(11)ダークエルフの伝説

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「――――我々『シンラ』のダークエルフは、あなた様の元に下ります」

「あ。えーと……はい?」

 分体として現れた俺を前にしていきなりそんなことを言ってきたダークエルフの長老。

 その姿は見事な土下座であり、どこでそんな仕草を覚えたのだろうと余計なことが脳裏をよぎる。

 一瞬だけそんな現実逃避をしてしまったが、いつまでもそんな長老と唖然としている他のダークエルフを放置しておくわけにはいかない。

 ちなみに周囲に揃っていた全眷属たちは、何故だか満足げな表情を浮かべている。

 

 周囲は頼りにできないと悟った俺は、少し慌てながら長老をなだめにかかった。

「ええと、長老? 少し落ち着きましょうか」

「何を言いますか。私はしっかりと落ち着いております」

「うん。いや、そうなのかもしれない……のか? ともかく先走らずに、まずは他の者たちを説得するのが先では?」

 長老と一緒についてきていた三人のダークエルフ(皆イケメン、♂)は、そんな話は聞いていないという表情を浮かべている。

 彼らがそんな顔をしているということは、長老の言葉は彼自身の独断で放たれたということはわかる。

 

 長老の暴走で他のダークエルフからの恨みを買いたくないのでまずは里での調整をよろしくという意味を込めての言葉に、長老は地べたに膝をついたまま後ろに立つ他のダークエルフに振り返っていた。

「何をしているんだ、お前たち! さっさと膝をつかんか!」

「落ち着いてください、長老。まずはきちんと説明を!」

「こんな話は聞いていませんよ!」

「何を言っているんだ、嘆かわしい! それでもそなたらダークエルフの一員か!」

 狼狽えているダークエルフたちに、長老はただただ一喝を入れていた。

 

 その様子を見てこのままだと話が進まないと判断した俺は、彼らに割り込んだ。

「とりあえずは落ち着きませんか? こんなところ雪積もる外で話をし続けるのも辛いでしょう?」

「なんの。我々はこのままでも大丈夫ですぞ」

 そんなところで張り切らなくてもいいと心の中で思いつつ、何やら狂信者のようになりつつある長老に俺(妖精)はニコリと笑った。

場所を移したいと思っているんです」

「おおっ……!? これは失礼をいたしました。確かに場所はよろしくなさそうですな」

 俺の言葉にコロリと態度を変える長老に、俺はダークエルフの一人に視線をチラリと向けて――ほぼ同時にため息をついていた。

 

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 長老の暴走(?)から始まった初対談は、場所をアイが作った小さめの小屋に移して再開した。

 ちなみにアイの小屋を作る技術は進化と共に格段に上がっていて、小さな小屋といえども隙間風のようなものは入ってこなくなっている。

 とはいえでっかいどーの冬は厳しいので暖房器具なしには過ごせないのだが、しっかりと暖炉もどきまで完備されている。

 この小屋を始めてみた時はどうやって作り方を覚えたんだと思ったのだが、アイのために建築関連の本を用意してあったことを思い出してその疑問はすぐに解決していた。

 本を読んだだけでこれだけのものを作れるのか、という疑問には目を瞑る。

 

 ダークエルフ側には長老と合わせて四人、こちら側は俺と眷属七体というメンバーで話し合いは始まった。

 といっても長老に主導権を渡すとまた落ち着きなく話を続けそうだったので、まずは何故いきなりあんなことをしたのか聞き出すことにした。

「――長老。浅学で申し訳ないのですが、私にはあなたにそんな態度をとられる理由が分かりません。まずはそこから話していただけないでしょうか?」

「コホン。確かに、少し先走り過ぎたようですな。いいでしょう。これは我々エルフ種に伝わる古い伝説のようなものになるのですが――」

 そう前置きした長老は、口伝で伝わっているというある一説を朗々と語り始めた。

 

『その大いなる樹は、精霊たちの源たる存在。その根は世界中に張り巡らされ、灼熱たる溶岩さえも越えて地中深くに腰を下ろす。そして幹や枝は、遥か上空を超えて星々の世界にさえ届く。かの樹がもたらす恵みは、全ての生命を支えることができるであろう』


 一息でその一説を語った長老に、他の者たちの反応は見事に二分されていた。

 俺と長老以外のダークエルフはなんだそれはという顔になっていて、眷属たちは何故かさすがという顔をしていた。

 そして、自分についてきたダークエルフのその表情を見た長老は、嘆かわしいという顔になって首を左右に振っていた。

「エルフ種の大元は、その世界樹から生まれたとされている……のですが、そのダークエルフ自体がこれではどうしようもないですなぁ」

「長老だけに伝わっている秘伝の話とかではないのでしょうか?」

 そう問いかけた俺に、長老は首を左右に振った。

「そんなことはありませんな。単に、夢物語かただの妄想として忘れ去られていっただけですな。里に戻って年かさの行った者に聞けば、語ってくれるはずです。最近は、世界樹さえ物語上の存在だと考えているエルフ種もいるそうだ」

「はあー。そんなものですか」

 自分自身がその世界樹(の一種)なのだが、先ほどのような存在としての実感がほとんどない俺としては、他人事のように答えるしかできない。

 

 そんな俺に、長老はニカリと笑って続けた。

「流石の私も今のあなた様が、口伝で伝えられてきたような存在ではないことはわかっております。ですが、いずれはそういう存在に到達する『可能性』があるのも確か……という言い伝えですな」

「いずれは、ですか」

「そういうことですな。それにそんな存在でなくとも、我々エルフ種にとって世界樹が特別な存在であることは紛れもない事実。……私の一族は逃亡生活が長すぎて、どうやらそんなことも忘れかけているようですな。ここで巡り合えたのも運命といえるかもしれません」

「長老!」

 長老が「逃亡生活」と口にしたことで、ダークエルフの一人が声をあげていた。

 

 だがそんな若者(?)ダークエルフに、長老は一度首を振ってから続けた。

「確かに先ほどのは私の先走りでもあるが、里に戻って年長の者たちに話をしても恐らく同じことを言うはずだ。それに、ただただ伝説に惑わされてというわけでもない。――ということでよろしいでしょうか?」

 長老はそう言いながら、最後は俺の方に水を向けてきた。

 確かにいずれはダークエルフを迎え入れる準備を進めていたことも確かなので、俺としては曖昧に頷くことしかできなかった。

 いきなり傘下にはいると言われても、食料などの準備が整っていないことも確かなのだ。

 とはいえ恐らくダークエルフたちは持っていない寒冷地に適した食物の種が用意できることは、既にハウスで確認してある。

 

 長老はそこまで読んでいるわけではないだろうが、先触れだったアイとクインが里に着いた時点でその可能性も考えていたはずだ。

 そうでなければ、いくら伝説の一件があるとはいえ、簡単に一族全てを預けるようなことを言い出すはずもない。

 この時の俺はそう考えていたのだが、のちになって長老に確認してみると「いや。あれはその場のノリだ」と言われて頭を抱えることになるのはかなり先のことだ。

 とにかくこの場での話では、まずは里に戻って皆の意見をまとめるということで落ち着いた。

 

 

 結果として里に戻った長老が張り切ったのか、ダークエルフたちが世界樹の傘下に入るということが、数日後に連絡用の子眷属(蜂)に告げられた。

 経った数日でとも思わなくもないが、長老が言ったとおりに年嵩の言った者たちの意見が強固で、爺さん婆さんたちがそこまで言うのなら――ということで決定をしたらしい。

 勿論中には最後まで反対を言いとおす者もいたようだが、それは長老たちが持ち帰った保存食やシルクが用意した布地を持ち出されて黙り込むことになったようだ。

 誰かの下に着くのは嫌だと思っていても、今のままだとじり貧だということと、上になるのが世界樹ならまだいいか――という現実に頷かざるを得なかったというところだろう。

 いずれにしてもこれで数か月に渡って問題だったダークエルフの里については、一応の決着がつくこととなったのである。

 

『シンラのダークエルフが恭順を示しました。これ以降、戦力として認められます。彼らが支配していた領域が、新たな領域として加わります』




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