第78話 みんなが知りたいクラエスの秘密
しばしの沈黙の後、男性陣がやっと言葉を絞り出した。
「それはつまり……クラエスがグラマーなのって」
「血筋とかじゃなくって、不摂生の結果ってことか?」
「言わないでよ⁉」
エルフの神秘のメカニズムに、ラルフとホッブは今度こそ絶句した。
クラエスフィーナはフォークをくわえながら、しょんぼりつぶやいた。
「もともと里でもぽっちゃりな方だったんだけど、王都に来てから
「ああ……奨学金を食い潰した件かぁ」
「学生課に胸を張って報告できるな。ちゃんと身につきましたって」
「笑い事じゃないよ⁉ 本人はホントに困ってるんだからね⁉ うう、この姿でエルフの里になんか帰れない……」
「人間なら金かけて磨き上げてその体型を目指すもんだが……エルフは自堕落だと理想的なスタイルに? すっげえ皮肉だな」
「スタイルは逆に悪いんだってば!」
エルフはもう泣きそうだ。
「あー……ただでさえ里じゃ、ぽっちゃりとブスの二重苦で虐められていたのに」
「…………は?」
もう一つ爆弾発言が湧いて出て、ラルフとホッブが顔を見合わせた。
「ブス?」
「ブスッて……」
「何度も言わないでよ!」
「いやいや、待って!?」
ちょっとこれは聞き捨てならない。
「ブスって……クラエス、エンシェント万能学院じゃ凄い美人で通っているじゃない」
「私もチヤホヤされるから黙っていたけど、他にエルフがいたら露骨にガッカリするよ? エルフが美人って言ったら、もっとこう……大神殿の天の女神像のような、鼻が高くて引目で……」
クラエスフィーナの説明に、ラルフとホッブも有名な観光名所の神像を脳裏に思い描いた。
「あー、あの女神像は確かに、きつい感じの顔つきだよな」
「うん、切れ長の瞳に高い鷲鼻で……比べるとクラエスフィーナとはタイプが違うよね」
クラエスフィーナは目がパッチリしているし、鼻筋は通っているけどあそこまで自己主張する長さじゃない。
ラルフが首をひねった。
「でも、僕らから見るとクラエスの方が可愛げがあっていいと思うんだけどな」
「そうだな。あの女神像じゃ、顔が冷たすぎるっつーかなあ」
ホッブも相槌を打つが、
「そんな理屈はエルフの世界じゃ通らないの! 里に帰ったら私、嫁の貰い手もないレベルなの!」
「そこまで評価低いの!?」
「ううう……」
シクシク泣き始めたエルフの事情に、ラルフ達は開いた口が塞がらなかった。
落ち着いてまたサラダを食べ始めたクラエスフィーナを置いておき、ラルフとホッブは今の話を囁き合った。
「エルフの感覚ってそんなに違うのかよ……」
「ビックリだね。エルフなんて王都でもそう何人もいないから、同族同士の事情なんて全く分からないよ」
「はー……里は何もないド田舎で、狭い世界でみんなにブスだと後ろ指さされる。そらクラエスも帰りたく無くなるわけだな」
クラエスフィーナが王都にしがみ付く理由が良く分かった。
納得したホッブが頷きながら友人を振り返ると、ラルフの顔がなんだか輝いているように見えた。
(おい、どうした?)
視線でホッブが悪友に確認を取ると、すごくイイ顔でラルフが親指を立ててくる。
(ついに付け入るスキを見つけたぞ、ホッブ!)
(好きな女を口説くのに、付け入るスキとか言ってんじゃねえよ)
(だって弱点でも無かったら、僕にチャンスなんかないじゃないか!)
(情けないことを堂々主張してるんじゃねえ! ……まあ、納得しかねえが)
(エルフの種族的な特徴を逆手に取れば、はみ出してるのを自覚しているクラエスを口説くことも……あれ?)
(どうし……そういや、種族的な特徴……)
ラルフとホッブは視線で会話しているうちに、同時にあることに思い至った。
二人は無心にがっついているダニエラに顔を向ける。
「なあ、ダニエラ」
「ん? あんだよ」
「……普通ドワーフの女って、背は低いけどグラマーだよな?」
「……何が言いたい?」
ホッブの言葉に悪い予感がしたのか、ドワーフがヤバい目つきで睨んでくる。そこへ横からラルフが聞きたいことを続けた。
「うん、だから僕たちもてっきりダニエラがツルペタなのは
「悪かったな! 元々だよ! いくら食っても背も胸もデカくならねえんだよ!」
「いや、背丈はドワーフの特長だろ」
「ソレにしたって低いんだよ! 悪かったなチンチクリンで!」
痛い所を突かれたダニエラは涙目で叫ぶと、横で骨付きモモ肉を食べ始めたエルフの尻をひっぱたいた。
「くそっ、このあざとボディのエロフめ! 地獄に落ちろ!」
「いきなり何!? 八つ当たりだよ!」
「落ち着けおまえら!」
満員の食堂に、エルフの悲鳴とドワーフの罵声とホッブの怒鳴り声が響き渡った。
◆
「しかし、それぞれ悩みがなんだかんだあるもんだねえ」
しみじみ呟くラルフの言葉に、横でダニエラが頷く。
「
「待て、ダニエラ。なんかそれじゃ、まるで君たち二人の成績が問題ないみたいじゃないか」
口論する二人を背景に、ホッブがメモ帳を開いて顔をしかめた。
「それにしても、クラエスがデブな件だが」
「ちょっとぽっちゃりなだけだよ⁉」
「呼び方はどうでも良いんだよ。問題はおまえがおデブってところだ! これはちょっと、マズいな」
「丁寧に言えばいいわけじゃ……マズい? マズいって、何が?」
気になる単語をエルフが聞き咎め、後ろの二人も喧嘩を止めた。
「どうしたの、ホッブ?」
「いやな」
難しい顔つきでホッブが自分の腹を叩いた。
「太っているとそれだけで息が上がりやすい。身体が重い。身動きがしにくい。自然と動かなくなるから運動がつらくなる。身体を動かさないから関節の動きが悪くなる。常に負担がかかっているから身体能力に余裕がない。僅かな運動で限界になる……どうだクラエス、まだ言われたいか?」
「もうやめて!」
耳をふさいで喚くエルフをジト目で見ながら、ホッブは他の二人に手で実験機の動きを真似して見せた。
「今俺が言った内容が、体力勝負な課題飛行でどれも弱点になってるのは分かるよな? クラエスがエルフとしては太っているのなら、見た目は細いようでも今言ったような自覚症状があるんじゃねえかと思ったら……思った通りだ」
「てことは?」
「魔法だって発動するには、それだけ気力と体力をゴリゴリ削られる。筋力は使わないかも知れねえが、やっぱり持久力は必要なんだよ。そして不摂生の塊なクラエスは、それが決定的に足りてねえ」
「はぐっ!」
うずくまったクラエスフィーナの後頭部を眺めながらホッブが続けた。
「明日から実験機が戻って来るまで……いや、課題試験の直前まで。このデブエルフを絞り上げるぞ」
「やめてよう!? 私、急にそんなことをされたら堪えられないよ!」
「今までたっぷり美味しい思いをして貯め込んだ贅肉を吐き出す時が来たんだよ! 学院に残りたかったらわずか三週間の特訓に耐えてみせろ!」
「ううう……」
詭弁を用いずとも正論で論破されたクラエスフィーナがラルフに縋り付く。
「ラルフからも言ってやってよ! 急にそんなきついことは無理だって」
「そうだね! ホッブ、僕は反対だな」
泣きつかれたラルフがキリッとした顔でクラエスフィーナの肩を抱いた。
「せっかくの
「んな事言ったって、退学になったら元も子もねえだろが」
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