その11 みーちゃんとうーちゃんはいつか白黒つけたい

 大木が帰ってしまって、何となく気まずい気がしたけれどケーキを食べていればなんとかなった。元々、二人きりになった途端に険悪になる関係ではないのだ。


 少し気持ちも落ち着いたところで、さっき強引に言わせたことを謝罪すると、烏山が今度は頼んでいないのにまた好きと言ってくれた。

 見ると赤くなって可愛く小さくなっていて、きゅんと胸がときめく。烏山の可愛さで白鳥は悶えそうになりながら、自分も好きだと伝える。


「その、私も好きよ……」

「う、うん」


 しかしこのやり取りは、まるでもう恋人同士のようではないだろうか。と白鳥には感じられてしまうのだけど、烏山的にはこれも友情百パーセントでしかないのだろうか。白鳥には今までそもそも友人がいなかったのでよくわからない。少なくとも大木との関係とは全く違うが、大木とは対等な友人ではなく先輩後輩と言うのが最初にあったので、同じように比較するのは無理がある。


 好きと言ってもらえて、好きと言って受け入れてもらえて、嬉しい。

 とりあえずはそれでいいと思うことにした。だって白鳥はまだちゃんとした友人だっていなかったのだから。よくわからなくても、ドキドキするこの胸の高鳴りも、にやけてしまうほどの幸せも、とても嬉しいことだから。

 まだなれないこの喜びを、少しずつかみしめて慣れていくことから始めればいい。


「あー、あのさ」

「なに?」

「蓮姉が言ってたからってわけじゃないけど、名前呼び、する? いや、なんとなく暗黙の了解で避けてたけど、駄目ってわけじゃないし?」


 と言う烏山の提案に、白鳥は少しためらった。名前で呼びあうのはいかにも友人と言った感じで、それはとてもいいとは思う。思うけれど、白鳥と烏山は同じ名前なのだ。

 とても紛らわしいと思う。大木が白鳥をうーちゃんと呼ぶね、と言った時は何故? と思って烏山と会ってから理解した経緯もあるくらいだ。

 とは言え、烏山が言うなら試してみるのは悪いことではない。


「じゃあ、いくよ? せーの」

「美羽」

「みうさん」


 名前を呼ばれた瞬間のときめきと、だけど自分で口にしたことの違和感。自分で自分の名前を呼んだような、何とも言えない気持ちだ。もちろん目の前の人がその名前だとわかってはいるが、普段名字で一緒にいる大木もあだ名呼びだったのだ。耳にも自分以外の人間が『みう』と呼ばれていることになれていないのだから、口にしてすぐ馴染めるものではないのだろう。


「あの……蓮部長にならうのは駄目かしら?」

「あ、みーちゃんうーちゃんで? 駄目じゃないけど……なんていうか、蓮姉が呼ぶ分にはいいかもだけど、私が呼ぶと、こう、一文字目とっちゃってる感じしない?」

「ふふ。変なことを言うのね。そんなこと、気にしないわ」


 烏山の伺うような視線に、白鳥はおかしくなって笑ってしまった。

 うーちゃんと呼ばれだしたときは疑問だったし、烏山のことを知ってショックではあったけど、名前の一文字目か二文字目かはそこまで気にしていなかった。単純に出会った順番でつけた大木に悪意がないのだから、気にしても仕方ない。

 なのにそれを気にして伺ってくるなんて、可愛らしい気づかいだ。


「そ、そう? じゃあ……うーちゃん?」

「ええ。みーちゃん」


 口にした呼び名は、思っていた以上にすんなりと舌に馴染んだ。呼ばれるのも、大木に呼ばれていたのもあって違和感はない。

 誰かをあだ名で呼ぶのは初めてで、なんだか口にしただけでぐっと仲良くなれたような、友達らしくなれたような気がして嬉しくなってしまう。


「ふふ」

「うーちゃん、その、改めてよろしくね」

「ええ。みーちゃん。ふふ。よろしくお願いしますわ」


 思わず笑いがもれてしまったけれど、そんな白鳥を不審に思うでもなく、烏山も微笑んでくれた。


 その微笑みが、なんだか白鳥を受け入れてくれたようにも見えて、すごく安心した。心が温かくて、何も心配なんていらないような気になれた。

 今の烏山を見ていると、ほんの少し前までもうじき別れが来るのだとおびえていたのが嘘みたいだ。高校の間だけでも十分だと思っていた。

 だけど今は、もっと長く一緒にいられたらと思ってしまっている。そして、それがそう無理のある願いでもないんじゃないかと、希望を持ってしまう。


「片づけて帰ろっか」

「ええ、そうね」


 お茶を飲み干し、お皿や机、書道道具も片づける。他の部活も使うので、きちんと各部活ごとのロッカーに入れておかないと怒られる。

 今回の試験提出物は、烏山が捨てていいよと言ったのでこっそり持って帰ることにする。


 白鳥自身の物は自戒の為に、烏山の物は目標の為に。もう烏山の文字を目指そうとは思わない。だけどそれでも、自分を見失わないまっすぐさは、いつだって見習いたいから。

 

「白鳥さ、あ、えっと。うーちゃん、こっち終わったよ」

「ええ。こちらも終わりましたわ。では帰りましょうか」


 荷物を持って部室を出て、鍵を返却して校舎を出る。一緒に帰ること自体は初めてではない。最寄駅は違うが、基本的な方向は同じだ。

 学区的には隣になるので当たり前だが、今までも嬉しかったが今日からはもっと楽しくなれそうだ。


 校舎を出て烏丸と一緒に歩く。それ自体は珍しくないはずなのに、今までと違う景色にすら思えた。

 隣をちらりと見る。見慣れた低い位置にある旋毛さえ、可愛らしい。そんな烏山が、白鳥を好きで受け入れてくれている。そう思うだけで、頬が緩んでしまう。


 だけどもっと仲良くなりたいな。と白鳥は思う。贅沢が過ぎるけれど、だけど思っていた以上にあっさりとこうなったらいいなという現実を超えて幸せがやってきたのだ。ならそれ以上を求めたって、不可能ではないだろう。

 問題はそれをどうすればいいのか。烏山がすでに白鳥を好意的にみてくれていた。それは嬉しいけれど、何故なのか。今まで友達になれなかったクラスメイト達と何が違うのか。違いが判らない。あえて言うなら部活動で強制的に近くにいたくらいだ。


 近いほど好意的になる? 可能性はある。パーソナルスペースを超えられると不愉快になると同時に、その状態が長く続くと人はストレス状態を緩和するため、その相手をスペース内にいてもよい身近な相手だと錯覚することがある。

 そんな話ではなくても、単純に顔をあわせているだけでも親近感をもつものだ。ニュースで死が流れても何も思わなくても、クラスメイトで顔と名前を知っている人間が死ねば動揺する。

 それだ。と白鳥は心の中で手を打った。烏山は小柄で見た目はいかにも幼げで、心もピュアで純粋なところがある。きっとだからこそ、近くにいるだけで友達になれたに違いない!


 と言うことで白鳥は、しれっと烏山との距離をつめた。いつも半歩分は離れているところ、ちょっと烏山が腕をふる角度を変えればぶつかるくらいに。


「いた、あ、ごめ? え、ち、近くない?」


 と言うかぶつかった。普通に手と手がぶつかり、わりと勢いよく振られていた烏山の手が後ろから前にはじいたのだ。

 ぶつかるつもりはなかったし、見ていた以上の勢いに白鳥は一瞬目を丸くしてしまったが、振り向いて謝罪しながら驚いて一歩身を引いた烏山に、白鳥はにこっと微笑んで一歩前に出た。


「いいのよ。声をかけて近寄ればよかったわね」

「う、うん? あの、近すぎると思うんだけど」


 正面同士で寄ったので、さっき以上に近くなってしまった。胸先に烏山がいる。少々頬が赤くなり眉まであげて抗議してくるが、その様も可愛らしい。

 勢いでなんだか抱きしめたくなってしまうが、さすがにそれは時期尚早だ。急いては事を仕損じる。烏山とは失敗したくないからこそ、慎重に距離を縮めなければならない。

 いずれは、当然の様に抱きしめられるようになるともっといいけれど、その野望は胸にしまっておかなければならない。


「そうかしら。そうね。でも……今までより近くにいたいわ。駄目かしら?」


 誤魔化そうかと思った。そんなことないでしょう。いつもの距離だわ。勘違いしないでちょうだい。なんて強気に言ってしまおうか。一瞬そう思った。

 だけどそれではいつも通りだ。素直になるのと決めたのだ。今まで以上に、友達以上に、もっと仲良くなりたいのだ。なら勇気をだそう。


 そう思って、素直に尋ねてみた。恥ずかしくって、また顔が赤くなっていることは自分でもわかったが、白鳥は烏山から目を離さずに言えた。


 烏山は先ほどからやや頬に赤みがあったが、白鳥の言葉にまるで色でも塗るみたいに、下からかーっと赤みがかった。その変化に、自分がそれだけ烏山を照れさせた事実に、なんだかそれも気恥ずかしい。だけど悪い気分ではない。


 烏山はすぐに答えずに、目をそらしまた一歩引いてから校門を向いた。白鳥から見て横を見ているような状態になった。


「ん」


 答えてくれないのかな、と一瞬不安になった白鳥に向かって、烏山は手を出した。顔を見ようとしても、反対側にそらされてしまった。

 その手のひらには何もない。戸惑いながらそっと手をとってみる。


「ん! 行くよ」


 触れるが早いか、ぎゅっと烏山は白鳥の手を握りこんだ。そしてそう言うと勢いよく歩き出した。

 その勢いに慌てながら、徒歩スピード自体は早いわけではないので何とかついていく。


 そうして歩き出してから遅れて、手を繋いで歩いているのだと理解した。

 かっと体中に火が付いたみたいに熱くなり、その癖手だけは敏感で、烏山の手の温度で火傷しそうなほど感じてしまう。


「……また、手、当たったらあぶないから。仕方ないでしょ」

「そ、そうね。仕方ない、わね」

「うん……仕方ないよ」

「ええ……」


 ぎゅっと、お互いの手が離れないよう強く握りあいながら、烏山の言葉にうわごとのように相槌をうちながら、ただこの手を離したくなくて、一生握っていたいと思った。


 結局、部長と副部長としては白黒ついたけれど、二人の関係はなんだか曖昧で、思いはもっとあやふやで、何を考えているのか自分でもわからないほどのマーブル色だ。

 だけど、二人の高校生活は、まだまだこれから始まる。そんな気がした。


 いつかこの感情に、この関係に、白黒つく日がくるのなら、その時はずっと一緒にいられる道ならいいのに。そんなことをただ願いながら、電車の中でもずっと手を繋いだ。



 おしまい。

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烏山さんと白鳥さんは白黒つけたい 川木 @kspan

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