その10 二人は仲良くなりたい
「では私をどう思っていますの? もう一度、ちゃんと言いなさい。それまでケーキ禁止よ」
ケーキを取り上げた白鳥はそう、真剣に思える顔で問い詰めてくる。
何故そんなことを言わせようとするのか。意図が分からない。からかっているにしても、少しばかり顔が真面目すぎる。白鳥らしいとは言えるが、だからこそわからない。
もう一回好きと言え、なんて。まるで恋人ではないか。さっき普通に言えたのは、何とも思っていなかったからだ。普通に好きで、何も隠すことはなかったからだ。
だけど、そんなのいう訳ないじゃん。恥ずかしいしー、と軽く、冗談ぶって流すには白鳥の態度が、どこか鬼気迫る勢いに感じられた。
烏山は仕方なく、一度そらした目線を戻して白鳥を見る。もうお皿をとりあげた冗談のノリはみじんもなく、その目は力強さが感じられる。ごくり、とつばを飲み込む。
意味がわからない。だけど白鳥が真剣に、烏山に好きと言ってほしいと望んでいるのだ。どんな展開だ。そう思うのに、妙にどきどきしてしまう。
まるで、白鳥が烏山に特別なものを求めているみたいだ。そんな勘違いをしてしまいそうだ。
だけど、まるっきり、何もかも勘違いか。そう言われて、烏山は否定できない。だって少なくとも、烏山はもうさっきと同じ気持ちで、なんでもないみたいに、普通に好きとは言えない。
白鳥のさっきの顔が浮かんで、どうしようもなく心臓が高鳴る。
顔が熱くなるのをとめられない。もう誤魔化せない。だけど、さっきの顔だって二人には見られているのだ。もう手遅れだ。そう半ば開き直りつつ、だけどまだ残る羞恥心が目を伏せさせた。
「……」
口を開けたのけど、すぐに声が出なかった。急速に喉が渇いてくる。落ち着かなければならない。冷静に、何でもないように、ごく普通の友情として言わなければならない。
「っ、すっ、き! す、好きだよ。白鳥さんのことは。ほんと、本気で。だから……はやく、ケーキちょうだい」
勢いが付きすぎてめちゃくちゃにどもってしまったけれど、そのおかげで言い直しはすんなり言えた。
それでももちろん、冷静になんてなれなくて、真っ赤で汗もかいていつの間にか両手を痛い位握りしめていたけれど。だけどちゃんと言えた。これで白鳥は満足して、この会話は終わりだ。
伏せていた目を向けて、白鳥からケーキ皿を奪還する。カップをとって喉を潤してからケーキを食べて、ふぅ、と一息ついたところでちらっと白鳥の反応がないので顔を見てみる。
「!?」
白鳥と目があった。ただそれだけだ。
だけどそれだけで片づけられない。白鳥は自分で言わせたくせに、また真っ赤になっていて、まるで麗しい乙女のようなはにかんだ笑みを浮かべていた。
その美しさに、目が離せない。なんだこの美少女は。見ているだけで、自分が恋をされているのだと勘違いしてしまいそうだ。
「……」
その顔を見ているだけで、ぽーっとなって見とれてしまう。白鳥のことを何一つ知らなくても、こんな顔を向けられると、それだけで恋に落ちてしまいそうだ。
烏山もまた赤くなり、だけど白鳥と違ってきっと間抜けな顔をしているのだろう。何も言えないのに感情が漏れて口は半開きになり、馬鹿みたいにじっと白鳥を見るしかできない。
じっと、穴が開くほど見ていても一向に飽きる気配がない。むしろもっと顔をよせてよく見たい。どうして白鳥もずっとそんな、赤らんだ顔を向けてくれているのか。
ちっともわからない。今日の今日で、急に態度が変わりすぎていて、さすがに恋心を向けられているわけがない。
だけど少なくとも、こんな顔をされて、じゃあ友情をはぐくもうと言って友達の行動をできる自信はない。過剰に意識してしまうだろう。
今だって、心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていて、もう死んでしまいそうなくらいなのに。
「はい、ごちそーさま!」
「!」
「!? あ、あ、は、はい!」
突然大木が柏手のように手をうちあわせたことで、驚きすぎてとりあえず意味もなく返事をしてしまった。だけど白鳥も同じように驚いて大木を見ているのでセーフ。
二人に見られた大木はにこにこしていて、当たり前だけど今の見つめあいで二人の世界みたいになっていたのを見られていたのが恥ずかしすぎて八つ当たりしたいくらいだ。
しかし驚いている内に、大木はそそくさと部室を出ていく。
「んふふ。あとさ、それだけ仲良くなったならいい加減下の名前で呼んだ方がいいと思うな。それだけ! こんどこそじゃあね!」
なんておまけも残して。
白鳥と顔を見合わせ、なんとか笑ったがお互いぎこちないのは否めない状態だった。
それでもなんとか元の姿勢にもどり、ほぼ手付かずのケーキに戻ることにした。
「お、美味しいね」
「え、ええ。……あの、烏山さん。先ほどは無理に言わせるような真似をして、申し訳ありませんでしたわね。その、今日はなんだか、気持ちが不安定になっているみたいですの」
「そ、そうだね。まあ部長の件で思い詰めてたみたいだし、しかたないよ。大丈夫だよ。その、どっちの白鳥さんも、好きだから」
あえてもう一度、好き、と言った。白鳥がさっきのことを水に流して、今日はおかしいから明日からきっといつも通り、と言う流れに従っているなら、烏山もひとまずそれに合わせるつもりだ。
正直、もうかなり特別に好きになってしまっているけど、急ぐつもりはない。と言うかいまだ烏山の気持ちが追いついていないし、しばらく二人っきりで部活をするのだから時間はたっぷりあるのだ。
こんなに誰かにドキドキしたり意識するのは初めてのことで、烏山はまだこれが、そう言う特別な気持ちなのかつかみきれていないのだ。
そう思って、あえて友達としてさらっと好きって言えますよ。さっきの照れまくりは気のせいですよ、と言うことに表面的にだけでもしたかった。
したかったのに、やっぱり顔が赤くなってしまった。ちらりと白鳥を見ると、やっぱり白鳥も赤くなっている。
「そ、そう……ありがとう。その、私も好きよ……」
「う、うん」
お互い目をあわせないよう、ケーキを食べる。美味しいはずなのに、あまり味が入ってこない。心の中で大木に謝りながら食べ進める。
「あー、あのさ」
「なに?」
「蓮姉が言ってたからってわけじゃないけど、名前呼び、する? いや、なんとなく暗黙の了解で避けてたけど、駄目ってわけじゃないし?」
しばらく黙って赤みが引いたところで切り出す。顔をあげた白鳥もこちらを見ている。目を合わせた瞬間、またどきっとしてしまったが、赤面するほどではない。動揺は隠しながら会話をする。
「ん。だけど、紛らわしくないかしら?」
「他の人からしたら紛らわしいけどさ、私たち同士ならよくない? 一回呼んでみない?」
「烏山さんがそう言うなら…」
「じゃあ、いくよ? せーの」
「美羽」
「みうさん」
「……ごめん、呼び捨てした」
声がそろうかと思ったが、普通にそろわなかった。ずっと名字だから違和感なくさん付けだった烏山だが、まさか下の名前もさん付けすると思っていなかった。しかしそれが二人の距離感だと白鳥が思っているなら、急になれなれしいと思われただろう。
「い、いえ。その。お友達なのですから、呼び捨ての方がいいでしょう。その、みう……ううん」
「その、言い出してなんだけど、やっぱりちょっと、違和感あるね」
素直に謝罪して許してもらってから、だけどやはり座りが悪くて二人して顔を見合わせて苦笑した。
二人とも、名前の読み方が『みう』なのだ。だから大木も、それぞれ烏山みうをみーちゃん、白鳥美羽をうーちゃんと呼び分ける。
元々幼い頃から烏山が親からみーちゃんと呼ばれている延長で、そこからの派生で白鳥はうーちゃんと呼んでいるらしい。
だから何となく名前呼びをお互い言い出さなかった。しかし実際に読んでみると、思った以上に違和感だ。
烏山は幼い頃、小学校低学年までは自分のことをみうと呼んでいたのもあって、その時の気持ちを思い出してしまって妙に気恥ずかしい。
けれど、じゃあやっぱり名字で、と言うのは少しよそよそしい。どうすればいいのか。烏山が最後のケーキの一口を食べ、フォークを置きながら考えていると先に食べ終えていた白鳥がそっとお茶のお代わりを入れてくれながら口を開く。
「あの……蓮部長にならうのは駄目かしら?」
「あ、みーちゃんうーちゃんで? 駄目じゃないけど……なんていうか、蓮姉が呼ぶ分にはいいかもだけど、私が呼ぶと、こう、一文字目とっちゃってる感じしない?」
烏山的にはそれもあって余計に呼びにくかったのだ。勝手に一号を名乗って相手に二号を押し付けるような、そんな座りの悪さを感じていたのだ。
「ふふ。変なことを言うのね。そんなこと、気にしないわ」
しかし白鳥はそう笑い飛ばした。その大人びた笑顔はいつものどや顔にも似ているけど、でもなんだかいつもより包み込むようなやさしさみを感じてドキッとしてしまった。
「そ、そう? じゃあ……うーちゃん?」
「ええ。みーちゃん」
大木が呼び出したのは子供のころで、それをずっと引きずっているのはあまり違和感はなかった。だけど改めて、この年からこの子供じみた呼び方をするのはなんだか恥ずかしい。
「……ふふ」
そう思った烏山だったが、しかし白鳥が妙に満足げに、嬉しそうに笑うものだから、まあいいか。とあきらめることにした。
どうせ他の人からすれば昔からでも今からでも同じことだ。なら白鳥がしたいなら、そうしよう。
「うーちゃん、その、改めてよろしくね」
「ええ。みーちゃん。ふふ。よろしくお願いしますわ」
そう微笑んだ白鳥は、やっぱりとっても美少女で、心臓がうるさい。まだこのドキドキする感情に、明確な名前を付けていないけれど、これから仲良くなれそうな予感に、烏山は知らずに微笑んでいた。
できるなら、他の誰より仲良くなって、他の誰より傍に居て、誰かじゃなく烏山にだけ笑顔になってほしい。あの、大木よりも。
それだけは間違いない、烏山の願望として胸にありながら、烏山はそっと入れてもらったお茶を飲み干した。
まずは二人で帰るとき、いつもより距離をつめて、なんなら手を繋いでみよう。他の友達には簡単にできることから始めよう。
そう烏山は意気込んで、胸のときめきを楽しむのだった。
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