その9 白鳥は自覚する
白鳥は浮かれていた。烏山と一緒に部活を続けられることがはっきりして、そして烏山に好かれているのだ。夢じゃないかと言うくらい都合のいいことばかりだ。
同じケーキが好きと言う会話も、なんだかとっても仲良しっぽい流れだったではないか。
烏山に対してだけではないが、今まで素直に気持ちを出してこなかったせいか、ついつい虚勢をはってしまったり口出しをしてしまうけれど、同じ会話でも昨日までとちがって烏山との空気は穏やかなものだと思えた。
ケーキもたくさん食べたがっているようなので、白鳥も好きだけど烏山に喜んでもらえた方が嬉しいので、一番大きいのでイチゴものせてサービスさせてもらう。
「嬉しー。もう、白鳥さん私のこと大好きじゃん。ありがと」
目論見通り烏山はにこにこ素直に可愛くお礼を言ってくれた。それは白鳥としても嬉しいのだけど、大好きじゃん、とか軽く言われてしまった。
いや、まあ好きではあるけど。そんな。そんな風に言われてしまうと、白鳥はとても恥ずかしくなる。先ほどは烏山が先に言ってくれて、何となく言える流れだった。
だけど改めて、しかも、大、なんて強調されて、そうなの。何て言えるほど素直になんてなれるはずがない。白鳥はずっとそうやってきたのだ。
「だ、大って。そのような言い方。違いますわ。烏山さんが私のことを好きなのでしょう? 先ほどそうおっしゃられたではありませんか」
だからつい、烏山のせいにしてしまった。嘘をついたわけでも言わされたわけでもないのに、そんな言い訳の必要なんてないのに。
「え、いや、自分も言ったじゃん」
だけどそんな白鳥に、烏山は気を悪くするではなく何でもないようにケーキに目線を落として食べながら、不思議そうにそんな相槌をうった。
その態度に、白鳥は少しだけ胸が痛くなる。好きだと言われて嬉しかったのに。同じように照れてくれた烏山に、白鳥と同じような熱を持ってくれているのだと感じたのに。
冷静になった今は烏山は照れもせず、なんでもないように振る舞っている。
「それはそうですけど……でも……う。じゃ、じゃあ私のことを好きだと言うのは嘘だと言うの? いい加減に適当に言っただけだと?」
「えぇ? そ、そんなことも言ってなくない?」
烏山が嘘を言ったとは思わない。だけど、今の態度はあまりにも軽すぎる!
烏山は何も悪くない。だけど、白鳥はうなりたくなるような、もどかしいような、拗ねたいような、そんな何とも言えない子供っぽい気持ちになっていることは自覚しながら、驚いて目を白黒させる烏山に、白鳥は素早くそのお皿を引き寄せる。
「では私をどう思っていますの? もう一度、ちゃんと言いなさい。それまでケーキ禁止よ」
「あ、ちょ……そ、そんなのあり?」
「嫌だと言うの? 先ほどはあんなに簡単に言ったのに」
「さ、さっきはそうだけど」
どうしてか、烏山は渋っている。さっきあんなに簡単に言ってくれたのに。だからこそ、本心だと思えたのに。どうして今度はためらうのか。さきほどのはやっぱり、勢いもあって本当は好きは言い過ぎたのではないか。
「……」
そんな風にネガティブになってしまう白鳥の気持ちを知らず、烏山はぎゅっと目を閉じ、縮こまるように肩を寄せてフォークを持ったまま両手を握った。
そして見る見るうちに真っ赤になって、口を開けて、だけどすぐには何も言わない。
そのまるでひな鳥が餌を待つような姿は可愛らしいけれど、だけどどこか力の入った固いそのいつもの烏山らしくない姿に、何を言っていいのかわからず、そのまま烏山が何かを言ってくれるのを待った。
「っ、すっ、き! す、好きだよ」
色づけたように真っ赤な顔で言われた言葉に、白鳥は全身が熱くなるのを感じた。自分で無理やり言わせたのだ。それが分かっていても、さっきと同じように嬉しくて仕方ない。
でもおかしいのだ。さっきと全然違うようにも感じられてしまった。
烏山が照れたように真っ赤になって、力を込めて言われた言葉は先ほどの軽さによる信ぴょう性はない。だけど逆に、逆立ちしたって疑う余地のない力が込められていて、それが白鳥に別の感情を抱かせた。
まるで、恋の告白のようだ。
そう感じられて、何故か心臓がうるさくなった。烏山にもっと好きになってもらいたい。
そう思った白鳥の思いには今も何も違いはない。だけど、それが単純な友情だけではなく、別の色が混じってしまった気がした。
「白鳥さんのことは。ほんと、本気で。だから……はやく、ケーキちょうだい」
続けられてお皿はとられたが、しかしそんなことは白鳥の中に入ってこなかった。
今の自分の感情が信じられなかった。明らかに、烏山を今までと違う目で見ている。白鳥が烏山を好きなのはわかっていた。だが、そんなつもりはなかったのに。
真っ赤に恥じらい告げられた好きの言葉に、自分もだと返したくなった。いや、さっきまでと何も違いはないのだ。
ただ、白鳥が自覚したかしていなかったか、それしか違いはないのだ。
だけど自覚なんてしたくなかった。自覚しなければ、純粋な友人を目指せたのに。
まだ、友人としての第一歩を踏み出したところなのに、こんな感情を抱いてしまうなんて。
「!?」
烏山がケーキをぱくつき、それでテンションはいつものレベルに戻ったようで、顔の赤みを消して顔をあげた。そして白鳥と目を合わせた。
何かにとても驚いた顔をしていて、その表情で初めて、白鳥は自分がとても人に見せられない緩んだ顔をしていることに気が付いた。
だけどもう遅い。白鳥の顔を見た烏山もまた、赤くなってぽーっと呆けた表情になったのだ。
それを見てしまえば、もう白鳥は自分の表情をコントロールしようと言う思考の余裕なんてなかった。
「……」
烏山のその表情を見ると、まるで白鳥に恋をしているような、そんな愛らしい顔にすら見える。ずっとその顔を見ていたい。他の人に向けてほしくない。
烏山が好きすぎて、何だか苦しくて、胸がきゅうっと痛いくらいだ。
「……はい、ごちそーさま!」
「!」
「!? あ、あ、は、はい!」
そうして見つめあって、もう他のことがどうでもよくなったころ、突然横からぱんっと手を叩いてそう言われて二人して飛び上がるほど驚いた。烏山は驚きすぎて何故かいい返事をしている。
二人そろって横を見る。大木はにっこり微笑んで、いや、にやにや微笑んでいる。
その表情を見て、大木のことを忘れて見つめあっていて、今の間抜けな自分の顔も見られていたことに気が付いて白鳥は恥ずかしくて身じろぎしてしまう。
烏山も同じなのか、落ち着かない様子でせわしなくフォークを両手で持ってもじもじしている。
「あ、あの」
「うんうん。二人が仲良くなってくれて、嬉しいなぁ。私前から思ってたんだよね。もうちょっと素直になれば、凄く仲良くなれそうだなぁって」
「す、わ、私はいつでも素直だもん」
大木の言葉に反抗する烏山だが、いつものように白鳥にはそれを注意する気持ちはわいてこない。むしろ、この恥ずかしい空気が霧散するようもっと何かを言ってほしい。
「うんうん。そうだねぇ。じゃあ、ケーキも食べだし、私は先に帰るね。後は次世代の二人で、ごゆっくりー。あ、ごめんね、置いておくから洗ってね」
「そ、それは構いませんけれど、え? 本当にお帰りになられるのですか?」
が、そんな白鳥の願望は当然スルーされ、いい笑顔のまま大木はさらっと立ち上がり、食器はそのままに鞄をとって靴をはく。その背中に白鳥は振り向いてとっさに手を伸ばすけど、立ち上がって振り向いた大木はにこっと笑ってウインクする。
「うん! ふふふ。ちゃんと二人で仲良く食べて、仲良く一緒に帰るんだよ!」
「ちょっ、蓮姉!?」
「じゃあねー」
ぴしゃ! と音をたてて大木が出たドアが閉められ、しーんと一瞬静かになった。
が、すぐにドアは少しだけ開いて、隙間から大木が覗き込む。思わず二人して静止したままびくっと肩を震わせる。
「んふふ。あとさ、それだけ仲良くなったならいい加減下の名前で呼んだ方がいいと思うな。それだけ! こんどこそじゃあね!」
それを見た大木は笑いながら口元に手を当て、そう言ってからまたドアを閉じ、今度こそ立ち去って行ったのが足音でわかった。
数秒そのまま固まってからゆっくりと白鳥をみると、お互い同時に向き合って、顔を見合わせた。
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