(10)準備
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<Side:キラ(昭)>
ダークエルフの里に向かったアイとシルクから連絡が入ったのは、彼女たちが里に着いたと連絡が入ってから少し時間が経ってからのこと。
どういう経緯でいきなりそんなことになったか詳しく聞きたかったけれど、先触れの連絡要員である小蜘蛛からはそこまで詳しい話は聞けなかった。
詳しい話はあとからくる小蜘蛛に任せて、とりあえずは重要な連絡事項だけを伝えに来たらしい。
その重要な連絡事項というのは、ダークエルフたちが長老を連れてホームまでくるということだった。
それは確かに重要事項だと理解できたので、詳細は後回しにしたのも当然だと納得した。
それはともかくダークエルフが来るということはしっかりと歓待しないといけないわけで、ある問題が浮かび上がってきた。
「……もてなすための料理が作れない…………」
「やはり必要ですの?」
愕然とした様子で打ちひしがれている俺に、シルクがいささか不思議そうな顔になって聞いてきた。
「必要だろうね。どれくらいの速さで来れるかはわからないけれど、少なくともまる一日かそれ以上は雪の中を歩き続けるだろうし」
「そんなものですか」
「そんなものです。シルクは、使者として出した子眷属たちが食べ物を出されずにいたらどう思う?」
「暗殺するつもりはないと思いますわ!」
「ああ~……うん。そういう考えもあるか」
眷属たちは、一応基本的な価値観は共有しているはずなのに、所々でずれたところがある。
そのずれている部分が個々によって変わってくるので、しっかりとしたヒヤリングは重要だと思っている。
今回のシルクの考え方も、そうしたずれが生じたものだ。
ここで、俺たちの話を聞いていたラックが、さすがに見かねた様子で割り込んできた。
「ピピ、ピッピ?(主、シルクには後で私から話しておきます。それよりも、歓待はどうされるのでしょうか?)」
「そうだなあ。寝る場所は……今回はアイが作った小屋の一つで我慢してもらうとして、料理くらいはどうにかしておきたいな。かといって子眷属たちが食べているキノコだけってわけにもいかないだろうし……」
シルクの子眷属たちは、冬の間の食料として地下でキノコを育ててそれを食料としている。
いずれは料理なんかを教え込んだら面白いかなとは思っているが、畑を作るまでの余裕はなく先延ばしになっている。
そもそも調味料なんかもそろえなければならないので、手の打ちようがない。
……とそこまで考えた俺は、ふと思い出したことがあった。
「――ちょっとハウスに行ってくる。もしかしたらどうにかできるかもしれない」
「ピピピ(できればお早めにお願いします。ここでの食料がいらないとすれば、持ってくるものも変わるはずですから)」
「そうか。そういうことも考えないといけないんだ。わかったよ。――それじゃあ」
急ぎと聞いて一瞬
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ハウスに戻って端末を操作すること数十秒。
「――あ、やっぱりあったか。よかったよかった」
魔石で買えるものの一覧の中に、出来立ての料理が並んでいた。
最悪、食材を買って自前で料理することも考えたが、そこまでしなくていいと分かってホッとした。
ちなみに出来合い料理の味はどんなものかと掲示板を確認してみたが、どこかのホテルの料理とまではいかないまでも値段相応の味にはなっているらしい。
一応事前に自分で味見をしてみることも考えたが、さすがにそんなことをしている時間はないと自重をした。
今はそれよりも、向こうでの時間経過がどれくらいになるかを確認する必要がある。
今のところハウスで過ごしていた時間は十分にも満たないが、一日が過ぎていたとかであればどうしようもなくなる。
本当であれば食材や調味料だけ用意してあちらで作りたいところだが、料理できる者も場所もないのだからどうしようもない。
というわけで、掲示板の最新の情報を確認することなく、とんぼ返りで転移世界へと戻った。
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「ピピィ(お帰りなさいませ)」
「ラック、ただいま。あれからどれくらい時間が経った?」
「十分経ったか経たないかくらいでしょうか」
「そうか、よかった。体感的には大体同じくらいか。これだったらどうにかできそうだ」
本体周辺にアイが作った建物の一つに、あった方が便利だろうということでハウスで買った時計が備え付けられている。
その時計で大体の体感時間はわかるようになっているので、ラックが言った時間もそこまでずれているとは思えない。
その感覚で向こうで過ごした時間とほとんど変わらないのであれば、時間のずれもそこまで気にする必要はなさそうだ。
いざ本番という時にその目論見が外れてしまう可能性があるが、そこを気にしてしまうと何もできなくなってしまう。
「ピピ、ピピィ?(では、こちらでの食事は考えなくてもよいと伝えてもよろしいですか?)」
「だね。あとは用意した料理で満足してくれるかどうかだけれど……こればかりはぶっつけ本番になってしまうか」
「ピピピ(そうなりますね)」
「主様が用意した食事に文句などつけさせませんわ!」
「ああ、うん。まあ、ほどほどにね」
妙に張り切りそうなシルクに釘を刺したが、ふと思い出したことがあってそれを付け加えることにする。
「あと、シルクに頼みがある」
「なんですの?」
「できる限りでいいから反物――蜘蛛の糸で作った布を用意してくれないかな?」
「布ですか。それは構いませんが……品質はどうしましょう?」
「うーん、そうだね。二種類くらい用意できたらそれでいいよ。魔力ありのやつと無しのやつ。なしのほうが多めで」
魔力ありのスパイダーシルクが高級品の部類に入るのはわかっているので、敢えてないものも用意しておくことにする。
「それでしたらさほど手間はかかりませんが……よろしいですの?」
「構わないよ。変に品質の良いのを用意して、向こうから拒絶されたら意味がないからね」
重要なのはダークエルフたちに見合う品を渡して、今後付き合いを続けても特になると思わせることだ。
最高級品ばかりを渡して色気を出されても困るし、変に恐縮されても付き合いづらくなる。
少なくとも今の時点で俺が目指しているのは物の往来ができる程度で、あわよくば同盟関係になれればいいかとしか考えていない。
シルクやファイ辺りにしてみればまどろっこしいと言いそうだが、ここは俺の方針に従ってもらう。
力で蹂躙したところで後の反発が大きいというのは、地球での過去の例から見ても分かり切っていることだからだ。
そんなことを考えていた俺だったが、一つだけ忘れていた――というよりも知らなかったことがある。
それが何かといえば、ダークエルフやエルフにとって世界樹というのがどれほど重要な存在であるかということだ。
そのことをホームに来たダークエルフたちから思い知らされることになるのだが、それに直面するのはもう少し後のことだった。
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