の分はわざわざ釘を指しておかなくても分かっていると思うのだが、一応指示しておいた。

 そうしないと俺が必要だと言ったからということを理由に、今ある素材のすべてを使ってしまいかねない。

 いつまた手に入るか分からない素材を使っている以上は、実験用や転移装置以外の目的のためにある程度はとっておきたい。

 

「一応確認だけれど、これって領域外への転移はできるの?」

「残念ながらそれはまだ……」

「それはそうか。そもそも参考にしているのが俺の転移だって話だったからね。それじゃあ領域外への転移についても今後の課題ってことになるかな。無理はしない程度に頑張ってくれると嬉しい」

「勿論、頑張ります」

「とりあえずの目標だった転移はできるようになったから、あまり焦らずにゆっくりやっていいからね。今後は別の方面で忙しくなりそうだし」


 転移装置ができたということは、これから二つある町(村)の対応が増えてくるということになる。

 そうなれば、冬の間ほどの時間が取れなくなる可能性が高くなる。

 アイについては魔道具、魔道装置の開発に専念してもらってもいいのではと思わなくもないが、きちんと人の言葉を発することができる魔物がまだまだ少ないので、必要になる場面が多くなると考えている。

 

 今後のことはともかくとして、転移装置の実験が成功したこと自体は大変喜ばしいことには違いない。

 だからといって事故が起こらないとも限らないので、何度か試してみる必要があるだろう。

 今すぐに運用を開始するというわけにはいかないのがもどかしいが、新しいものができた時、特に生体に関わるような物の場合は繰り返しの実験が必要になることは十分によくわかっている。

 いきなり実践投入をして事故が起こった場合に、今後使うことになるであろうダークエルフとの関係が微妙になってしまってはまずいのだ。

 

 そのことも含めてアイには繰り返しの実験をきちんとやっておくようにと言い置いてからその場を去った。

 ちなみに余談だが、転移装置ができたことを掲示板で報告をしたのだが大騒ぎになったことは言うまでもない。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る