その7 白鳥さんに命令した
「あ、言葉が足りませんでしたわね。もちろん、籍は残しますわ。ご心配なさらないで」
「そ、そんな心配してないけど!? なんでそうなるの!? 馬鹿な事いわないでよ!」
烏山が選ばれたのは想定外だったが、烏山にとっては大木がいなくなってからは今までより仲良くなって二人でやっていこうと思っていたのだ。
なのにやめる? 悪い冗談にもほどがある。こんな緩い部活で、書道に青春をかけるほどの情熱もない烏山が、たった一人でこの部室でこれからも書を書いていけなんて。嫌がらせにもほどがある。白鳥と一緒だと思ったから、当たり前に三年間続けられるはずだったのに。
「馬鹿って……おかしなことはないでしょう? 書を冒涜した私が、今後も関わるなんて失礼じゃない」
「いやいやいやそんな高尚な部活じゃないじゃん!」
真面目か! いや白鳥がクソ真面目なのは前から知っていたけれども!
しょんぼりした風に言う白鳥に全力で突っ込んでから、烏山は呆れの感情が強くなって一度息をついた。冷静にならなければならない。いつもなら白鳥こそがクールに振る舞ってくれるが、今は白鳥が落ち込んでどん底なのだ。
ここは烏山が落ち着いて、論理的に白鳥を元気づけなければならない。
「ね? ここからもう一度やり直せばいいよ」
「……」
我ながらいいことを言った。と思ったのに白鳥には響かなかったらしく、無言である。イラッとしてつい怒鳴りそうになってしまったのを腕を振って誤魔化して、さらに説得を続ける。
落ち着いてくれれば白鳥だってわかるはずだ。こんな部活、一人だけで続けられるわけがない。そんなのは拷問である。
と思ったのに白鳥は普通に、いや一人でもやっていたなどと言う。この馬鹿真面目!
あげくに大木への信頼だけは以前のままである。大木のことはもちろん烏山も大好きだけど、烏山に言わせれば大木はそんな何をするにも全て計算通り! みたいな頭脳派ではない。行き当たりばったりで何だかんだうまくいっているタイプだ。だと言うのに、白鳥の中では超有能すぎて怖いくらいだ。
が、それは今は本題ではないので置いておく。
もうこうなったら仕方ない。理屈で説得しようとしたのが間違いだったのだ。なら烏山にできることは、もう感情しかない。
「やめさせない! これは部長命令だから! 白鳥さんは、ずっと私と書道をするんだよ! いいね!?」
烏山は白鳥の両肩につかみかかり、その勢いで机にまで乗りあがりながらそう命じた。理屈で納得できないなら、もう強制するしかない!
一瞬顔を寄せた勢いでびびって目を閉じた白鳥だったけれど、目を開けて烏山の言葉にぽかんとした珍しい驚き顔になる。
「か、烏山さんっ。どうしてそこまで!? 私のことが、嫌いなのではなくて!?」
「はぁ? そんなこと言ったことないでしょ? 普通に好きだけど?」
「えぇっ!?」
めちゃくちゃ驚いているけれど、いや、烏山の方が驚きである。
二人がいつも何かと衝突していたのは事実だ。だけど烏山としては、ケンカ友達のようなノリで、険悪な雰囲気とまでいっていないつもりだった。
部長の座を争うと言ったって、お遊びの範囲のつもりだった。白鳥だって軍門に、などと始まるまでは冗談を言っていたではないか。
なのに烏山が白鳥を嫌いだと思っていた? 表面上、冗談めかして友好的にしていただけで、実際には白鳥は烏山を嫌っていたのだろうか。だとしたらショックだ。
「ほ……本気で言っているの?」
「こんなしょーもない嘘を言ったって仕方ないでしょ」
だいたい、強引に烏山が誘ったとはいえ部活関係なくテスト前に勉強会をしたりもしたし、渋々みたいな体ではあるが普通に一緒にやって、わからないところも教えてくれたりもしたではないか。
まあ、こんなこともわからないの? などと馬鹿にされたので、お礼は言いつつ性格が悪すぎる、と文句を言い返しはしたけど。
そんな感じなので、和やかな空気とは言い難かったかもしれないが、別に普通に部活動以外の時間も過ごしていたのだ。だからまさか白鳥が烏山に嫌われていると感じていたとは思いもしなかった。
「あ……あ」
烏山の返答をきいた白鳥は何故かかたまり、不思議に思う間もなくかーっと色づくように赤くなった。
「あの、ありがとう、烏山さん」
そしてそのままふんわりと、見たことがないほど柔らかい笑みを浮かべてそうお礼を言った。
その顔に、見とれてしまう。白鳥は最初から美人だった。だけどいつも烏山には棘のある態度で、大木に対してさえ隙のない後輩キャラだった。
なのにこんな、とろけたような、幸せそうな顔を見せられて驚かないわけがないし、改めて顔がよすぎると実感してしまう。すごく可愛い。ツンツンしていても美人な癖に、無防備に笑うと可愛いって反則では?
烏山が存在しない審判に助けを求めたいほど目を白黒させているのに気づかず、白鳥はそのまま声までいつもより二割増し美しい声音で続ける。
「そう言ってもらえて、嬉しいわ。私も、あなたのことが好きよ」
「え、う……」
好き!? と一瞬素で驚いてしまったが、そもそも烏山から先に、普通に好きとかクソみたいなことを言ったのであった。
だからそれに対し白鳥も友情で好きなのだと返したに過ぎない。何もおかしなことはないやりとりだ。
「う、ん」
そうわかっているのに、おかしな意味に感じた烏山こそおかしいのだ。
自分も白鳥と同じように赤くなってしまうのを自覚しながら、思わず目をそらしてしまう。
どきどきと、妙に動悸が早くなる。どうしてこんなに、気恥ずかしいのか。友人として好きあっていることに何の疑問もないはずなのに。
恥ずかしいくらい、嬉しく感じてしまう。ただ普通に好き、と言っただけでこんな笑顔を見せてくれるなんて。そんなことでいいなら、もっとたくさん、何度でも言いたいくらいだ。
でもそんな風に思うのもおかしいことだ。だって、いくら可愛いからって、友達の笑顔が見たいから好きって言うなんておかしいではないか。
「そう……」
烏山は自分自身に冷静になるよう心の中で言い聞かせる。そして白鳥が自分を見てその返事を待ってくれているのを察して、何とか心を落ち着けて見返す。
白鳥は変わらぬ微笑みで待ってくれていて、また馬鹿みたいに心臓が動きだす。だけどだからって、これ以上動揺して無様を晒したくない。白鳥に変に思われるのは嫌だ。烏山は気合を入れて白鳥の肩をつかむ力を強めながら大き目の声をだす。
「あ、改まると恥ずかしいね! ま、とにかく! 命令だからね!」
好きと言われたことに動揺したのはなかったことにして、とにかく念押しをする。
白鳥が可愛いのは今は置いておいて、まずはこの落ち込んで辞めるなどと言う暴挙をやめさせるのが第一だ。
命令なので拒否権はない、のだけど実際には何の強制力もないので、白鳥が本気で辞めると言うなら引き留めるすべはない。だから勢いで頷かせる必要がある。
「ええ……はい。そのようにいたしましょう」
笑顔のまま、だけどほんのり泣きそうな表情に一瞬なって、白鳥はそう頷いた。
その対応に、ほっとしながら烏山はそっと力を緩めて顔も離す。離れて見てみると、まだお互い顔の熱は残っているけれど少し落ち着いた。
さっきのは勢いで距離が近すぎたせいかもしれない。と思いたいけれど、頷いてややはにかみながら上目遣いに見つめてくる白鳥は相変わらず可愛い。ついつい見つめてしまうくらいには可愛いままだ。
「……」
「うんうん。丸く収まってよかったよかった」
思わず見つめあってしまっていたけれど、よこからそう朗らかに大木が声をかけてきたことで何となく二人してはっとして、照れながら目をそらした。
「と、とりあえず、私が部長。白鳥さんが副部長。まずは決定ね。下剋上はいつでも受け付けてるから」
「え、ええ。いいわ。今度はちゃんと、烏山さんに私の実力を見せてあげますわ」
白鳥も調子が戻ってきたらしく、咄嗟に言った軽口にのっかってきた。烏山がちらりと白鳥に視線を戻すと、ちょうど同じタイミングで白鳥も烏山をみた。
目が合い一瞬固まるも、すぐにまだ照れの残る顔のままお互い笑った。
「じゃあ片づけて、部長決定のお祝いしよっか」
そう言って手を叩いて大木が音頭をとり、まだ残る部活動時間をお茶会で過ごすことになった。
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