第77話 クラエス改造計画

 ホッブとダニエラは口喧嘩をしながら、クラエスフィーナの畑までやってきた。


 見れば先日と同様に、クラエスフィーナは植えてある植物の手入れをしている。

「おーい、クラエ」

 手を振りながら呼びかけようとしたダニエラが、そこに隠されていた落とし穴に落ちた。

「おいダニエラ、おまえ何をやっ」

 それを助けようとしたホッブは植込みの中に仕込んだワイヤーに引っかかり、発動した雷魔法で電撃を受けてもんどりうって転がった。

「ひっ、ひいいっ! ドジョウが! ドジョウがぬるぬると!?」

「ウグァッ!? アベレバレダボグアアッ!?」




 叫び声に気が付いたクラエスフィーナに助け出されたホッブとダニエラは、あぜ道に転がり一息ついていた。

「もう、いきなり侵入すると危ないよ!」

「いきなりも何も、声を掛けようとしたらその前に落ちたんだよ!」

 ドジョウ地獄にはまったダニエラは涙声だ。

「前はあんなの無かったじゃん! なんでいきなりトラップが仕掛けてあるんだよ!」

「だってラルフたちに、私を危ない人たちが狙っているって聞いたんだもん」

 クラエスフィーナはラルフの話を思い出すだけで震えている。

「見た目爽やか人たちが食事に誘ってくるのが危ないんだって……気がついたら縛られてて、全裸でリンボーダンスをするのを見せつけられるんだって!」

 あきらかに誰かさんの入れ知恵。

 ジト目で見てくるドワーフを無視し、まだ手先が痙攣しているホッブはぶるぶる震えているエルフに声を掛けた。

「その話はとりあえず置いといてだ。クラエス、実験機が戻ってくるまで遊んでいるわけにもいかねえ」

「それはそうだけど……でも、なにができるの?」

 クラエスフィーナが首をかしげた。


 実験を再開したい気持ちはクラエスフィーナも一緒だ。だけど肝心の機体が無ければ、空を飛ぶことができない。

「どうにもならないじゃない」 

「まあな。それで実験機が無くても何かできないか、ダニエラと考えたんだけどな」

 ホッブの後ろでダニエラも頷いている。

「クラエス、今までの実験結果を見るとだな」

「うん」

「必要な距離を飛ぶのに、おまえの基礎体力が足りないんじゃないかと」

「……なにか、嫌な方向に話が……」

 思わずじりっと後ろに下がりかけたクラエスフィーナを、後ろからダニエラが捕まえる。

「ちょっ、ダニエラ⁉」

 ホッブが不自然に満面の笑顔でロープを出した。

「クラエス……基礎体力作りの為に、運動をやってみようか」

「やっぱり! 待ってよホッブ! エルフは知的生命体だから、身体を使うのは得意じゃないんだよ!?」

 エルフの悲鳴に、人間とドワーフが頷いた。

「だからこそトレーニングに意味があるんじゃないか」

「墓穴った!?」


 断り方を間違えたエルフは、何とかしようとあちこち視線を彷徨わせて次の理屈を持ち出した。

「いい? ホッブ、魔力の増減は筋力とかと直接関係ないんだよ!?」

「でも実行するのに、長時間続けるとなると体力勝負になるだろ?」

「うん、それはそうだけど……」

「じゃあやっぱり、体を鍛えて持久力をつけるしかないじゃないか」

「どういえば諦めてくれるの!?」

「俺たちが諦めたら、おまえの学院生活も諦めることになるぞ」

「ぐっ!?」

 逃げられないようにクラエスフィーナの腰を縄で縛ったダニエラが、エルフの尻をパシンッと叩いた。

「さ、とっとと行くぞ、クラエス! 課題審査まで日が無いぜ!」

「ひいぃぃぃぃ!?」



   ◆



「ふーん、それで今日はキャロル湖の周りを走っていたんだ?」

 ラルフの問いに、疲れ果てた顔のクラエスがこくりと頷く。

「そうなの……ダニエラを載せた荷車を引いて。つらかった……」

 クラエスフィーナが顔を手で覆ってさめざめと泣く。横のダニエラが鼻を鳴らした。

「冗談じゃねえ、つらかったのはこっちの方よ。エルフが引く荷車にあたしが鞭持って乗ってるって絵ヅラがもう、まるっきりイジメか奴隷商人みたいでよ」

 言われたラルフも想像した。

「確かに、まるっきりそうだね」

「散歩の連中がみんな目を丸くして見ている中、あたしが罵声を浴びせながらそれで走るんだぜ? 恥ずかしくって死にそうだったぜ」

 ドワーフはジョッキで卓を叩くと、四人目にうろんな目を向けた。

「だいたい負荷をかけるウェイト代わりってんなら、あたしよりホッブの方が重くて良かったんじゃねえの?」

「それはそうなんだがよ」

 言われたホッブは芋を刺したフォークで、めそめそ泣くクラエスフィーナを指した。

「その役を俺がやったら、みたい・・・じゃなくてそのもの・・・・になっちまうだろうが」

 ごつい体格のホッブを見て、他の三人が「あ~……」というため息を異口同音に漏らした。

「通報されて警邏が飛んできちゃうね」

「いっそこのアホエルフを本当に売っぱらっちまった方が楽でいいけどな」

「そういう事を言うから警邏が飛んで来るんだよ」


「それでラルフ。おまえの方はどうだったんだ?」

「うん、幼年学校の皆に相談したんだけど良さそうなアイデアが出たよ」

 ホッブに言われて、ラルフがカバンからスケッチを一枚取り出した。

「もうすでに彼らが作り始めてくれているんだけど、これが完成すれば今日みたいな恥ずかしいトレーニングをしないで済むと思うよ」

「わぁい!」

 エルフが喜ぶ。ホッブとダニエラがスケッチを覗き込んだ。

「これは……どういうものなんだ?」

「風魔法で浮かし続ける練習器具だよ。ずっと風を出し続けていないと地面に叩きつけられるから、クラエスの練習に持ってこいでしょ?」

「なんだ、俺たちが考えていたことと一緒だな」

「あ、そうなの? 彼ら幼年学校生とも何をすべきか話したんだけど、やっぱりクラエスの基礎力を何とかしようって話になってね……クラエス、どうしたの?」

「気にすんな。意見が全員一致したんで、逃げ場がない運動不足のエルフが絶望しているだけだ」




 揚げ芋をつまみながら、ラルフはふと前から疑問に思っていたことを思い出した。

「そう言えば、そもそもの話なんだけどさ」

 ドレッシングをかけた野菜盛りをウマウマ食べているエルフを見る。

「ダニエラがよく『このデブエルフ!』って言ってるけど……クラエス、別に太っていないじゃない」

 エルフが緑の葉っぱを噴き出した。

「いきなり何!?」

「いや、だって……ホッブもそう思うでしょ?」

 言われたホッブもあらためてクラエスフィーナを見た。

 エルフのウエストはキュッと引きしまっていて、摘まめるほどの肉もない。

「そう言えばそうだな。ダニエラ、どうしてだ?」

「おまえらも散々尻馬に乗って言ってたじゃねえか」

 ダニエラが隣に座るクラエスフィーナの脇腹をつつく。

「おらクラエス、おまえの口から説明しろよ」

「あうっ」

 フォークを咥えたエルフが、きまり悪そうに仲間をチラチラ眺める。

「あ、あのね……見た目種族が近いけど、エルフと人間族トールマンには色々違いがあってね?」

「うん」

 そこで一回詰まったエルフは、すごく言いづらそうに後を続けた。

「人間は贅肉が身体全体に派手につくけど」

「うんうん」

「エルフは胸とかお尻とか、局所的につくの」

 ホッブが口に運んでいた芋をフォークごと取り落とし、ラルフの頭が頬杖から滑り落ちた。

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