第96話 思いがけない応援団

 クラエスフィーナがだいぶ疲労を感じ始めた頃。聞こえてくる地上の歓声の中に、ひときわ大きく自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 岸辺を見ると、数人の男女が“がんばれ! クラエス!”と書いた横断幕を掲げて声援を送ってくれている。ラルフの両親に袋屋さん、あと数人は顔を知らないけどホッブの家族だろうか?

(来てくれたんだ!)

「ありがとー!」

 できるだけ大声で叫んだつもりだったけど、聞こえたかどうか。

 手を振り返したいけど、ハンドルを握るのに必死なのでそこまではできない。クラエスフィーナは頭の中で手を振り返しながら飛び去った。




「応援団もな、配置が大事なんだ」

「配置?」

 計画の概要を知らないダニエラに、ホッブが説明する。どうせ今の待ち時間、見守る以外にやることがない。

「同じように等間隔で並べたって、後ろの方は応援に慣れてきてクラエスのやる気はダレちまう。だからそれぞれの集団にテーマ性を持たせて、どんどん下降するクラエスの気力に鞭を入れるようにした」

 いまいち意味が判らないダニエラが首を傾げる。

「テーマ性って……どんなふうに?」

 ホッブが人差し指を立てる。

「まず一番目がラルフの親の関係。世話になったラルフんちがご近所さん集めて来てくれれば、クラエスは喜ぶだろう。これが『親愛』な」

 次に中指を立てる。

「二番目はさしづめ、『意外』かな」



   ◆



 なんとなくあったかくなった気持ちを胸に、クラエスフィーナが機体を操っていると。

「クラエスフィーナさぁん!」

 地上から、なんだか若い男の集団が自分を呼ぶ声が聞こえる。声がする方を見ると……二十人近い男子たちが旗を振り、微妙にそろわない声を張り上げてクラエスフィーナを応援してくれていた。

 “クラエスフィーナさん、愛してる!”とか“結婚してください!”とかの横断幕を掲げているので知り合いみたいだが……なんとなく知っているような顔もいるので、おそらく同学年の静学系の学院生たちだ。

(ラルフとホッブが同じ学科の友達に頼んでくれたのかな……みんな、ありがとう!)

 この集団にも心の中で手を振り、クラエスフィーナは前を飛び去る。

 ……飛ぶことに必死で、応援メッセージがおかしい事には気がつかないクラエスフィーナだった。


 アントンとその他大勢の静学系の暇人たちは、憧れの“ミス学院”の視界に入ろうと熱狂的に旗を振り、愛を叫び続ける。

「クラエスフィーナさん、絶対俺の事を見てたね!」

「ばあか、あれは俺を見たのにきまってるだろ!」

「はっはっは、確実に見てほしければ横断幕係だぜ! コイツには俺の気持ちのすべてを込めた!」

 ……彼らがわりとマジで、飛び去った後には誰が注目をされたかを言い争って取っ組み合いの喧嘩にまでなった……のを後から宴会で聞かされたクラエスフィーナが、微妙な笑顔を浮かべたのは言うまでもない。




「そんで? 次は?」

 ダニエラの問いにホッブが薬指を立てる。

「第三は、『義理』だな」



   ◆



 向かい風の中、着実な前進を続けるクラエスフィーナ。今のところはうまく操り、予定より遅いものの他には不安要素はない。

(ただ、このまま前へ進む速度が遅くなると……)

 ふと頭をよぎる暗い予想を振り払い、クラエスフィーナがハンドルを握り直したとき。

「行けーっ! エルフの嬢ちゃーんっ!」

「いい感じに行けとるぞーっ! そのまま突き進め!」

「あの飛んでる奴は信頼と実績のエンジェル工房製です!」

 群衆の歓声をシャットアウトするような凄まじいドラ声で声援が沸き上がった。

「これ、もしかしなくても……」

 数百人のざわめきを圧するような大声は、わずか十数人から発せられている。

「エンジェルさんたちだ!」

 鍛冶場の騒音で鍛えられたドワーフたちの叫び声は、音量がメチャクチャデカい。というか、耳がいかれている彼らにはちょっと声を張り上げただけかもしれない。

(そうだよね。これを無理して作ってくれたのはエンジェルさんたちだもの。無理言った分、私も頑張らないと……泣き言なんか言ってられないよ!)

 周りの人たちに支えられて間に合わせたこの実験機。

 彼らへの借りもあると、決意を新たにしたクラエスフィーナは前を向き直す。


 ……もっとも、鍛冶場の連中について言えば肉と酒とエルフの接待に釣られただけなので借りは返しているのだけど。

 素直なエルフはその点は忘れている。それはクラエスフィーナの美点でもあり、弱点でもあり。




 ホッブが小指を立てた。

「そして四番目は『予想以上』」



   ◆



 立て続けの応援団に力をもらったものの、やはりルートの八割近くまで来ると相当にきつくなってきている。

(まだ行ける……けど)

 八割は越えられる。最悪なパターンの力の使い方に比べると、まだ気持ちにも魔力の流れにも余裕はある。

 でも……ゴールに滑り込めるイメージが湧かない。

 力を使いすぎている現状には変わりがない。


 そんな不安が胸をよぎったとき……湖畔から、今までとは比べ物にならない数のクラエスフィーナを呼ぶ声が聞こえた。

 前を向くのに必死だったクラエスフィーナが慌てて視線を巡らせると。

『がんばれー、クラエスさーん!』

 綺麗に声をそろえて、幼年学校の制服を着た男女がクラエスフィーナに旗を振ってくれていた。


 その数、軽く二百人以上。


「えっ? ……はいいっ!?」

 思わずクラエスフィーナが思考停止したくらい、岸辺が一色に染まっている。今日は何かのスポーツの対抗戦だったかと思うような規模の応援団が、当たり前のようにクラエスフィーナを応援してくれていた。

 当然、一番前で手を振るのはラルフ妹ジュレミー

「ジュレミーちゃん、こんなに友達を集めて来てくれて……私、頑張るよ!」

 内心が独り言となって漏れたクラエスフィーナは、嬉しくて泣きたい気持ちをかみしめながら改めてハンドルを握り直す。

 少年少女の声援を糧に。やる気に再度火が付いたエルフは、気持ちを新たに合格ラインの方角をにらんだ。


 飛び去った“翼”を眺めながら、ジュレミーはクラエスフィーナが成功してくれるように心の中で祈った。

 クラスの皆に、生徒会長の権限あつりょくでかき集めた肺活量の大きい運動部、ジュレミー様親衛隊じぶんのファンクラブ、それに布教で広げた「クラエスお姉さまを応援する会」を合わせて軽く二百名を超える人数を用意した。

 これがちょっとでもクラエスフィーナの励ましになっていればいいけど……。

(クラエスちゃんにはぜひうちのバカ兄に嫁に来てもらわないと……絶対看板娘として人気が出るし、ご近所さんや同業者にも顔が利くようになるわね。それに今のうちから我が校でクラエスちゃんの可愛さを布教して信者を増やしておけば、私が卒業した後でも影響力を維持できるし……)

 後年王都の商業ギルド商工会を牛耳るジュレミーの野望は、ここからすでに始まっていた。




 感心しているダニエラの目の前で、ホッブは一回全部の指を倒した。

「だがいくら応援で力を得ても限界はある。疲れもピークに達すると、単純な応援ではもう効かなくなってくる。そこで投入するのが、第五の『飴と鞭』だ」


 

   ◆



 段々重くなる自分の身体に必死に抗い、クラエスフィーナが風魔法を連打していると。

「がんばれ、クラエスちゃーん!」

「クラエスちゃん、ファイトッ!」

 さっきと違い、なんだかバラバラな野太い声が聞こえて来た。クラエスが重たい頭を動かして地上を見ると……「黄金のイモリ亭」の皆が酒場のノリをそのままに、てんでバラバラに手を振っていた。

 オヤジさんが目立つように屠殺刀を振り回している……危ない。

 丁稚のハンスが店の旗を振っている……セールの告知にしか見えない。

 そして常連のおっさんたちや他学院の学院生? たちが酒瓶やジョッキを振り回して声を振り絞って声援を送ってくれている……彼ら、酒が入っているんじゃないだろうか?

 それでも感激屋のクラエスフィーナには、顔馴染みの皆が駆け付けてくれたことが嬉しい。

「みんな……」

 見ていると、親父さんが何かを叫んで常連客が横断幕を慌てて広げ始めた。

「なんだろ?」

 急いで広げた横断幕。そこには……。


『合格したら、三日間肉食べ放題!』


「……ふおおおおっ!?」

 ずっと食事制限ダイエットさせられているクラエスフィーナには、何よりの誘惑!

 そして「黄金のイモリ亭」の皆は、オヤジさんの指示でもう一枚横断幕を広げ始めた。


『不合格だったら、一週間セクハラし放題!』


「ギャアアアアア!?」

 エルフの悲鳴が聞こえて来た気がして、「黄金のイモリ亭」のオヤジは満足そうに頷いた。

「よし、応援は届いたようだな!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る