第89話 人事を尽くして保険をかける




 ちょっと寄って行けよと言われて、ラルフの家にはホッブも付いてきた。家に着くとクラエスフィーナの声を聞きつけて、さっそくラルフ妹が引っ張っていく。それを見送ったラルフとホッブは台所でラルフの両親と席についた。

「さて、だが」

 マジメな顔になったホッブが開会を宣言し、ラルフ父が頷いた。

「どうやって婚約までだな?」

「それは俺が帰った後に家族会議で話し合って下さい」

 ホッブがさっきの地図を広げた。

「クラエスの前ではプレッシャーになるので出来るだけ言わなかったが、正直な話をすれば合格できるか現状じゃ分が悪い」

 シビアに見れば、保証できてるクラエスフィーナの保証できる飛距離は八割。

「確実にってなると、本当は合格ラインにプラス一割は積み増したかったが……」

「完全に逆風になっちゃったら、今の状態じゃ確実に届かないよね」

 ラルフも同意した。同意はしたが……。

「構造も魔力も今さらどうしようもない。それをわかった上で、何をしようって言うの?」

 もう直接的にやれることは無い。そんなことは学院で試験中に何度も話し合った事だ。

 ホッブが地図の中の岸辺を突いた。

「さっきおまえがクラエスに聞いてた地上の騒音の話で思いついた。向かい風になった場合、間違いなく後半でクラエスはどんどんヘタってくるはずだ。だから半分を過ぎた辺りから、順次地上からクラエスに向けて応援団が声援をかけるのはどうだ? こうなったらクラエスの気力に賭けるしかない」

「順次ってことは……みんなで集まって、じゃないってこと?」

「そうだ」

 ラルフの確認にホッブが頷く。

「来てくれそうな人たちをグループ分けして、クラエスの気力がもたなくなりそうな地点に配置する。一瞬もち直したクラエスがまた疲れでダメになってきたら、次のグループがそこに待機しているって寸法だ」

「なるほどね。応援のリレーか……宣伝のおかげで審査会にはずいぶん観客が来そうだし、その人混みに負けずに場所取りをして派手な応援をしてくれそうな人たち……」

 ラルフが両親を見る。


 まずラルフの家と、まあホッブの家。

 ツテで紹介してもらった袋屋とか、近所の人に桜を頼んでもいいだろう。


 次に手伝ってくれたほとんどやってくれた幼年学校生たち。

 クラスを仕切っているらしいラルフ妹が動員をかければ、もうちょっと人数が増やせるかもしれない。

 

 それに金属加工を外注したエンジェル工房のおっさんたち。

 工房自体に人数がいるし、無駄に声がでかいからうってつけだろう。


 役に立つか分からないが、働いた「黄金のイモリ亭」のオヤジと丁稚、常連客。

 どこまで来てくれるかわからないけど、二か月の付き合いは無駄じゃないと信じたい。


「……こんな所かな?」

「そうだな……他にもいればいいんだが……とにかく、頼んで回って応援に来てもらおう。今から走って頭下げに行くぞ。それで親父さん、頼みがあるんだが」

「おう」

 同席していたラルフ父にホッブが話を振った。

「当日は王都中の暇人が集まるから、騒ぎの中で声だけだとクラエスに届かないかもしれねえ。それで旗か横断幕を作りたいんだが……」

「袋屋に交渉しろって言うんだな?」

「話が早くて助かる」

 翼に張る布を買った際、安く済ませるためだと言って余計な広告プリントをしやがったあの主人だ。大きく文字を入れた横断幕を作ることも可能だろう。

「わかった。よく頼んでおどして明日中に仕上げさせる。文言は今晩中に考えろ」

「承知! 旗にする場合は縫い付けとかが必要になるが……」

「大した数じゃないし、クラエスちゃんが飛んでる間もてばいいんだろ? 任せときな」

 とラルフ母。

「頼んます。それじゃラルフ、走るぞ!」

「よし来た!」

 両親の快諾も得て、ラルフも勢い良く立ち上がった。

 

 まだできることがある。


 まだやってあげられることがある。


 巻き込まれた形で始まったクラエスフィーナの手伝いだけど、ここまで来たらなんとしてでも合格させてあげたい。


 友達に頼まれたからではない。

 精いっぱい頑張ったんだから結果を残したい。

 努力すれば報われると思えるように、絶対にこの課題を成し遂げたい。

 挑戦者はクラエスフィーナだけど、サポートする立場でも本気を試されているのはラルフ達も同じだ。だらだら生きてきて特に目的意識もなく学院に通っていたラルフ自身、そう思う。

 だから、あと一押し。

 いや、二つでも三つでも……クラエスフィーナが空中に飛び出すその時まで、できることは無いかと足掻いて見せる。


 慌ただしく出ていこうとする息子たちに、ラルフ父が思い出したように声をかけた。

「ところでおまえら」

「何?」

「なんすか?」

「全然名前が出なかったが、おまえらの学科にアテはねえのか」

「ははははは、そんな人望がおたくの息子さんにあるわけないじゃないですか」

「ホッブ、おまえこそ他人のこと言えないだろ」

「こいつら、何しに学院行ってんだかな……」

「勉強しにじゃないか!」

 呆れた自分のせりふに、嘘くさく爽やかなキメ顔で答える不肖の息子たちに……ラルフ父は深々とため息をついた。

「ここまで白々しいセリフは、この年になるまで聞いたことがねえよ……」



   ◆



 課題審査会前日は、あっという間に過ぎていった。


 朝の緊急告知で参加者が集められ、急遽説明会が催された。その間研究チームの者たちは足りない睡眠時間を補ったり、機材の再チェックをしたりして過ごした。

 一方でほとんど関わっていない静学系の者たちはにはまるっきり他人事なので、ピクニック気分で見に行く相談を楽しそうにしていたりする。

 中には敷物と弁当を抱え、席取りの臨時収入バイトの為にすでにキャロル湖畔へ向かう者もいる。学院生たちの態度も両極端なのが、万能学院総合大学らしいと言えばらしいところだ。


 ラルフ達もしばし休憩してから戻ってきたクラエスと軽く試験飛行を行い、早めに湖畔を引き上げた。

 審査会はもう明日。今日は無理はできない。




 最後の整備に取り掛かる為、機体を吊上げながらホッブがラルフに声をかけた。

「おい、晩飯に行かせたクラエスにちゃんと見張りを付けたか?」

「大丈夫、最後の最後で暴飲暴食しないようにジュレミーを付けといた」

 油の壺を手に持ったラルフが、吊上げた機体を眩しそうに眺めた。

「不思議なものだね。明日が来て欲しくないような、すぐにでも結果が欲しいような……」

「ああ。この三か月はいつだって時間が足りねえって思っていたもんだが……本番前に足掻くには時間が足りねえが、心静かに出番を待つには長過ぎるな」

 ダニエラも替えの布を確認しながらぼやく。

「他の連中もこんな感じなんかな? 全く落ち着かねえ一晩になりそうだぜ」

 突如外から誰かの叫び声が響いてくる。

『チクショー! 俺はもうダメだ! 飛び降りてやるうぅぅぅぅっ!!』

『先輩落ち着いて! どうせ明日飛び降りるでしょ!?』

 どこかの研究室かららしい。それも一か所だけじゃない。

「……落ち着かねえどころじゃねえ連中もいるみたいだな」

「ああいうの聞いちゃうと、ウチよりも下がいるってホッとするよね」

相対評価じょういなんにんじゃねえぞ、ラルフ。課題審査は絶対評価デッドラインだから、順位関係ねえからな?」

「そんなのはわかってるよ、だけどさ」

 ラルフはまじめな顔で二人を見た。

「単純に自分よりダメなヤツがいると、心安らかに明るく過ごせない?」

「言いたいことはわかる」

「つくづくクズだな、おまえら」

「特にダニエラ、おまえを見てると成人猶予期間モラトリアム学生の自分でもそれなりに価値がある人間のような気がしてくるぜ」

「ホントにクズだな、ホッブ」

「箸にも棒にもかからないクズはおまえだ。図面は書けるようになったのか? 工造学科」


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