(9)お誘い
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<Side:クイン(続)>
初めてダークエルフの<長老>に対面した時の私の感想は、『強い』というものでした。
それぞれ個別の強さであれば、今も潜んでいるであろう小蜘蛛たちからの情報である程度分かっていました。
実際対面したときに感じた強さも、その情報とさほど違いはなかったです。
ですが、私たちの目の前にいる長老の強さは、それとはまた違ったものだと対面して初めて分かったものです。
長老と対面してそのことに気付いた私の脳内に、主様が仰っていた「人の強さはまた別のものがある」という言葉が再生されたのは言うまでもありません。
さすがは主様――といったところでしょう。
個々の強さでいえば、目の前にいる
それでも長老を名乗っているだけあって里の中では一番の強さなのですが、私が感じた長老の強さはそこではありません。
いうなれば、個の力を全に繋げて何倍もの強さを発揮できる能力と言えるでしょうか。
敢えてスキル風にいうとするならば、<統率力>というべき強さが長老の強さの源であるといえるでしょう。
この里にいる一般的なダークエルフたちは、個々で当たれば進化をした子眷属でも倒せる相手ですが、この長老の指揮に入った瞬間に厄介どころではない相手になることは間違いありません。
そのことが知れただけでも、私たちがここに来た意味はあると言えます。
そして、私が気付いていることは当然のようにアイ様も気付いているはずです。
進化前の木人であった時の癖を引き継いでいるためか表情ではわかりにくいですが、その雰囲気は明らかに「油断できない」と言っているように感じます。
私たちのその雰囲気を感じ取ったのでしょうか。
私たちと同じようにこちらを観察していた長老が、ふとニヤリとした笑みを浮かべながらこう言ってきた。
「やれやれ、参りましたね。どうせだったら油断し続けてほしかったんですが?」
一瞬この言葉にどうこたえるべきか迷った私の隙をつくように、先にアイ様が答えていました。
「無理」
「即答ですか。強者は強者らしく構えていてもいいと思いますが?」
「似合わない。それに、私たちは強者だと思っていない」
そう答えたアイ様でしたが、これは私も同感です。
強者ということであれば、それは主様のことだということを私たち眷属は全員認識しているはずです。
そんなアイ様の答えを意外に思ったのか、長老はいぶかし気な表情になりながら問いかけてきました。
「あなたたちが強者でなければ、一体誰が……あなたたちを統率している者ですか」
「そう。世界樹様」
アイ様がそう端的に答えると、長老はまさしく驚愕と呼ぶにふさわしい表情になっていました。
たっぷり五秒ほど固まっていた長老でしたが、やがて一度大きく深呼吸をしてから真剣な表情になりました。
「……それは本気で言っているのかい? 俺たちがダークエルフだと分かっていて?」
「こんなことで冗談は言わない。あと、これ――」
アイ様は、そう言いながら懐の中から一本の枝を取り出しました。
それは紛れもなく主様の枝であります。
何故このような場所にアイ様がそのような物を持ってきているのかといえば、必要になるかも知れないからと主様に許可を貰って持ってきていた物です。
アイ様は長老の反応を見てさっさと出した方がいいと判断したのでしょうが、私も同じ考えです。
そしてその判断が間違っていなかったことを証明するかのように、アイ様から世界樹の枝を渡されてそれを観察していた長老は、大きなため息をつきながらその枝を返してきた。
「持ったままでもいい」
「本気かい? ……いや。止めておこう。今はこの枝が本物であると分かっただけで十分だ」
「そう?」
すでに最初の時とは態度も言葉遣いも変わっている長老ですが、私たちはそれを咎めるつもりはありません。
変にへりくだった対応をされるよりは、今のほうがよほどましだと思えます。
長老が返してきた枝をアイ様が懐にしまっている間に、今度は私がある提案をすることにしました。
「単に拾ってきただけの可能性も疑っているでしょうから、ご神木があるところまで来てみませんか?」
「…………それは俺がここを離れるということか?」
「いえ。それはどちらでも構いません。人選はお任せしますが……留守の間の防衛が不安だというのでしたらこちらの人員を出しますが?」
「至れり尽くせりだな。お前たちがそこまでする理由は?」
「主様がお会いしたがっているからですが?」
「主ってーと……ええ? まさか、世界樹が? 話ができると!?」
「まさしくその通りですね。直接お話になるときには妖精の形になっておられますが」
「……待ってくれ。少し考えを纏めたい……」
長老は既に態度を繕うことを諦めたのか、渋面になりながら両手で頭を抱え始めました。
その気持ちが分かるだけに、私もアイ様も特に咎めることもなく、長老が復活するのを待ちます。
「――――すまなかった。本当ならこんな態度もするべきじゃないんだろうが……」
「気持ちはわかるから、いい」
「それはありがたいな。それで、一つ聞きたいんだが、最初から俺たちを招くつもりだったのか?」
「それは違います。あなたが予想以上に主様に反応したので、話の流れを変えただけです。もし来ていただけるのであれば、直接主様と交渉されたほうがいいですよね?」
「それはそうだが……そうか。身から出た錆か。……いや。それは仕方ない、か」
諦めた表情でため息をつく長老に、私はニコリと笑顔を返しておきました。
こういう時にアイ様が表情を変えないことはよくわかっているので、代わりに私がその役目を負っておきます。
その効果は十分だったのか、長老はもう一度ため息をついていました。
「……わかった。確かにお前たちの主が世界樹だとするならば、こちらとしても無視するわけにはいかない。……もし嘘だったとしても、会っておく価値は十分にあるだろうしな」
長老が、主様が世界樹であることを「嘘」だと敢えて言ったことはすぐにわかったので、私たちは敢えてそこに反応することはありませんでした。
代わりに先ほどと同じようにニコリとだけ返しておきます。
「そうですか? それでしたら日程を決めてしまいましょう。そちらも忙しくなる春になる前のほうが良いですよね?」
「そこもしっかり把握しているわけか。……やれやれ。ここまでやりにくい相手は久しぶりだ」
「こちらに移ってきてからは自然が相手だったのでしょうから、致し方ないのでは?」
「確かにその通りだな」
私の返しが面白かったのか、長老がクツクツと笑いだしました。
その笑いが収まるまで待っていた私たちに、長老は真面目な表情に戻って再度聞いてきました。
「それで? そっちはいつ頃が良いんだ?」
「私たちはいつでも。あなたたち次第です」
「そうか。ちなみに、目的地までどれくらいの距離があるんだ?」
「主様の妖精体に会うのだけでしたらさほどでもありませんが、本体もご覧になりたいのでしたら最低でも二泊か三泊分は用意してほうがいいではないでしょうか」
「わかった。それであれば少し待っていてもらえるか? 今すぐに人選をしたうえで話を通しておく。……出発は明日になりそうだが」
「十分に早いですね。私たちのことはお気になさらず。何でしたら里の外で待っていてもよろしいですよ?」
他のダークエルフを騒がせるつもりはないという意味での申し出でしたが、長老はすぐに首を左右に振っていました。
「さすがに、客人にそんな仕打ちをするつもりはないな。ましてやあんたたちが本当に世界樹からの使者だとしたら、俺は他の奴らから袋叩きにあっちまう。寝る場所くらいは用意するさ」
「そうですか? ああ。食事は必要ありませんからお気になさらずに」
「分かったよ」
食事はいらないと言った私に何か言いたげな表情になった長老でしたが、すぐに納得した表情になって頷いていました。
私の言葉で食事をとる必要がないということまでわかったのかは不明ですが、主様との話が終えるまでは変な歓待は必要ないと受け取ったのかもしれませんね。
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