第92話 審査会、開会
キャロル湖の湖畔はまだ早朝なのに、一面の群衆で埋め尽くされていた。
まだまだ開始まで時間があるのに、この人出。おそらく明け方から場所取り合戦を繰り広げた勝者たちなのだろう。ご苦労様なことだ。
課題審査会は仰々しく開会式から始まった。
毎度毎度セレモニーのたびに話が長い学院長が、今日も予想通り「天地開闢のみぎり……」から話し始めたので四人はそっと待機スペースへ抜けだした。人数が四人しかいないので、全員が試験準備で移動しても(表立っては)何も言われないのがありがたい。
「今日ばっかりは『準備作業があります』って言えるのは助かるな」
「そもそも課題研究に参加しなければ、あのスピーチを聞かされることもなかったんだけどね……」
クラエスフィーナのチームが荷物を広げているところでは、今日が最後になる手伝いで幼年学校生たちが荷物番をしてくれていた。
……つまり、別にラルフたちがセレモニーを抜け出す必要もなかったりする。実際問題、本当に準備をするつもりで抜けてきたわけじゃないけど。
一人抜けているので四人いる幼年学校生たちが、クラエスフィーナに次々握手を求めてきた。
「それじゃ、僕たちも応援席に行ってます。頑張ってくださいね!」
「ありがとう、みんな! 最後の最後まで……」
年下の激励に、もう涙腺が崩壊しそうになっているクラエスフィーナ……なんだけど。
「おい、クラエス。まだ何にも始まってないからな? 感動のお別れは審査会が終わった後だからな?」
今の段階では、
ダニエラに言われて赤面するクラエスフィーナを置いて、やるだけのことをやった幼年学校生たちは晴れ晴れとした顔で退出していく。
それを見送って、ホッブが珍しく感傷的な顔でぽつりと言った。
「アイツらの頑張った分も、クラエスは背負って飛ばないとな」
「……うん!」
また目尻がうるんできているクラエスの顔を、ホッブとダニエラが両側から覗き込んだ。
「もちろん、アイツら以上に協力している俺たちにも感謝を忘れないでくれよな!」
「その感謝については当然、気持ちより物の方が良いな! なあ!?」
鼻息荒く詰め寄ってくる二人を押し戻しながら、クラエスフィーナはうんざりした顔でため息をついた。
「……なんでかな。何故かみんなには、素直に“ありがとう”って言う気がしなくなるんだよ……」
◆
学院長の話が延々終わらないらしく、待機はすっかり日が昇るまで続いた。
「はあー……いよいよだね」
緊張の面持ちで立ちあがったクラエスフィーナにダニエラが声をかける。
課題発表を披露する順番には、確実に風向きの有利不利が付いて来る。そこに運命がかかっているので、さすがにダニエラの声も固い。
「何としても前の方の順番を引いて来るんだぞ!?」
「う、うん……頑張るよ!」
何を頑張るのか。
ホッブも声援を送った。
「昼を過ぎるかどうかで、おまえの場合は難易度が倍以上変わる! 頼むぞ!」
「うん、努力するね!」
何を努力するのか。
ラルフがさっきの妹の言葉を思い出した。
「あ、だけどジュレミーから釘を刺されているから、あんまり早い順番は引いて来ないでね?」
「ええっ!? そんなこと言われたって、私は何をどうしたらいいの!?」
これだけは正しい。
セレモニーを行ったスタート地点の広場で、課題審査に参加する特待生たちが列を作った。誰かが歓喜の声をあげたり不安そうに叫ぶたびに僅かに列が動き、次のいたたまれない沈黙の時間が訪れる。
クラエスフィーナはくじ引きの列が消滅する直前に戻ってきた。
「どうだった!?」
「うん、あのね!」
クラエスフィーナが紙を見せて来た。
「九番!」
発表を息を呑んで見守っていた三人が硬直し……一斉に首を傾げた。
「微妙だね……」
「微妙だな……」
「これは……どうだろ……」
仲間のまさに微妙な反応に、自信なさげなエルフが泣きそうになる。
「これ、マズい? 順番的にマズいのかな!?」
見せられたラルフたちが顔を見合わせる。
「二十三人中で九番目なら、普通はまずまずなんだけどさ……」
「朝一からやってりゃ、絶対午前中の順番だとは思うんだが……」
歯切れの悪いラルフとホッブの言葉に、ダニエラが何とも言えない顔で中天に上り始めた太陽を見上げる。
「……
耳をへにょんと垂らした泣きそうなエルフは、遠くの貴賓席でゴマをすり始めている白髭ジジイをにらみつけた。
「私、この課題審査が無事に済んだら……学院長のえらそうなヒゲを全部剃り落としてやるんだ……!」
温厚なエルフをそこまで怒らせた学院長の開会の辞をもって、エンシェント万能学院特待生の学力審査がついに始まった。
◆
開会式とくじ引きを終えたけど、課題審査の一番手がスタートするまでにはまだ少し時間がかかった。
「よく考えたら、発射台がまず設置に時間がかかる場合もあるんだよな」
すでに飽きている顔で、ダニエラがぼやいた。
クラエスフィーナのチームは、発射台も機体も運搬しやすいようにわざわざ設計してある。ただこれは幼年学校生のチームが
他のチームも飛ぶことしか考えていなかったところが多いみたいで、呼ばれてすぐに飛び立てそうな機材のチームは皆無だった。
「くそっ、余計に無駄な時間がかかっちまう! 準備できた順番にしてくれりゃあ……」
ホッブが恨めしそうに風速観測用の吹き流しを眺めた。今はまだ、理想的な追い風が吹いている。
クラエスフィーナが発進場所に指定されている広場を恨めしそうに睨んだ。
「そもそも、あそこを発進しやすいように高台にしておいてくれれば……」
「ああ、自力滑走の勢いで発進が可能になるからな。ま、導師どもの考えじゃ空に飛び出すのも技術のうちってことなんだろう」
「それもそうだけどね……」
頬を膨らませてぶちぶち不平を言うクラエスフィーナの態度に、横で見ていたラルフが首を傾げた。
「でも、高台になっているとマズい事もあるんじゃない?」
「例えば?」
「クラエスは高所恐怖症だったから、そもそもそんな場所から発進だと棄権だったんじゃ」
「……」
あっと言いそうな表情をした後、遠い目で黙り込むクラエスフィーナ。
「このドアホウ! 本番目前になって思い出させるんじゃねえ!」
青い顔をしてあさっての方向を向くエルフに代わり、ホッブがラルフの襟首を掴んで乱暴に揺さぶった。
「いやあ、めんごめんご」
「この三か月の苦労を無駄にする気か、バカ野郎!」
かすかに震えているクラエスフィーナの顔を、下からダニエラが覗き込んだ。
「再発が心配だったら、アントニオ先輩にまた紐付けて振り回してもらうか? あっちも試験直前だけど、お人良しだから頼めば手伝ってくれるかもしれねえぞ?」
「いらないよ!? そんなの直前にやられたら私がもたないよ!」
◆
いち早く準備も済んでいるけど、順番が回ってこない。
じりじりする気持ちを抑えてクラエスフィーナたちが手持無沙汰に広場を見ていると、やっと出て来た一番手は意外な人物だった。
「えッ!?」
「おい、あれって……」
遠くに見えるスタート地点で、天パの小柄な青年が陽気に手を上げた。
「一番、魔導学科製薬学専攻のマイキーでっす!」
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