(3)実験
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初めて生物の転送に成功した転移装置は、その後一か月をかけて捉えた魔物を使って実験を繰り返した。
その間何度か事故のようなものは発生はしたが、実験体が大きく毀損するようなことはなく、どちらかといえば装置側に不具合が起こることが多かった。
そのあたりは生き物を扱っているということもあって、アイも慎重に設計しているようだった。
そして最後の週くらいになると全く事故も起こらなくなり、ようやく製作者であるアイも満足したのか、実用段階に入ってもいいだろうという報告を受けた。
そうなると今度は俺の出番となる。
転移装置を実際に使うことになるのはダークエルフになるので、まずは許可を得ることからしなければならない。
さらに魔物であれば成功することはわかっているが、人が使った場合に何かが起こらないとも限らない。
こればかりは妖精体になっている俺でもどうすることもできないので、実際にダークエルフに使ってもらうしかない。
というわけで、アイから報告を受けた翌日には長老の元へ向かって転移装置ができたことを話した。
「なっ、何……!? それは、本当のことですかな?」
「えっ、ええ。ただ、一応魔物を使って大丈夫だというところまでは確認はしたのですが、今のところ一度も人では使っていないので……」
「なるほど。私たちで実験が必要だと。――それは勿論、私でもいいということですかな?」
少しばかり食い気味に言ってきた長老に戸惑いつつも、何とか頷き返すことはできた。
「それは構わない……いやいや。長老が実験するのはダメでしょう!」
つい勢いに押されて同意しかけたが、長老の傍で話を聞いていた世話人の顔を見て慌てて首を振った。
あれだけ実験を繰り返して大丈夫であることを確認しているので大丈夫だという自信はあるのだが、それでも里を束ねている人物がやっていいことではない。
長老から見えないように世話人の無言の圧力もあったお陰で、どうにか拒否することができた。
あからさまにしょんぼりしている長老に、色々と混ざったため息を吐いてから問いかけてみる。
「……そんなにやってみたかったのですか? 言ってしまえば実験体ですよ?」
「それはのう。何せ、世界規模の大事業といってもいいようなことだからの。一枚噛んでおきたいと思うのは当然だろう?」
「当然……なんですかね? どちらにしても当面は隠し続けることになりますから、世間に広まることはないですよ」
「そうであっても世界初としての魅力は……」
「とにかく! 長老が最初の被験者になるのはダメです。代わりの人材をきちんと募ってください。ただし事が事ですので、無理やりは駄目ですからね」
「それは重々承知しております。…………残念じゃのう」
長老が未練がましくこちらを見てきたが、絶対に駄目という態度は崩さない。
しっかり長老を抑えておくようにという意味を込めて世話人を見たが、何故か視線を逸らされてしまった。
絶対に長老以外の候補を探すようにと念を押してその場を辞することになったのだが、この分だときちんと精査をしたが立候補が出てこなかったと言って押し切られそうだ。
そう考えた俺は、ハウスに戻ってからのうちの実験に来ているダークエルフたちに事情を話して、信用のおける者は誰かを聞いた。
その人物に見張ってもらいつつ、どうにか長老以外での候補者は見つけることができた。
ちなみに話を聞いた研究員たちも立候補をしたがっていたが、それは俺の権限で丁重に省かせて頂いた。
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候補者選びに不安があった長老だが、念押しが効いたのかその後はしっかりとした候補を選んでくれた。
事が事なので事情は大っぴらにできないのだが、長老の近しい知人から数人当たってみたところ全員が被験者として立候補してきたとのことだった。
その全員がダークエルフの中でも年がいっている者たちだったのは、決して偶然ではない。
もし万が一が起こった時に、年若いものではなく先が短い者が率先して行うべきだという考えが根底にあったことは間違いないだろう。
俺自身もその考えを否定するつもりもないし、それでいいとも考えている。
付け加えると今回の三人の被験者たちは、それらのこともすべて踏まえたうえで実験に参加することを同意してくれている。
……悔しがる長老に対してわざとらしく誇らしげな態度をとっていることを除けば、被験者としては申し分ないと言えるだろう。
実験するにあたって長老云々はどうでもいいことなので、さっそく被験者の三人に実験を行って貰った。
当たり前だが結果としては、特に大きな事故が起こることもなく、見事に成功。
一応繰り返し利用してもらったが、それでも体調に変化が起こることもなく一日目の実験は終わった。
この後は何日かに渡って繰り返し利用してもらいながら、体におかしなことが起こらないかを調べてもらうことになる。
これから半月ほどをかけて実験を繰り返して問題が見つからなければ、晴れて実践投入ということになる。
はっきりいって、これまでの実験とアイの自信を見る限りでは何事も起きずに終わりそうだが、念には念を入れることにする。
それにこれから実際に使ってもらうことになるダークエルフにとっては、それだけ念入りに実験をしたという実績があればそれだけ安心して使ってもらえることになる。
そもそもが町(村)との交易のために開発してもらったのでそこまで頻繁に利用することにはならないのだが、そこはそれ、である。
ちなみにダークエルフの利用はそこまで多くならない予定だが、特に眷属たちは利用頻度は高くなるはずだ。
その理由は単純で、領域を攻略するたびに距離が離れることになるので、その時間短縮のために使ってもらうのだ。
もっともそれも強制するつもりはなく、好きな時に使えばいいと考えている。
ただ今回の転移装置は完全に固定式なので、好き勝手な場所に移動できるわけではない。
そういう意味では利便性が悪いともいえなくはないが、これまでそれぞれの足で移動していたことを考えればかなりの時間短縮になる。
これまで攻略領域を行ったり来たりしていたファイ辺りは、転移装置の完成を非常に喜んでいた。
便利な道具なのは間違いないので、できれば道北方面と道東方面に向かう分もあると良いのだが、残念ながらそこまで都合のいいことにはなっていない。
理由としては、以前アイが言っていた使っている素材に限りがあるというのが一番大きい。
無理して作れば作れなくはないそうだが、それ以外の目的で利用できなくなってしまう。
今後も改良を加えていくことを考えれば、アイの実験用の分は最低限確保しておきたいのだ。
転移装置という明確に必要は道具ができたことで、今後の魔物討伐はそれに必要となる素材をメインに狩るようすることもできる。
ただそうするとそれ以外の素材が集まらなくなってしまうので、この辺りは痛しかゆしとしか言えない。
こういう時こそハウスの売買機能が使えるのではとも考えたのだが、さすがに早々都合よく素材が出てくるとも限らない。
それでも一応メモ帳機能で作られている『欲しいもの一覧』の中に書き込んでおいた。
それなりの金額も提示しておいたのでもしかすると反応があるかも知れないが、こればかりは待つことしかできない。
いずれにしてもダークエルフが利用できそうな転移装置ができたことによって、今後の攻略にも大きく影響を与えることになるのは間違いないのであった。
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