第93話 迫る順番、間に合わない覚悟
キンキン声でハイテンションに自己紹介する痩せた男に、四人は見覚えがあった。
「あの先輩、VIPに恥かかせて良く退学にならなかったね……」
自分の作ったポーションでラリッたうえに、来賓の馬車に突撃かましてスキャンダルを起こした(というか白日の下に晒してしまった)先輩だ。研究室を見学に行ったら巻き込まれてあの事件だったので、忘れたくても忘れられない。
「退学まではならなくても、課題審査不戦敗になりそうなものだけどねぇ……」
呆気にとられたラルフのつぶやきに、出てもいない額の汗をぬぐいながらホッブが同意する。
「ああ……うちの学院の懐の広さに初めて恐れ入ったぜ」
ダニエラが頭に疑問符を浮かべた。
「それ以前によ。あの先輩、あの理論でどうやって参加する気だよ?」
「あ、それな!」
マイキー先輩の研究はポーションで爆発的におならを作り出して、噴出する力で空を飛ぶという……実現可能性以前に、理論がトンデモで
「でも先輩、今度は機械と一緒に登場したよ?」
クラエスフィーナの指摘の通り、今日のマイキー先輩はなにやら円筒形の機械を用意している。直径は四十センチほどだが長さは三メートル以上ある。本体に握り手と足をかける
「だが、基本理論は変わってなさそうだぞ?」
ホッブが肩を竦めた。マイキー先輩は相変わらず、“裸族”。
だが眉をしかめて観察していたラルフは同意しなかった。
「いや、大きな違いがあるよ」
ラルフが先輩の下半身を指さす。
「今日はエプロンをつけずにパンツを履いている……ということは、自力噴射を諦めたんだ!」
「あの理屈を未だに見込みがあると思っていたら、俺本気で先輩を尊敬していたぜ」
導師たちの審査員席に向かって、マイキー先輩の説明が続く。
『というわけで、僕のガス生成推進システムは有望な技術でありますが!』
「あれ、有望だと言い切れるのが凄いな……」
とダニエラ。
『試験の結果、解決しがたい問題点が浮かび上がりました!』
「そりゃそうだろうね」
これはラルフ。
『必要なガスの量に比べ、人間の腸内は狭すぎて生成のスピードが追い付かないのであります!』
「おいっ、そもそも“おならで宙に浮けるのか?”って部分をすっ飛ばしやがったぞ!?」
ホッブの驚愕ももっともだ。
『そこで開発したのが、こちらのガスタンク一号です! このタンクの中でポーションを混ぜ合わせることによって、人間の腸では不可能な量の“おなら”を生成、安定して噴出する事を可能にしました!』
「すごい……おならを体外で生成するところに目をつけるだなんて!? これはものすごい発想の転換だね!」
素直なクラエスフィーナはまじめにショックを受けているけど。
「クラエス。あれは発想の転換って言うより、迷走しすぎて一周回っちゃったって話」
「あれもうおなら関係ねえだろ……」
「それをまだマジメにおならと関連付けている辺り、できた物に開発者の意識の方がついて行けてない感じだな……」
後輩たちの散々な評価など露知らず、マイキー先輩はいよいよ“ガスタンク一号”にまたがった。
『念を入れて限界まで
半分呆れた顔で見送るラルフたちの視線の先で、マイキー先輩はノリノリでそう叫び……スイッチを作動させた、ようだった。
シュッパアァァァァンッ!
発射台を勢いよく滑り出したガスタンク一号は宙を飛ぶ。
……そしてすぐに仰角を保ったまま、尾部から下に落下した。やっぱり推力が足りてない。装置が大掛かりになった分、自重も格段に増えている。
湖面に派手に波紋を立てながら着水した金属の円筒は、そのまま水面に向かってガスを噴出し……水面を勢い良く走り始めた。
『イイヤッホーイィ!』
ボートなんか比べ物にならない凄まじい速さで湖をかける鉄馬は、奇声を上げる先輩を載せたままであっという間に遥か彼方へと走り去る。
この速度。
この威力。
この分ならガスタンク一号はマイキー先輩の望み通り、ゴールまで無事に行けるだろう……空は飛んでないけど。
ラルフたちどころか、湖の岸辺を埋め尽くしていた群衆が無言で呆気にとられる中。一人平常心の記録係が、
『一番、マイキー四年生。記録、おそらく四メートル。不合格』
と冷静にアナウンスを入れた。
その後も。
どのチームも準備に時間がかかっては、飛び出すとあっという間に失敗しての繰り返しだった。
三人目、四人目と挑戦者が次々に飛び立っていく。結構各チームは準備に時間がかかっているはずだけど、落ちるのが一瞬なので実に呆気ない。
そしてラルフ達は時間稼ぎが必要なのに、そういう時に限ってやけに早く進むものなのだ。
「くそっ、もう六人目か」
早く順番が回って来た方が、風向きを考えるとありがたい。
だけど、
「……でもよく考えたら一方的にジュレミーに言いつけられただけで、ちゃんと約束したわけじゃないんだよね」
イライラしてスタート地点を見ていたラルフが我に返った。
待ってろっていうのは、妹が勝手に指示しただけでこっちがちゃんと約束したわけじゃない。
なんだ、という顔になったラルフにホッブがジト目でツッコんだ。
「じゃあ無視できるのか? おまえが」
「……運営につべこべ言って遅延させる努力ぐらいはしないとな」
「立場弱ええな、ラルフ」
落ち着かない様子のクラエスフィーナが、耳をぴょこぴょこさせながら辺りを見回した。
「でも、私もジュレミーちゃんの言ってた“秘密兵器”が欲しいよ。どういう物かわからないけど、あの子が土壇場に言うぐらいだから絶対役に立つよ」
なかなか信頼がある。泥酔したエルフがラルフ家に担ぎ込まれるたびに、妹自ら餌付けした甲斐があったようだ。
「でも、そんなに期待するような物かなあ? 向こうも朝ちょっと見ただけで考え付いたやっつけ仕事だぜ?」
あんまり期待してない様子のダニエラに言われ、クラエスフィーナは頭を振った。
「今から神頼みするより、きっとアテになるよ」
「そりゃそうだわな」
「今からダニエラ頼みをするより確実に役に立つよね」
「それは絶対確実だよ!」
「おいっ!?」
納得の一言が出たところで、その話題のジュレミーが準備に走っていた
コーリンが持って来たジュレミーの“秘密兵器”は意外な物だった。
「クッション?」
それは四角形の、ちょっと堅めの枕のようなものだった。
左右の両端がちょっと持ち上がっていて、体にフィットするように成形されている。うつ伏せになった時に体の下に敷くらしい。
「機体の上に寝そべるときに、胸の下、あばらの辺りに敷くようにして下さい。今試してみましょう」
促されるままに機体に上がり、腹ばいになったクラエスフィーナが歓声を上げた。
「あっ! コレなにか、息するのが楽だよ!?」
「何!?」
ラルフ妹は、本当に一目で問題点を見抜いていた。
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