第82話 ラストスパート! ……たぶん

「じゃあ飲みについて来なければいいじゃねえか」

 ダニエラに言われたクラエスフィーナが頬を膨らませた。

「仲間外れはひどいよ!? 食事制限につらい実験とトレーニング! これでさらにボッチ飯なんて、私どこでストレスを開放したらいいのよ!」

「食えずに見ているだけの方がストレスたまらねえか?」

 自分以外が鯨飲馬食しているのを見るのはつらいけど、見ていないのもつらいのだ。

 憤るクラエスフィーナの肩をホッブが叩いた。

「クラエス、今は飯の不満よりどうやって合格ラインまで飛ばすかを考えろ」

「だってぇ……」

「あと一週間ちょっとで、好きなだけ食えるようになるだろ?」

「それは、そうなんだけど……」

 渋るエルフの前で、ラルフとホッブ、ダニエラはことさら深刻な表情を作った。

「その時に、せっかく解禁になった肉料理が喉を通ればいいけどな……」

「わかったよ! 頑張るよ! いちいち落ちるかもなんて煽らないでよ!」



   ◆



 データと現場の状況を照らし合わせながら検討をしていた年少組が、機体の手入れをしているところに戻ってきた。

「クラエスフィーナさんも慣れてきたことですし、発射台をもうちょっと改良して少し打ち出し角を上にあげてみます。その程度の改造なら明日にはできると思います」

「おう、助かる!」

 僅かずつでも改良すれば、一メートル刻みでも飛距離が改善できるかもしれない。今はその積み上げでなんとか本試験に間に合わせるしかない。

「それで、ご相談なんですが……」

「ん? なんだ?」

 アベルが眼鏡の位置を直しながら図表の一部を指した。

「クラエスフィーナさん」

「え? なに?」

「もうちょっと上を飛べませんか?」

 アベルは目測の飛行高度のグラフを指し示す。

「今の高度ですと水面に近いので、推力がなくなるとすぐに着水しちゃいます。それにいつでも間近に湖面があるから、精神的にも圧迫されると思います」

「あー、それは確かに」

「高度を上げれば魔法が無くてもしばらく滑空できますし、姿勢が崩れた時のリカバーもだいぶ楽になると思うのですが」

「……それはあ……」

 少年のもっともな指摘に、視線を泳がせるクラエスフィーナ。

 その態度に何か既視感デジャブを覚える三人。

「クラエス、おまえまさか……」

 ダニエラが言いかけた言葉に、ビクッとするクラエスフィーナ。

 ラルフ達は確信した。心当たりが一つある。

「……クラエス、まだ高所恐怖症を克服できてなかったんだね」


「怖いものは怖いんだよ!」

「それは分かるが……今の間だけでもごまかさないと、文字通り死活問題だぞ?」

「そうなんだけど。そうなんだけどね!?」

「ちょっとの我慢じゃねえか」

「分かってる! だけど、どうしようもないものはどうしようもないんだよう!」

 ホッブとダニエラが説得を試みるも、クラエスフィーナはイヤイヤいうばかりだ。何しろ高所恐怖症は本能なので、意識したから治せるものでもない。

「うーん……あ、そうだ」

 三人を黙って見ていたラルフが、“閃いた!”という顔をした。

「良いことを思いついたよ!」

「え? ホントに?」

「うん! ちょっと先輩に頼んでみる!」

 皆の返事も待たずに駆けていくラルフ。

「先輩って、誰だよ?」

「……なんだろう? ラルフが自信ありげに言うと嫌な予感しかしないよ」

「絶対ロクなことじゃねえぜ」


 翌日。

 クラエスフィーナとラルフ、それにもう一人の姿が、エンシェント万能学院で一番高い塔の上にあった。

「すみません、先輩。先輩も一番大事な時にこんなことをお願いしてしまって」

「いやいや、誰だって今が大変な時だからね。僕も気分転換がしたかったし、微力ながらお手伝いしよう」

 工造学科の心優しき巨人、オーガのアントニオ先輩がロープの先端を持つ。

「よし。クラエス、気をしっかり持つんだよ?」

「いやラルフ、ちょっと待って?ねえ、本気!?」

「当り前じゃないか。忙しいアントニオ先輩にわざわざ来てもらったんだぞ」

 そういうとラルフは、ぐるぐる巻きにしたクラエスフィーナを塔の上から

「嫌ァァァァァァっ!?」

「先輩、お願いします!」

「よし来た!」

 アントニオ先輩が手に持ったロープを力の限り振り回し始めた。十メートルほどのロープの先端には……簀巻き状態のエルフ。


 学院で一番高い場所で、ロープ一本で空を飛ぶ? クラエスフィーナ。


「がんばれクラエス! これで高度と速度に慣れるんだ!」

「ラルフの提案は毎回ロクなこと無いよおぉぉぉぉぉぉっ!」

 ドップラー効果がかかっておかしな音に聞こえるエルフの悲鳴を聞きながら、ラルフは会心の笑みを浮かべた。

「意識がある。うん、成功だな」



   ◆



 少年団による発射台の改良と、アントニオオーガ先輩協力によるクラエスフィーナの意識改革(強制)により……。

「やったぞクラエス!」

 ボートの上でホッブと少年たちが歓声を上げた。

「追い風での記録とはいえ、ついに課題の合格ラインにまで到達したぞ!」

「ついに第一段階クリアっすね!」


 クラエスフィーナの試験飛行はここ数日で、着実に飛距離を更新し続けていた。

 高度を活かした滑空で距離を伸ばすテクニック。

 必要な時だけ魔法を小出しにする風魔法の使い方。

 この二つの組み合わせをさらに洗練させれば、毎回確実に合格ラインを越えられるのでは? という期待も湧きつつあった。

 そんな中、今日ついに……“おおよそ”ではなく“確実に”合格ラインを越えて、実験機が水しぶきを上げたのだ!

「わずか三メートルほどとはいえ、確実にラインを越えたぞ!」

「これなら判定協議になりませんよ! 微妙なラインじゃないのは初めてですね」

 課題審査会当日まで、もう残り四日の快挙だった。


 支援チームが雄叫びを上げる中、疲労困憊のエルフが実験機から滑り落ちるようにボートへ降りてくる。

 歓喜の叫びはエルフにも聞こえていた。

「私……私、とうとう合格ラインまで飛べたんだね!?」

 本日三度目の飛行でもう立ってもいられないクラエスフィーナが、喜びというより呆けたような顔を浮かべて周りに尋ねる。ボートに乗っていた三人がウンウンと頷く。

「やりましたね! これなら間違いなく合格判定出ますよ!」

「岸辺の印をつなぐラインから確実に出てるっす!」

 口々に大丈夫と言われ、実感が湧いてきたクラエスフィーナの目尻に涙の玉が浮き出てきた。

「やった……やったよ……私、とうとう合格まで来たんだ!」

 感極まって泣きながら天に向かって祈りを捧げるクラエスフィーナの肩に、ホッブが優しく手を置いた。

「良かったな、クラエス」

「ホッブ……ありがとう!」

「んで喜んでいるところ悪いんだけどよ、多分追い風だからここまで来たんだわ」

「……はい?」

「無風どころか向かい風だと、下手すりゃ数百メートルは後退するな、これ」

 硬直しているエルフの肩を叩き、にっこり笑ったホッブが岸を親指で指した。

「さ、とっとと岸に戻って次の飛空の準備始めんぞ?」

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