第83話 実験、実験、また実験

「ホッブも酷いよ……初めて確実に合格ラインを越えたんだからさ、ちょっとぐらい余韻に浸らせてくれてもいいのに」

 ぶうぶう言っているクラエスフィーナに、今までの記録を見ていたラルフが苦笑いする。

「そりゃそうなんだけどさ、ホッブが追い立てるのもわかる気がするよ。僕たちのチームってクラエスの魔力……ってか体力頼みだから、風向きで結果のばらつきが酷いんだよね」

 機械の技術に頼って個人のスタミナを当てにしない方式なら、向かい風で飛ぶのに時間がかかってもそこまで問題は無い。

 だけどこのチームはその逆。向かい風で無駄に時間を食うと、たちまちクラエスフィーナの魔力が底をついて墜落してしまう。

「実験機の形を改良するのも高度を取って滑空のテクニックで距離も伸ばすのもこれ以上は期待できない……最後の最後であと一歩を詰められるかは、クラエスの気力次第か」

 ラルフに今までのデータを説明されて、クラエスフィーナがシュンとする。

「がんばるけど、魔力の持続力なんて一朝一夕で強化できないよ?」

「あたしにいい考えがあるぞ」

 ちょうどそこへ弁当を運んで来たダニエラが口を挟んだ。

「なあに?」

「おう、これだ」

 ダニエラがランチボックスを開けた。美味しそうなサンドイッチが入っている。

 大きな塊からスライスした柔らかそうな白パンに、シャキシャキの葉野菜と炙りたてでいい匂いを漂わせている厚切りの豚肉が挟まれている。調味料とピクルスもちらりと見えていて、普段食べている「古家の床板メチャ固い調理パン」とは比べ物にならない豪華さだ。

「うわっ、凄い美味しそうな昼食だね!?」

 目を丸くしているクラエスフィーナに、ダニエラが親指で街の方を指してみせる。

「『黄金のイモリ亭』の給仕ハンスが届けてくれたんだよ。親父さんからの陣中見舞いだって」

 さすがに夜の仕事バイトは追い込みの時期なので、一週間前から休みを取った。

「親父さん……いつもいやらしい目で見るしセクハラするし夜遅くまでこき使われるけど、やっぱいい人だよね……」

 臨時の雇い主バイト先の温かい気遣いにほろりと来るエルフ……と、冷めた目で見ている他二人。ダニエラの広げている弁当に一緒について来たメモには、『課題審査おまつりの後も手伝いバイトよろしく!』と書いてある。

「クラエスのこのチョロさときたら……あのオヤジが損得勘定抜きなわけないじゃん」

「田舎から出て来て、もう二年経つんだよね? なんでこんなんで、都で無事に生きていけるんだろ」


 ラルフは弁当をよだれを垂らしそうな顔で掲げているクラエスフィーナから、持って来たダニエラに視線を移した。

「それで、これでどうするの?」

「おう」

 エルフの手からランチボックスを取り上げ、ダニエラが悪魔の笑みを浮かべる。

「もう一回確実にラインを越えたら食わせてやる」

「それは酷いよ!? せっかくまだ暖かいのに!?」

「クラエスの精神力を鍛えるためだ! 仕方ないんだ!」

「トレーニングの仕方が犬と一緒だよ! エルフと犬を一緒にするな!」

「じゃあ待てるだろ」

「待てるわけないでしょ!? 犬と違って食べ頃を知ってるんだからね!?」

「クラエス、論点ずれてる」


 結果から言えば、試みは大成功だった。

「スゲエっす。ほぼ無風だったと思うんですが、ラインから十メートルぐらいは先に進んだっす」

 ダスティン工作担当の報告に、顎をつまんで今までのデータを見ていたホッブが呟いた。

「……使えるな」

「毎回、こんな綱渡りをやる気かよ」



   ◆



 作業小屋に機体を戻して後片付けを終えた頃には、もう四人ともクタクタだった。

「なかなか興味深いデータが録れたな」

 ホッブの言葉にラルフが頷く。

「そうだね。ケーキやクッキーに比べて食事系……特に肉類への反応が良かったね。一番良かったのが鶏肉の香辛料衣揚げフライドチキンか……つくづくクラエスエルフは肉食と見えるね」

「待てラルフ。今回のは質問形式だったから、現物を見せるとまた結果が違う可能性があるぞ? 結論を出すにはまだ早い」

「二人とも……何の実験をやってるんだよ」

 呆れたダニエラにツッコまれるも、男子二人は至極真面目に返した。

「クラエスのやる気を引き出す食材について」

「木の実や果物を拾い食いしていると思われていたエルフが、実は肉食寄りの雑食性だったんだぞ? 学会に発表したらセンセーションを巻き起こすんじゃないか?」

「静学系のおまえらがどこに発表する気だよ……」


 話題の中心のクラエスフィーナは、もうしゃべる気力もないようだった。一日に六回も飛ばさせられたのだから無理もない。

 まっすぐ歩いていないクラエスフィーナに心配になったラルフが声をかけた。

「クラエス、起きてるー?」

「すごく……眠い……」

「そりゃそうだろうね」

「研究室で、寝て……帰ろうかな……」

「それ絶対朝までコース」

 冗談ではなく意識朦朧でヨタヨタしているので、これはどうも下宿まで帰れそうにない。

「研究室にまだ布団用意してないんだよな」

「このあいだ寝違えやったし、あそこの床に転がすのもなー……」

 消去法で考えると研究室へ寝かせるか、ラルフが背負って自宅へ連れ帰ることになるけれど……研究室は布団もないし、この時間まだ明るいのにラルフが家まで美女エルフを担いていくのも何事かと思われる。

 学院の管理棟の前で、三人とおまけ一人でああでもないこうでもないと言いあっていると……向こうから歩いてきた導師ババアが声をかけてきた。

「どうしたね?」

「あ、これはクラウディア導師」

 ラルフがぐらぐら揺れているクラエスフィーナを指す。

「課題の実験で、体力を使いすぎちゃって家まで帰れそうにないんです。それで研究室で仮眠させようかどうしようかと……」

「ああ、無茶はいかんねえ」

 四人の事情を把握した導師が頷いた。

「それなら施薬院のベッドに寝かせるといい。過労もまた体調不良だからの」

「おおっ!」

 渡りに船の提案に、ラルフたちはさっそく飛びつくことにした。


 施薬院にクラエスフィーナを運び込んで簡易ベッドに寝かせると、横になった途端に寝息を立て始めた。やはり相当に疲れていたのだろう。

「さすがに今日のはきつかったか」

「そりゃあね。僕らでもコレだけヘロヘロなんだもの」

 ホッブの言葉にラルフが笑えば、ダニエラも肩をぐりぐり回して筋肉の痛みに顔をしかめる。

「補助のあたしらも今日は特に動いたからな。ボートで回収に行くのも楽じゃねえわ」

幼年学校生かれらは大丈夫かな?」

「アイツらは若いんだ。大丈夫だろ」

「僕ら、五年は離れてないけどね」

 口々に疲労自慢をする学院生たちに、クラウディア導師が空いているベッドを指し示した。

「おぬしらも疲れておるんなら寝ていってもいいぞ。どうせ遅くまで実験で部屋は開けておくつもりだったからの」

「え、いいんですか?」

 導師のありがたい申し出に、実は自分たちも今すぐ横になりたかったラルフたちは甘えさせてもらう事にした。

「いや、助かるなあ」

「前もこんなことあったよなあ。アレなんの時だっけ?」

「アレだよほら、風邪引きそうだって薬をもら……」

 全てを思い出した三人が跳ね起きようとしたが、一瞬遅かった。

 トラップが作動し、四人の身体はあっと言う間にベルトで寝台に縛り付けられる。

「ひょっひょっひょっ! おぬしらは運が良いぞ? ちょうど今日、疲労回復の特効薬が完成したところじゃったんじゃ!」

「またかよ!?」

 じたばた無駄に足掻いて暴れる学院生を前に、杖を振りかざしたイカレた導師マッド・サイエンティストは恍惚とした笑みで天を仰ぐ。

「“良薬は口に苦し”の理念を突き詰め、この薬は私史上最強に苦い! もちろん効果も最高! 一舐めすれば死人も飛び起きる!」

「それ絶対苦いせいだろ!?」

「褒めるな褒めるな」

「全然全く褒めてねえ!」

 学者の基本デフォルト通り、全く人の話を聞かないクラウディア導師はミルクの運搬缶みたいなデカい容器を台車に乗せて運んでくる。

「コイツを一リットルも飲めばどんな疲れもたちまち吹き飛ぶ! 死体のようなおぬしらも、シャキッと生き返ったようになるぞ」

「その前提として、死んだ方が良い目に合うんですよね!?」

「うむ、苦痛があれば治ったときの喜びもひとしおというものじゃ。おぬしらの治癒の様子は、わしがじっくりと観察してくれよう」

「あんた、夜中まで実験があるって……!」

「うむ」

 クラウディア導師イカレたババアは大まじめに頷いた。

「まさに、新薬の人体実験じゃ。おぬしらがゆっくり味わえるように時間をかけて流し込んでくれよう」

「助けてぇぇぇぇぇっ!?」

「よしよし、今助けてやるでな」

「あんたに頼んだわけじゃない!」

 人も少なくなった宵の学舎に、ラルフたちの悲鳴が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る