第80話 分析結果の考え方
「うーん……」
ラルフに話を向けられて、クラエスフィーナも考えた。
「確かに、魔力の枯渇を防ぐには飛び方にメリハリをつけないとかもねえ」
「追い風が吹いていたら魔法に頼るのを減らすとか?」
「高度を上げて、滑空を併用するとかもどうだ」
「でも飛びながら微妙な匙加減に気を使うと、それはそれで消耗するというか……」
うーん、と眉をしかめて考え込む一同。
そこにダニエラが、ふと思ったことを口に出した。
「太って重い分だけ、体重落とせば必要な浮力も削れるんじゃね?」
「正論なんか聞きたくないんだよ⁉」
「いや、お前は聞いとけよ。審査を受けるのはおまえだろ」
ラルフが頭に手を当てて考え込んだ。
「うーん……課題の試験飛行を成功させるには、如何にクラエスの巨乳を維持しつつ体重を減らすかが鍵ということか」
「そこの部分にこだわっているのはおまえだけだ」
腕組みして天井を見上げていたホッブが一つ懸念材料を出した。
「下手に無理なダイエットをさせると、一緒に体力が落ちてしまうって聞くぞ? 身体の能力は維持しつつ、無駄な肉を絞る……結構難しいな」
「クラエスの胸は無駄じゃない」
「お前の意見はものすごくどうでもいい」
四人が考え込んでいると、おばちゃんが料理を運んできた。
「はいよー、A定二つとB定二つね」
「おっ、すごいよクラエス」
「え? わぁぁ!」
クラエスフィーナやホッブが頼んだB肉定食の方は、調味料を混ぜた油を塗りながら炙り焼きした鶏がどんと一羽載っている。ラルフとダニエラのA魚定食も、男の二の腕よりもでかい魚が丸々一匹載って湯気を立てていた。
料理を見たクラエスフィーナは喜んだが……ダニエラが、美味そうに光を反射している鶏の丸焼きを指して衝撃の一言。
「クラエス、体を絞るには量を制限したほうがいいんじゃないか?」
「そ、れはぁ……」
太らないためには量を抑える。
それは確かに昔から言われる真理だ。
でも、今目の前に美味そうな一品を置かれている時にそれを言われても……。
クラエスフィーナは決断した。
「わかったよダニエラ。明日から頑張る!」
「今から始めろ、このとんちきエルフ!」
「嫌だ! こんなおいしそうなのを残すなんてできないよ! 私は常に食材に寄り添うエルフでありたい」
「食材だって落第の戦犯にされるのは不本意だろうよ。まあつまり」
ダニエラがナイフとフォークを手に持った。
「半分寄こせ、おらぁぁぁ!」
「結局そこじゃないの! 嫌だああ!」
ダニエラ、現物を見て心変わりをしたらしい。
クラエスフィーナとダニエラが鶏を取り合っているのを見て、付け合わせを運んできた店のおばちゃんが首をかしげた。
「そういや、前におたくの学院の導師さんに聞いた話だとね。食べるものによっても太る太らないがあるみたいねえ」
「そういうものなんですか?」
ラルフが問い返すと、頬に手を当てながらおばちゃんが頷いた。
「そうなのよう。肉とか野菜とか穀物とか、食べるものはそれぞれ身体が使う用途が違うんだって。だからそれに合わせて食べないと、余った分が体に残って贅肉になっちゃうんだってさ」
四人は顔を見合わせた。そんなことは知らなかった。
クラエスフィーナが尋ねる。
「例えば、何がどうなるんです?」
「それはあたしも学者様じゃないからよくわかんないけどねえ」
おばちゃんも聞きかじりだからよくわからないのは当然だ。それでも聞いたことを思い出し……。
「確かねえ……肉は体を作って、野菜は調子を整えるんだったかしら? それで芋やパンは体を動かす燃料になるんだってさ。いろいろあるんだなあって、聞いてて感心したわ」
「ほらダニエラ、肉は食べてもいいの!」
勝ち誇るクラエスフィーナに、おばちゃんがもう一言。
「そんで、全部ひっくるめてバランスよく食べるのが大事なんだってさ」
「……クラエス、お返事は?」
鶏の丸焼きを頭上に掲げて、ダニエラが届かないようにしているクラエスフィーナが視線を泳がせ……。
「わかってます。承知してます。大丈夫です」
妙に平板な声で言った後……襲い掛かりそうなダニエラを牽制しながら、食いしん坊エルフは叫んだ。
「とはいえこのお肉は定食の一人分だよ! つまり一人で食べていい量だってお店が決めたの! だから私が一人で食べることに何の問題もないわ!」
「イイじゃねえかよ、そんなにあるんだからよぅ!」
肉を挟んで対峙するエルフとドワーフを眺めながら、ラルフはホッブに囁いた。
(なあホッブ。大盛り食堂の決めた量が健康上の適量だって、誰も保証してないよね)
(それに思い至らないのがあいつらだろ。ダニエラどころかクラエスも気づいていねえぞ)
(二人ともバカだよねえ)
(バカだよな)
学院きってのバカ二人に生暖かい目でバカにされているとも知らず、クラエスフィーナとダニエラはにらみ合い……食堂のおばちゃんに仲裁された。
「はいはい、喧嘩してないでさっさと食いな。冷めちまうだろ」
「あ、すみません……」
「悪りぃ、おばちゃん」
おばちゃんはでっかいボールに付け合わせの蒸かし芋を持ってきて、それぞれの前に取り分け用の深皿を置いた。
「仕入れの関係で鶏の丸焼きは明日もできそうだからね。そんなに食べたかったらまた明日おいで」
「うぃっす」
ダニエラがきまり悪く頭を下げ、やっと騒ぎは収まった。
「それにしても……今なんか、鶏肉が安いんですか?」
クラエスフィーナがさっそく千切った腿肉にかぶりつきながらおばちゃんに聞くと、おばちゃんが嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうなのよお。今鶏がかかる病気が流行っていてね。これは市場に出てくる量が減るかなあって言ってたら、逆になんでかいつもより安くてたくさん出てるのよ」
「へええ」
◆
そして、試験まで残り二週間を切ったところで。
「ついに来たよ!」
クラエスフィーナがバンザイした。
荷車に載って、改造が終わった五号機が搬入される。工房の職人に加えて幼年学校生も集まって、皆でそっと作業小屋へ下ろす。
職工頭のドンキー氏が誇らしげに分割した“翼”の接合部をはめて見せた。微細なぐらつきもなく、スッとはまってしっかり固定される。あれだけ苦心した分割機構も完璧だ。
「おおっ、全然動かない!」
「やりました」
胸を張るドンキーに、ホッブが聞いてみた。
「ちなみに、前翼の改造は何日かかった?」
「はっはっは、あれぐらい一日で終わりました。余裕っすよ」
「分割機構の不具合解消は?」
「苦労しましたねえ……十日ぐらい?」
「馬鹿野郎!」
クラエスフィーナとダニエラが手を取り合って喜ぶ。
「機体が審査に間に合ったね!」
「これでバンバン試験飛行できるな!」
残された時間は、あともう二週間しかない。
まだ不具合が出るかもしれないし、決して練習できる時間は多くないけれど……それでも実際に使える機体があると、間に合うんじゃないかという期待が胸にこみ上げてくる。
「よーし、頑張るよ!」
「その意気だ、クラエス!」
皆のやる気が大いに高まったところで、
「それじゃ、丸裸の機体に一から布を張りますか」
「……そうだった」
「今これ、飛べる状態じゃないんだったね……」
やる気だったクラエスフィーナの耳が、へんにょりとうな垂れた。
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