その8 一番大きいが食べたい
「じゃじゃーん、実は! 特別にケーキを用意しておりました!」
「ひゃー! 蓮姉さすが! 素敵! 大好き!」
部長決定戦の片付けが終わり、お茶でもいれようとなった際にいつの間にか姿を消した大木は、机を二つ並べてお茶を三つ用意できた頃にそう言いながら箱を抱えて戻ってきた。
諸手をあげて立ち上がって向かい入れる烏山に対し、白鳥も嬉しそうにしつつ座ったまま小さく拍手をしている。その二人の対比的な反応に、大木は笑いながら靴を脱いで小あがりにあがり、机に箱を乗せた。
家庭科室の冷蔵庫に間借りしていたらしいケーキと借りてきた食器類を手早く用意した大木は、わくわくと目を輝かせる烏山にどや顔で包丁の取っ手を向ける。
「じゃあ新部長のみーちゃん! 開封して切り分けて。新部長最初の仕事だよ」
「任せて。必ず私のを一番大きくするから」
「ちょ、ちょっと、烏山さん。そう言うのはわからないようにするものよ」
新部長のお祝いと言う名目なので烏山が大きいのを選んだところで問題はないが、宣言されるとリアクションに困る。それに買ってきたのは大木なのに。さすがにちょっと……と思って軽く注意をする白鳥だが、烏山はきょとんとする。
本気で一番大きいのがいいのだけど、でもそんな露骨にするつもりはなく、あくまでみんなに快く譲ってもらって微妙に一番大きいのが食べたいのだ。
「え? 黙ってやるのはずるくない?」
「宣言されても困りますわ」
「わかった。じゃあこうしよう。私が切る。副部長が取り分けるそれならいいでしょ? 私から副部長に最初の仕事を振り分けます!」
「お、いいねぇ、みーちゃん。早くも部長が様になっているね」
「いやぁ、それほどでも」
烏山も基本的には三等分に切り分けるつもりだし、こんなことで揉めたくないのでそう言うことにした。下剋上待ってるぜ、と宣言はしたが、折角部長になったのだから下剋上される前に白鳥に多めに命令しておこう、と言うのもある。
大木に褒められ、いやぁ、と頭をかいて照れ隠しするふりをする。
そしていったん包丁を置いてから箱を開ける。中身は少し小ぶりのショートケーキだ。生クリームたっぷりで、イチゴがつやつやしている。
小ぶりと言っても家庭用にしたらと言うことで、普通に三人で分けて食べきるには十分すぎる量だ。
「わー、美味しそう。私ショートケーキが一番好きなんだよね」
「あら、そうなの? 奇遇ですわね。私もよ」
「え、そうなの!? いがーい。チーズケーキとか好きそうなのに」
「チーズケーキも好きだけれど、ケーキと言えばイチゴショートが定番ではなくて?」
「わかる! 気が合うねぇ」
「……そ、そうね」
にこっとケーキから顔をあげて白鳥をみると、白鳥は烏山と目があってやや照れながらそう頷いた。その反応に、おや? と烏山は首をかしげる。
今までの白鳥なら、あなたと気が合っても嬉しくはありませんけれど、くらいの嫌味を言ってきたのに。普通に肯定してきた。
さっきのドタバタで和解はしたとはいえ、別に元々白鳥も烏山を嫌わずにあの態度だったはずだし、あの妙な照れにつながった奇妙な雰囲気も片づけをしているうちに霧散したのに。
とはいえ、悪いことではない。白鳥が先に嫌味を言うのでついついいつも烏山も同じノリで返していたが、そうでないなら、元々自分が副部長になれば白鳥に対して支えてあげて普通に仲のいい友達にと思っていたのだ。
白鳥も同じように思ってくれていて、態度を改めたなら是非もない。
「じゃあ切るね」
「うーちゃん、土台持ってあげて」
「はい」
両手で包丁を持つ烏山に、大木の指示のもと白鳥がケーキの乗っている土台を両手で抑えた。大げさだな、と思いながらも慎重に刃をいれていく。
なにせ三等分だ。難しい。一番最初はいい。真ん中から手前に引くだけだ。次が問題だ。白鳥の手をどけさせ、烏山は慎重にケーキをまわして位置を確認する。
うん、と頷いて包丁を構えると、さっと白鳥がまたおさえてくれた。一度だけ目線をあわせて頷きあい、二刀目をいれる。そして同じように三回目行い、三等分が完成した。
最初の一刀目がすでに中心から少しずれていたので、ややいびつになってしまった感は否めないが、烏山はやり遂げたのだ!
「さあ白鳥さん。取り分けてみて」
「ええ。では大木部長から。どうぞ」
「ありがと」
三人分がそれぞれお皿にのせられ、前に置かれる。
実はこのケーキ、烏山にはどうしようもない部分で明確に差がある。上に載っているイチゴが8個なのだ。なので三等分するとどうしても一人だけ一つすくない。最初の一刀目でイチゴを半等分すればよかったのかもしれないがその時は何も考えていなかった。
なのでイチゴが一つ少なくなっても公平になるよう、土台は少々大きめにカットしている。それもあって形はいびつだが、どれが自分になっても納得できる出来にはなっているはずだった。
しかし、すっと白鳥が烏山の前に置く前に、当然の顔で大き目のケーキの真ん中にイチゴが移植されたのだ。
「え? な、なにしてるの?」
「何かしら」
白鳥の前のお皿からはイチゴが一つ減っている。隠すまでもなく、堂々と目の前でイチゴの引っ越しは行われたので本人は何もおかしなつもりはないらしい。
「いや、折角等分に切り分けたのに」
「一番大きいのが食べたかったのでしょう? 言わなくたって、新部長のお祝いなのだからあなたに大きいのをさしあげますわよ」
「ええ、そう言うことだったの? えぇ……でもなんか、悪いなぁ」
最初から綺麗に切り分けた大きさならともかく、一番大事なイチゴをわけてもらうとものすごくよくしてもらっている気になる。しかし白鳥もイチゴショートが好きと判明したところだ。いっそ申し訳ない。
烏山はそう言って白鳥を上目遣いに見ながら、ゆっくりとお皿を自分に引き寄せる。申し訳ないが、しかし遠慮する気はない。
そんな烏山に白鳥はにこっと微笑む。
「構いませんわ、私のことはお気になさらず」
「嬉しー。もう、白鳥さん私のこと大好きじゃん。ありがと」
その期待していた通りの優しい言葉に、烏山はニコニコしながらスプーンを手に取りお礼を言う。さすが白鳥。もう副部長として完璧な振る舞いである。
「だ、大って。そのような言い方。違いますわ。烏山さんが私のことを好きなのでしょう? 先ほどそうおっしゃられたではありませんか」
昨日までと違い、副部長になってからの白鳥はまるで従順で、これはこれで悪くない。と思ったところで何かが白鳥の琴線に触れてしまったらしく、そうツンとした態度を取られてしまった。
好意などない、と言い切っている形だが、今更それを信じないので気を悪くなどしない。
「え、いや、自分も言ったじゃん」
どころか、ちょっぴり恥じらっているような表情で、今までは何とも思わなかったはずなのにさっきの白鳥の笑顔を思い出してしまって、妙にドギマギしながら誤魔化すように烏山はもらったイチゴを口に頬張りながらそう言い返す。
白鳥の態度に、つい烏山も以前のような反抗的態度をとってしまった。
白鳥はしおらしくなっていたが、やはり根っこは負けず嫌いなようで、むっと眉をよせた。
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