タイトル・つかみと着地

 今回は私の家にネコ係長がやってきた。もちろん手ぶらだ。

 わざわざ「散歩がてらに歩いてきたよ」と言ったのは、車じゃないからビールでも出せよということなのだろう。

 しかたないので缶ビールと柿ピーをつまみに出した。マンガの「カイジ」に出てくる地下世界なら合計六千ペリカはする代物だ。

 無料のビールで喉を潤したネコ係長は話し出した。

「小説のタイトルをあまり気にしないで応募する人もいるようだけど、実は大事なんだ。賞の選評で「タイトルに気を遣うように」とか「タイトルに魅力がない」などと苦言を呈している選考委員も多い。実際、タイトルがいいから売れる本だってあるし、受賞後にタイトルを改題されて出版されることも珍しくない。新人作家にタイトルを決める力はないから、たいていは編集者や営業部で決められることが多いようだ。知り合いの新人作家なんてタイトルの変更を求められて思いつかないままにいたら『いつのまにか、タイトルが勝手に決まっていましたよ』と話していたからな。それだけ出版社側もタイトルが売り上げを左右することを知っているというわけだ」

 新刊書店に行って見知らぬ作家の本で平凡なタイトルだったら、私だったら手に取らないだろう。世の中にはタイトルだけで売れる本だってたしかに存在する。

「次に冒頭のつかみ。これも大事だ。普通の読者は本屋で新刊書を立ち読みして、最初の数ページでレジに持って行くか、それとも元の位置に戻すか、決めるだろうからな。固定客のついている作家ならそんなことはないだろうけど、新人の場合は別だ。応募原稿の冒頭で一番悪いのは、何も動きがないまま人物や状況説明がダラダラと続くとか、喫茶店とかファミレスで登場人物が会話しているだけなんてやつだ。ミステリだったらファミレスで席に着いたとたん、高齢者の運転する自動車がブレーキを踏み間違えて店内に突っ込んで阿鼻叫喚とか。警察に追われた銀行強盗が店に乱入してくるとか。トイレに入ったら死体にぶつかるみたいな工夫が必要だ。恋愛ものだって、見知らぬ女性がいきなり『わたしの夫となにやっているのよ』と主人公の恋人である若い女性に難癖をつけてくるみたいな派手な展開にしないと、読者(下読み)の気持ちはつかめない」

 ネコ係長はビールを飲んで舌が軽くなったのか、私の突っ込みを待たずに話を続ける。

「最後はラスト、着地点とも呼ばれる。これは冒頭のつかみと同じで重要だ。読者(下読み)がページを閉じたとき、一番印象に残るのはラスト数ページ。ここで悪いイメージを読者に植え付けたらもう最悪。ひどいときにはすべてが台無しになることだってある。エンタメ小説だったら、結末はハッピーエンドで終わらせるのが基本」

「ハッピーエンドって、平凡過ぎないか。もっと目新しく皮肉の効いたオチとか、ダークなラストとかさ」

 私の言葉にネコ係長は満足そうな笑みを浮かべた。どうやら誘導尋問に引っかかったようだ。案の定、皮肉たっぷりな口調で話し始めた。

「書いてみればわかるんだけど。ハッピーエンド=爽やかな希望を持たせるようなラストは意外と難しいんだ。もちろん『……幸せに暮らしました』みたいなただの説明とかご都合主義や、とってつけたようなラストは論外だぞ。人物・情景描写で主人公たちのその後を暗示するとか、気の利いたエピソードで締めくくる必要がある。普通の人が考えるハッピーエンド以外のラストというのは、うまいラストシーンが思いつかないから、読者に丸投げしたり、胸焼けしそうなラストのほうが読者の印象に残るだろうと勘違いしたケースなんだ。キーティングの書いた『ミステリの書き方』にこんな文章がある」


 読者が最後のページを読み終わったあと、登場人物はその後も生きつづけていくのだという印象を残すのだ。おおげさな表現でわざわざ言うことはない。ひとつあるいはふたつの暗示で充分だ。

 H・R・F・キーティング『ミステリの書き方』225~226Pから引用。


 ネコ係長は自分のスマホでその文章を私に見せてくれた。よほど気に入っているのだろう。そんなことを言われても具体的にどうするんだ。

「話はわかったけど、なんかもっとお手軽にそれらが身につく方法はないのか」

 私はネコ係長が飲み干した缶ビールと、百ペリカ分しか残っていない柿ピーに視線を移してから言った。

「タイトルの付け方は小説の内容が端的にわかってなおかつ気の利いたものがいいと思うんだけど。これはセンスの問題だからな。俺は青空文庫に入っている詩集をKindleアプリに入れて、ヒマなときに読んでは語感のいい単語をメモしている。それと、各出版社の文庫目録を眺めるという手もあるな。出版された本のタイトルがズラッと並んでいるんだ。これは参考になるぞ。つかみやラストについては、お気楽・お手軽な方法があるんだけど。これはまた教えてやるよ」


 ということで次回はその簡単・楽々方法を教えてくれるそうです。

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