第94話 ジュレミーの秘密兵器

 クラエスフィーナも特に何も言ってなかったのでラルフ達は気がつかなかったけど、実は飛ぶ時に呼吸に制約があってちょっと苦しかったらしい。

「これをしてるとね、なんか呼吸が楽なんだよ!」

 喜色満面に声を弾ませるクラエスフィーナ。

「振り落とされないようにできるだけ機体に密着していたみたいだけど、それも善し悪しなのよ。コレをつけると少し体の下に空気が入るけど……基本は直進で速度もそんなに出ないようだから、風で弾き飛ばされるほどの抵抗でもないでしょ?」

 機体の横で、ラルフ妹がクラエスの胸と腹を指し示した。

「女は胸式呼吸が多いから、クラエスちゃんみたいにかなり胸が大きい子が伏せの姿勢で長時間いると胸を押さえつけちゃって深く息が吸えないのよ。それじゃあって腹式呼吸を心がけても、そっちはそっちでやっぱり押さえつけてるじゃない。このクッションで少し体を浮かせることで機体との間に隙間ができるから、どっちの息の仕方でもだいぶ楽になると思う」

 妹の説明に、学院生たちホッブとダニエラが感嘆した。

「すげえ、ホントに一目見ただけで改善して見せたぞ!? ラルフの妹とは思えねえ!」

 と、ポンコツドワーフ(工造学科)。

「ああ、頭の冴えが兄貴と格段に違う! こいつら血の繋がりはないと、今日ハッキリ確信したぜ!」

 と、ポンコツホッブ(学院生)。

 妹が褒め称えられるのは喜ばしいが、仲間たちの賞賛の言葉がいまいち腑に落ちないポンコツ兄貴(ラルフ)なのだった。


 ふと、ラルフは何かが頭の片隅に引っかかっているのを感じた。

(あれ? でもそういう理屈ぐらい、コーリンでも他の兄弟でも指摘できたんじゃ……)

 工作はからっきしなラルフ妹より、模型飛行機を飛ばしまくっていたフィッチャー五兄弟の方がノウハウはある筈だ。空を飛ぶことのみならず、物理的な理論全般でそうだろう。頭が良くたってジュレミーは、基礎知識で彼らに全然かなうはずがない。

 クラエスフィーナが下りるのを手伝っている妹と幼年学校生コーリンを見る。しばらく見ていて、一つの事に気がついた。


 クラエスは言わずと知れた美巨乳(爆乳寄り)。

 我が妹ジュレミーもわりとある(母似)。

 お手伝いコーリンは男五人組と思われていたほど残念な胸囲……。


「ああ……」

(そうか……コーリンは、の基礎知識がジュレミーよりも……)

 ラルフは原因に思い当たり、心の底から納得した。


 何かを理解したラルフが慈愛に満ちた目で深く頷いているのを見て、エルフを助け下ろしていた少女も何かを察したようだ。

 ムッとした顔でコーリンがラルフに向かって走ってくる。

「ラルフさん……!」

「はい? はいっ!?」

 何気なく返事をしかけたラルフだが……コーリンがそのままの勢いで抱きついて来たので、思わず驚愕の叫びを上げた。

「え? 何ごと!?」

 女子幼年学校生ぎりぎり恋愛対象範囲が首に手を回してくる。このままでは次の瞬間に唇を押し付けてきそう……伝わってくる体温と甘い香りが、意識してなかった相手が“女の子”だったんだとラルフに主張して来た。

 もちろんラルフはクラエスフィーナ一筋のつもりだけど、密かに年下に思いを寄せられていたとかいうシチュエーションも嫌いじゃない。


(コーリンったら、お手伝いの間に僕の事を!? そんな、まいっちゃ……うおっ!?)

 少し来る者拒まずな気持ちになりかけたラルフが気を抜き……かけたところで。

 コーリンが飛びついてきた勢いそのままに、ラルフの腹へ膝蹴りを二発、三発! 


 心構えも出来ていないところに打ち込まれたので、思いっきり内臓にクる! 咄嗟に距離を取ろうにも、首根っこを摑まえられているので密着を解けない!

「首に腕を回して相手を固定するたあ、なかなか場慣れしてやがる」

 ホッブが感心しているが、そんな暇が合ったら助けてほしい。ラルフは切実にそう思った。

「コーリンちゃん、飛空だけじゃなくて喧嘩も強いんだ」

 クラエスフィーナが感心しているが、呑気に見てないで助けてほしい。ラルフは七発目を受けながらそう思った。

「これからですからね! これから成長するんですからね!」

 コーリンが涙目で叫ぶが、承知したのでもうやめて欲しい。ラルフは崩れ落ちそうになりながらそう思った。

「アッヒャッヒャッヒャッヒャッ! ウケる!」

 ダニエラが爆笑している。あとでぶっ殺す。ラルフは……以下略。




「そろそろ前のチームが呼ばれそうね」

 一人ドライに状況を眺めていたラルフ妹が注意を促した。今すでに七番目のチームが空に飛び出そうとしている。この冷静さと余裕をみた時間感覚、ラルフはホントにジュレミーと血の繋がりがないような気がしてきた。

「それじゃ私とコーリンは応援席に戻るけど。ホッブさん」

「俺? なんだ?」

「これ貸してもらっていい?」

 ホッブは親友の妹が指しているゴミラルフを見た。

「別に構わねえが……なんに使うんだ、そんな物」

「応援計画の仕上げに使おうかと思って」

「……はん、面白れえじゃねえか。いいぜ、持って来な」

 親友と妹がニヤリと笑いあっているけど……。

「ねえ君たち? なんだかさっきから、僕のことを無機物不燃ゴミについて話してるように聞こえるんだけど?」

「時間がないのよ? バカは余計なことを考えずに、さっさと走って」

「おまえはホントにバカだなラルフ。生ゴミは有機物だ」



   ◆



 前のチームもいよいよ秒読みに入った。次はクラエスフィーナの番だ。

 クラエスフィーナは緊張で、なんだか震えてきた。


 導師たちの前でまずは研究内容を発表するんだけど、用意した原稿を何度眺めても文字が読み込めず上滑りしてしまう。もしかしたら自分は今緊張しているのかもしれない、とクラエスフィーナは思った。

(こんな時は、いつもラルフがいてくれたのに……)

 どういうわけだか、ここ一番という今に限って別行動になってしまった。妹さんに引きずられて応援席に行くらしい。ホッブはにこやかに送り出していたけど、クラエスフィーナとしては発進するその時まで横で励まして欲しかった。

 それを考えると心細くて、なんだか余計に緊張してきた気がする。


 不意に横から手が伸びてきて、研究の原稿が奪い取られた。

「落ち着けクラエス。発表は代理でしゃべってやるから空を飛ぶことに集中しろ」

 横を見ればホッブが笑っていた。

「この手の事は法論学科の俺の方が得意だからな。導師に何を突っ込まれたって余裕で切り返してやらあ」

「ホッブ……」

「機材のセッティングはあたしがちゃんと点検すっからよ」

 ダニエラもニッと笑って歯を見せた。

「これでもドワーフの端くれだからな。あたしとホッブで設置までするから、おまえは手を出すなよ? 余計な力は使わずに、空を飛ぶ為に貯めこんどけ」

「ダニエラ」

 腕まくりして大したことない力こぶを見せてくる友人に、クラエスフィーナは思わず笑みがこぼれる。

「おまえ、そこは工造学科だからじゃねえのかよ」

「坑道設計学専攻で何を保証できるって言うんだよ。頭悪りいな、ホッブ」

「バカにバカって言われた!?」

「それを言うならあたしだって! おめえ、あたしに普段どんだけバカバカ言ってくれてたかわかってんのか!?」

 口論をし始めた普段通りの友人たちを見て、クラエスフィーナはなんだか笑いが込み上げてきた。声に出して笑うと、緊張がすっかりほぐれるのを感じる。

 顔をあげれば、ホッブとダニエラが笑顔でクラエスフィーナを見ていた。

「さ、出番だぜクラエス」

「へっへっへ、王都中の暇人どもにあたしたちの力を見せつけてやろうぜ!」


 そうだ。ここにはホッブとダニエラがいる。


 ラルフだって応援席に行っただけだ。会場の中で声援を送ってくれている。


 飛ぶ先にはジュレミーちゃんや幼年学校生のみんなだって、応援しに来てくれている。

 

 私は今、一人じゃない。


「よおし! 私、頑張るよ!」

 クラエスフィーナは一声叫ぶと、元気良く立ち上がった。

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