第7章 後は走るだけ

第79話 努力には必ず無駄という名の花が咲く

 届かない新生五号機をクラエスフィーナは待ちわびていた。


 とっても待ちわびていた。


 ものすごく待ちわびていた。


「オラ、気合入れろクラエス! 馬車馬のように!」

「ダニエラ、私もう……ちょっと休ませて……」

「ダメだ! とにかく厳しくトレーニングしろってホッブにも言われてんだよ!」

 実験機が届けば、地獄のようなトレーニングから抜けられるからだ。




 地面に手をついてぜえぜえ言っているクラエスフィーナに、ダニエラが特製ドリンクを持ってきた。

「ったく、だらしねえなあ。しっかりしろよクラエス。おまえホント体力ないな」

「いや、人並みにはあると思うんだけど……普通の学院生に、急にこんなハードトレーニングなんて無茶だよう」

「課題通過の為に、無理を承知でやるんだよ。ほら、これ飲んでシャキッとしろ」

 クラエスフィーナはダニエラが差し出した水筒を胡散臭げに眺めた。

「これなに? 昨日みたいに『黄金のイモリ亭』のエールじゃないよね?」

「あー、あれはダメだったな。アルコールが入れば興奮して元気になるかと思ったんだけどよ、酔いが回って走れなくなるとは」

「頭のおかしいドワーフと一緒にしないでよ⁉」

 受け取ったドリンクのにおいをかぎ、アルコールのにおいのしないことを確かめてクラエスフィーナは口に含んだ。

 が、一口飲んで口を押える。

「これ、なに……?」

 世界中から“マズい”を集めたエッセンスが、そこにあった。

「あ? その中身か?」

 顔色が一気に赤から青になったエルフに聞かれ、自信満々のドワーフが胸を張る。

「魔導学科で人体学をやってるポンパ導師が考案した“体にいい飲み物”だぜ」

「嘘でしょ」

 導師がロクなものを作らないのは施薬院のクラウディア導師コスプレババアで分かっているが、渡されたこれも正気の産物とは思えない。

 健康になるどころか、一口飲んだだけで気分悪くて死にそうだ。


 だがダニエラは言葉の意味を別に受け取った。

「ホントに導師にレシピを聞いたんだぞ。柑橘類に果物の汁、青草、根菜、ニンニクとショウガ、酢と塩と砂糖……」

 聞く限り一応はまともな材料、なのだが。

 ダニエラが料理をしないできないことを思い出し、クラエスフィーナは念のために聞いてみた。

「ダニエラ、それぞれの分量って聞いてきた?」

「聞いたには聞いたけど、秤もないんでだいたい目分量でやったわ。値段が高い材料とかもあるから、適当に今ある物で代用したのもあるし」

「それとね、その材料を合わせたら水で“希釈しろうすめろ”って言われなかった?」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな……クラエス、“希釈”ってなんだ?」

「そんな知識で怪しいドリンクを作らないでよ⁉ きつすぎるから薄めろって言ってるの!」

「あー、なるほど」

 納得したドワーフはニカッと笑った。

「でも、濃いほうが効く気がしねえか?」

「何を作ったのか確かめてみてよ! 自分で!」

 水筒が空になるまで無理やり飲まされたドワーフが失神したところで、クラエスフィーナは戻ってきたラルフに声をかけられた。

「おっクラエス、まだまだ元気そうだね! じゃあもう一セット行こうか!」

「ピギャーッ!」



   ◆



「死ぬる……私、実験機が戻ってくる前に死んでしまう……」

 伸びているエルフがぐちぐち言っている横で、ラルフとホッブ、ダニエラは今日の成果をチェックしていた。

「いまいち数字が伸びないな」

「まだ始めて二日目だからね。持久力はそう簡単にはつかないよ」

 冷静に分析をするラルフとホッブを、ダニエラが甘いと一喝した。

「そんな事を言っている場合かよ! もう時間がないんだからよ、明日から二倍速で行くぜ!」

「そんなんやれるのか? クラエスは今日のでも立てない状態になってるぞ?」

 疑問を呈するホッブを、鼻息の荒いダニエラがキッと睨む。

「できるできないじゃねえ! やらせるんだ! ほら、言うじゃねえか。ゴマとエルフは絞れば絞るほど油が出てくるって」

 精神論になり始めたドワーフに、伸びていたエルフがさすがに口を挟んだ。

「ちょっ、ダニエラ⁉ 私思ったんだけど!」

「あんだよ」

「そもそもあと三週間の段階で、基礎体力をつけるトレーニングって手遅れじゃない? それまでに身体が変わると思えないんだけど⁉」

 エルフの訴えも、(今さらながら)もっともだ。

 それに対するドワーフの答えは。

「正論なんか聞きたくねえ!」

「ええっ⁉ それ、やらせている方が言うの⁉ 私のセリフじゃないの⁉」

「あたしゃこの駄エルフが無茶なダイエットをして、胸とケツが萎めばそれで気が晴れるんだ!」

 ダニエラ、まさかの真意をぶっちゃける。


「えええええっ⁉」

 どうやらドワーフは、先日話題の不公平な性徴を根に持っているようだ。

「思いっきり八つ当たりだよ! 私のお肉が減ったからって、ダニエラの貧乳寸胴おこさまボディーが育つわけじゃないよ!」

「そんなことはわかってるわ! でも、これだけは言わせてくれ!」

 三人が注目する中、こぶしを握ったドワーフは力強く宣言した。

「持ってるヤツに八つ当たりをすると、スカッとするんだ」

「気持ちはわかる」

「おいホッブ」

 ラルフが手を広げて場を鎮めると、ダニエラに反対意見を述べた。

「僕としては反対だ」

「ラルフ……」

 カッと目を見開いたラルフが咆哮した。

小高き丘の賢者ボインスキーたる僕としては、クラエスのチャームポイントである豊穣の丘きょにゅうが目減りするなんてとんでもない話だよ! むしろそこを維持するためには無駄な運動なんかやめるべきだ」

「またそれか」

「課題審査はどうするんだよ」

「僕としては、クラエスの胸を守るためには退学もやむを得ないと思う」

「おまえ、別の意味で男だな」

「いやいや、それほどでも」

「1か0かで話をしないで⁉ 私、審査は受かりたいんだよ!」



   ◆



「あうー……みんなひどいよ」

 人気の学生向け食堂「首絞め野ウサギ亭」で卓を囲み、くたくたのクラエスフィーナがへばっている。

「全部おまえのためだろうが」

 いつものお題目を言うホッブを、クラエスフィーナがジト目でにらんだ。

「本当に? なんか最近自分のうっぷん晴らしも混じってない⁉」

「ところで注文何にする?」

「露骨に話題変えないでよ!」


 注文を取りに来たおばちゃんに、ラルフが今日のおすすめを聞いた。

「今日の日替わりなんですかね?」

「今日は肉と魚を選べるよ」

 クラエスフィーナの三倍ぐらい太そうなおばちゃんがニコニコしながら、簡単な説明をしてくれた。

「A定食のメインディッシュが『なんかの魚の塩焼き』でね、B定食が『たぶん鶏の照り焼き』だよ。どっちも付け合わせに『おそらく食える野菜のごった煮』と『きっと食える蒸かし芋』が付くよ」

「ねえラルフ、ホッブ。あなたたちの行きつけって、なんでこう断言できない材料の料理しか出てこないの?」

「安いし量が多いし、言うことないぞ」

「人間どっかでリスクを取らないと」

「ジャンクフードは人間を内と外からダメにするって見本だな、こいつら」




 注文も終えたところで、話は“クラエスフィーナの体力”についてになった。


 ホッブが数字のメモを見ながら首をひねった。

「クラエスはインドア派だが、基本はそんなに悪いわけじゃないんだよな」

「でも規定距離を飛ぶ前に、使える魔力が尽きちゃうんだよね」

 問題点を指摘したラルフがクラエスフィーナを見る。 

「ということは、そもそも全行程を魔法で飛ぶという考え方が良くないのかな?」

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