(2)実験その1

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 ハウスからホームに戻った俺は、世界樹の麓でくつろいでいたラックを見つけて近寄った。

 偵察にでも言っていたら別の眷属に頼もうかと考えていたのだが、たまたま何もしていなかったようでちょうどよかった。

「ピッピイ(お帰りなさい。主)」

「ああ、ただいま。戻ってきてさっそくで悪いんだが、ちょっと付き合ってもらえるかな?」

「ピイ?(おや。何かございましたか?)」

「いや、緊急というわけじゃないから安心してほしい。ちょっと試したいことがあるだけだから」

 俺とラックの会話を聞いていたアイが何かあったのかと視線を向けてきたのでそう言うと、安心した様子でまた何かの作業に戻った。

 領域の拡大に伴った罠を作る作業があるアイだが、最近は落ち着いているので空きの時間を使って自分の身体をアップデートすることに専念しているのだ。

 

 ――と、アイの姿を見てそのことを思い出した俺は、ついでとばかりに言った。

「アイ。折角だから今のうちに魔石を渡しておく。それは俺が作ったやつだからね」

「カク?(いいの?)」

「ああ、構わないよ。今ならクインやシルクも落ち着いているからね。この後は他の皆にも渡すつもりでいるんだよ。まずは目的がはっきりしているアイからってことだね」

「カクカク(ありがとう)」

「ハハ。礼はいらないよ。ああ、あと。別にそれを使って失敗したからって、気にすることは無いからね。失敗も一つの経験だ」

「カク(わかった)」

 

「――っと。ごめん。先に話しかけたのがラックだったのに、話がずれてしまったね」

「ピイ(構いません)」

「そうか。それじゃあ、さっきも言った通り、ちょっと付き合ってもらうかな」

「ピイ?(どちらへ?)」

「まあ、色々と? 試したいことが複数あって、一か所じゃないんだよ」

「ピピイ(そういうことですか。畏まりました)」

「よし。それじゃあ、行こうか」


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 進化をして少し大きくなったラックの背に乗せてもらってしばらく。

 俺たちは、ホームから見て北東側にある海岸線に来ていた。

 領域でいえば、ルフの奥さんであるミアが支配していたところともいえる。

 そこで何をしたいかといえば、掲示板で仕入れた情報のなかに面白そうな魔法の使い方があって、それを試してみたかったのだ。

 

 ごつごつとした岩だらけの海岸線に着いた俺は、ラックに持ってきてもらった革袋を海へと突っ込んだ。

 冬の海は荒々しくて何度か波に巻き込まれそうになりながらも、どうにか革袋の中に海水を貯めることに成功する。

 その海水の入った革袋を波の影響を受けない場所にまで持って――いけませんでした。

 海水が入った革袋は、妖精の姿の俺にとっては重かったんだよ! ちくせう。

 

「ピイ?(私が運びましょうか?)」

「……頼む。すぐそこでいいから。……はあ。重いものを自力で運ぶ手段も考えないとな。やりたいことが色々と増えていく」

「ピピ?(私たちがいるのですから後回しでいいのでは?)」

「それもそうなんだけれどね。誰かが必ず空いているわけじゃないだろう? 特に、戦闘時は」

「ピ(それもそうですね)」


 俺が戦闘をしているときは、当然ながら護衛も行っている可能性のほうが高い。

 そういったいざという時に、重いものを持つ必要があるかどうかと言われれば微妙だが、それでも使えるようになっていたほうがいいことは確かだ。

 重いものを持つか移動させる手段ができれば、大きな岩を相手にぶつけることだってできるだろう。

 そうなれば、戦闘時の手数が増えることになる。

 

「まあ、とりあえず今はいいや。それよりもごめん。その袋を持って――ちょうどいいや。あの木の枝にとまってぶら下げてもらっていい?」

「ピイ(勿論です)」

 そう答えたラックは、革袋についている紐を器用に口で咥えて俺が指示した木の枝に留まった。

 結構乱雑に扱っているようにも見えるが、中に貯めた海水がほとんどこぼれていないのはさすがといえるだろう。

 

 そして近距離を移動する分には何の問題もないので自分でラックのいる場所まで近づいた俺は、浮遊したまま掲示板で教えてもらった魔法を試してみる。

「――食塩生成」

 魔法で大事なのは、現象に至るまでのイメージと魔法を発動するためのきっかけとなる呪文だ。

 今回の場合は海水から水分を蒸発させて、塩を作りだすイメージが大事になる。

 呪文に関しては、あくまでも現象を現実に起こすためのきっかけでしかない。

 

 というわけで使った魔法に手ごたえを感じた俺は、軽くなったと主張するラックに笑みを見せながら革袋の中を確認した。

「よっし! 上手くいったみたいだな」

「ピピピピ(これは、塩ですか)」

「そういうこと。今回は小さめの袋でやったけれど、次はちゃんとした貯水槽みたいなのを作ってたくさん採れるようにしたいね」

「……ピ? ピピ(……何のために? そうか。ダークエルフですか)」

 意味が分からずに首を傾げたラックだったが、すぐに塩の用途に思いついて納得していた。

 

 現状俺たちには食塩はそこまで必要ないのだが、ダークエルフにとっては必要不可欠といっても過言ではない。

 彼らがどこから塩を調達しているのかはわからないが、もしかしたら必要になるかもしれないと考えたのだ。

 勿論彼らが必要なかったとしても、特に無駄になるようなことにはならないだろう。

 ダークエルフに関しては、これまでの調査でそこそこ長く(少なくとも数十年単位)暮らしているようなので、もしかしたらどこかに岩塩の鉱床でも見つけているのかもしれないが、その辺はよくわかっていない。

 今のところ外との交易をおこなっている様子もないので、もしかしたら別の入手ルートが必要となるかもしれない。

 そう考えての魔法の実験だ。

 

「ピピ、ピ?(中々面白い魔法ですね。私にも使うことはできるでしょうか?)」

「できるんじゃないかな? 使う属性は火と風だし。ラックは両方持っていたよね?」

「ピ、ピイピ?(それでしたらあります。ですが、火と風ですか。水ではなく?)」

「うん。水じゃないよ。えーとね……うん。詳しい説明はホームに帰ってからしようか。他にも聞きたそうな人もいそうだし」

「ピピ、ピピピ(確かにそうですね。特にアイ様辺りは)」

「そういうこと。それじゃあ、次行ってみようか」

「ピピ(畏まりました)」


 わざわざラックを伴ってここまで来たのは、何も塩作りをするためだけではない。

 どちらかといえば、これから行おうとしていることの方がメインといえるだろう。

 あくまでも思い付きでしかないので上手くいくかはわからないが、試してみる価値は大いにあると考えている。

 そしてこれがうまくいけば、今後の活動についても大きく変わってくるはずだ。

 ――というわけで、俺たちは現在の領域の一番端まで移動を開始した。




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