応募原稿を読むのは一般読者ではない。

「ネット小説と公募の違いは、応募原稿の場合は下読みとか選考委員(あるいは編集者)が最初の読者だということだな。よくあることだけど、友人や小説好きの人に読んでもらったら好評だったのに、応募したら一次通過止まりというケースはこれ。普通の読者と選考委員の読むポイントが違うんだ。応募要領によくあるだろ『新しい才能を求む』というやつ。文章や構成が巧みで面白いけど新鮮さがなにも感じられない原稿は一次は通過しても最後は落とされる。面白いけどよくある話は、そうしたものを書ける既成作家がいくらでもいるからな。それだったら大金をかけて新人賞を主催する意味がない。早い話が出版社は新しいドル箱作家を発掘したいんだよ」

 新しい才能ねえ。何処かにある金の鉱脈を信じて、探し歩く山師みたいなものではないか。

「簡単に新鮮だとか今までにないとか言うけどさ。そんな目新しいものが転がっていたら苦労はしないだろうに」

 結局、秘訣というのはよくわからない抽象的な説明で終わることが多い。図書館で三冊ハウツウ本を読んだが、アイデアとかテーマは自分で探し出せとか、挙げ句の果てには脳みそのシワがなくなるくらい努力して絞り出せとか言うのである。

 私は手土産を持たずここに来てよかったと思った。

 ネコ係長は私の不満げな表情に気がついたのか重い口を開いた。

「新しいものはもう存在していないというけど。ちょっと視点を変えれば意外と見つかるものなんだ。今じゃうんざりするくらい出回っている警察小説。これだって、例えば『警視庁組織図』をネットで探して見てみろよ。総務部用度課とか警務部訴務課・教養課なんてあまり聞かない部署がある。ここで働いている人を主人公にしたらどうだろう――と考えるのが大切なんだ。面白そうな部署がなければ、自分で創ってみるとかすればいいんだ」

「勝手に創るっていっても、現実にそんな部署は存在しないとか、その選考している人に思われるんじゃないか」

 どこにでもマニアという人種がいて、重箱の隅をほじくり返してはネットで叩いたりするものだ。

「小説はフィクションなんだから、うまく嘘をつけばいい。性犯罪が増えたので『性犯罪課』を試しに新設してみたとか、きちんと説明すればOK。現実には存在していないことは知っていますが、あえて面白くするために創りましたと読み手にわかるようにすればいいんだ」

「知らないで書いたのと、知っていてわざとやっている場合は違うだろうからな。たしかに下読みをやっているくらいだから、そのあたりはわかってもらえるということか」

「もうひとつ、あまり知られていない世界を舞台に小説を書いて、その蘊蓄の面白さで勝負するという手もある。将棋ミステリとかプロ棋士(奨励会)を主人公にした小説なんかは最近、うんざりするほど出ている。将棋がブームということもあるんだろうけど。それに比べると囲碁をテーマにした小説はあまりないんだ。おまえは囲碁とか好きなんだろ。だったら囲碁ミステリとか書いたらどうかな」

「私のはザル碁だからな。それよりも今流行のウーバーイーツの配達員が主人公で、配達したら死体にぶつかるみたいな展開はどうだろう」

「ウーバーイーツ探偵か、面白そうじゃないか。いま世間で叩かれている『テンバイヤー』もいけそうだ。社会のダニみたいに嫌われているけど、その実態はあまり知られていない。だから彼らの真似ごとをしてみたり、実際に取材した『小説テンバイヤー』みたいなものなんか、意外と受けるんじゃないか」

「いわゆるお仕事小説というやつだな。その業界を知らない人からすれば、興味深く読めるという利点はあるな」

「真っ先に流行のものを取り入れると、目新しさはあるが、ブームが過ぎたあとはただ古くさいだけだから、それには気をつけたほうがいいだろう。小説も料理と同じで、新鮮な素材を使い、今まで誰も考えつかなかったような加工や料理法で作れば、プロ顔負けの料理=小説が出来るかもしれない。少なくとも何か目新しいものがないと、文章力とかいった小説のうまさだけでは最終まではたどり着けないだろうな」

 たしかにネコ係長の言うことも一理ある。

「小説も今までにない発想とかテーマや舞台を用意すれば、プロにも対抗出来るような作品が出来るかもしれないというわけか。人は誰でも一編の小説が書ける――なんて言葉もあったな」

「たしかに誰でも一つくらいは小説が書けるようなネタを持っているかもしれないが、実際にそれを小説化しようとする人間はごくわずかなんだ」

 私の希望を打ち砕くようにネコ係長は言った。


 次回はタイトルのつけ方、読者のつかみやラストはどうすべきか――を語るらしい。

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