今時の推敲

ネコ係長の家を訪問すると、珍しく仕事をしていた。

 パソコンモニターの脇にはiPadが置いてあり、二つの画面を眺めながら、彼は難しい表情をしている。

「深刻そうな顔をしているけど、どこかに再応募でもするのか」

 二年近くネコ係長の新作が出ていないので、違う新人賞に再応募でもするのだろうと思って聞いてみたのだ。最近の乱歩賞などはそうしたケースが多い。

「違うよ。新作の直しをやっているんだ。昔と違ってゲラが郵送ではなく、メールにPDFファイルが添付されていて、それをiPadで見ながら原稿を直しているんだ」

 編集者の直しというのは見たことがないので、iPadの画面をのぞき込んだ。ワープロの原稿にいろいろと鉛筆で指示というのか意見が書き込んである。

「ずいぶんと直されているじゃないか、それにしても、いろんな考え方があるもんだな」

「それでも今回は少ない方だ。受賞作はもうびっしり書き込みがあったからな。これはまだ叩き台で、あと数回やりとりをして最後は校正ゲラ、著者校があって、やっと出版ということになる」

 本というのは意外と手間暇かけられて本屋に並ぶんだ。少しネコ係長を見直した。

「某所で読んだ話だけど。純文学系の新人賞を受賞した人が、編集者の直しに対して『私の小説は完璧だから、原稿のままでお願いします』と断ったらしいんだ。編集者はあまりに意固地な新人に腹を立てて『そこまで言うなら、そのまま雑誌に掲載しますけど、二度と原稿を依頼しませんよ』と言った。結局、その新人はすぐに消えていったというんだ。指摘のほとんどはもっともだとは思うけど、なかにはどうなんだろという指摘もあったりする。最初は自分を否定されたような気分になったりするんだけど。編集者だって嫌がらせでやっているわけではなく、少しでも内容を良くしようとしているんだから、そのあたりは割り切ってやらないとな」

 新人作家というのは苦労が絶えないものらしい。

「横道にそれたけど、推敲の話だったな。応募原稿を推敲するのは大切なことだけど。忘れがちなのが、誤字脱字や言い回しばかり気にして、ストーリーや登場人物の不自然なところやご都合主義を見逃すことだ。新人賞の選評で『行動と心理に納得できない』とか『随所で無理を感じた』なんて指摘されていることがある。それを防ぐためにも、一度書き上げたら、客観的になって全体を俯瞰するように読んでみて、不自然・無理なところはないか、偶然を多用していないか、ご都合主義になっていないか、などをチェックするといい。言うのは簡単だけど、自分で書いたものをそこまで出来るかといえば、実際はかなり難しい。なにしろ先入観があるから、そこまで客観的になれない。だから、誰かに読んでもらって不自然なところを指摘してもらうかするといいんじゃないか」

「そんな素人の小説を読んで、鋭い指摘をしてくれるような友人とか家族がいるワナビはほとんどいないだろうに。もっとお手軽な方法はないのか」

「今はワープロの校正ツールを使う方法もあるし、昔は原稿を声に出して読んで推敲しろなんて言っていたけど、ワードなんかでも読み上げ機能があるから、それを使って、パソコンの読み上げる声を聞きながら、原稿をチェックするなんてやり方もあるな。iPadでも読み上げ機能は標準でついているし、アマゾンで発売しているFireタブレットに入っているKindleにも標準で読み上げ機能がついている。俺なんかはKindleにテキストファイルを送って、寝る前にKindleアプリで自分の原稿を読ませながらボーッとしていると結構、おかしな所に気がついたりしたな。印刷して推敲するといいという話もあるけど、プリンターのインクや紙がもったいないから、俺はPDFファイルにしてタブレットで推敲した。ようするに環境が変われば、新鮮な気持ちで客観的に自作を眺められるというわけだ」

 タブレットを買うほうが、インク代や紙代よりも高くつくんじゃなかと思ったが、やめておいた。ネコ係長はそうしたものがたんに好きなだけなんだろう。

「さっき、新人賞の選評について触れたけど、ネットに新人賞の選評が掲載されているから、それはもれなく目を通しておいたほうがいい。とくに『このミス大賞』なんかは第一回から最新までの一次予選から最終まで詳しく掲載されているから、どんな作品が落とされるのか、どこが良くて上に行けるのか、すごく参考になる。乱歩賞は『日本推理作家協会』のホームページにあるし、その他も主催している出版社などが公開している。作家仲間は皆読んでいたし、今でも選評だけは必ず読むというからな。小説のハウツウ本よりも実用性は高い」

 今はパソコン・スマホなんかのツールが充実しているし、ネットがあればなんでも出来てしまう。ようするに誰でもそれなりのものが創作出来てしまうから、作家志望者も増える。

 書くための便利な道具が揃っている今だからこそ差別化が必要だし、受賞できるか、最終止まりになるかは、わずかな差でしかないというわけだ。


 次回は、新人作家の厳しい現況を愚痴とともに語るらしいです。

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