第76話 ニュー五号機が戻ってこない

 鍛冶場へ改造に出した五号機が帰ってこない。

 送り出してから今日で五日目。職工頭の話だと、三日で戻る筈だったのだが。


 放課後ラルフ達が研究室に顔を出すと、机に突っ伏していたクラエスフィーナが顔を上げた。

「ねえラルフ。実験機の改造って、複雑な変更じゃないからすぐに済むって言ってたよね?」

 呑気なエルフでも気になるらしく、長い耳をへんにょり寝かせながら聞いてくる。

「そう、なんだけどねえ……」

 

 当初複雑な改造ではないので三日で戻すと言っていたのに、すでに五日目になっている。今この段階で見通しの連絡がないので、少なくともあと二日は返って来ないだろう。

「どうしたんだろうね? そんな難しくないって言っていたのに」

「俺に聞かれてもなあ……」

 ラルフの問いに、ホッブも答えられない。

 学院にいる四人とも、答えは持っていない。


 ……ただ。

 ホッブには一つ、懸念材料があった。



   ◆



 ラルフとホッブの二人がエンジェル工房に着くと、すぐにエンジェル老と職工頭のドンキー氏が出てきた。

「改良がうまく行かないんですか?」

 さっそくラルフに訊かれて、ダニエラの叔父さんは頭を掻いた。

「いや、そっちの方は特に問題はない。布をまだ張っていないのでなんとも言えんが、まあ計算通りに行くのではと思っておる」

「じゃあ、何が問題で……?」

「とりあえず現物を見てくれ」


 案内された工場の中央には、五号機の骨組が置かれていた。

「見た目、変わらない感じだけど……」

「基本は一緒だが、違ってるのは先端の部分か?」

 搭乗部の前の辺りに、二本の突起が付けられている。ぱっと見には用途が分からない。

 ドンキーが新構造の説明を始めた。

「問題となっている着水してから前転しちまった事故ですがね。そっちの設計のボウズと検討したところ、どうも浅い角度から前のめりに着水すると」

 幼年学校生が置いて行った模型を手に、ドンキーが作業机を水面に見立てて着水の様子を再現する。

「水面に機体の角が突き刺さると、足を取られてつんのめって前転しちまうんですな。だからそれを防ぐために、搭乗者の前あたりに飛行には関係ないこの前翼を入れます」

 模型の前に、小さな板をつける。

「着水からの前回りになった時、前転しかけるとこの前翼が真っ先に水面に叩きつけられます。それでつっかえ棒の役割をさせて、機体がそれ以上に前転するのを防ぐと」

「これだけで、勢いを殺せるもんですかね?」

 ホッブが実機の突起を手で押さえてみる。まだ布を張っていないので、どうにも実感が湧かない。

「棒玉転がしみたいに、思いっきり勢いがついていれば無理ですけどね。勢いがつきそう・・・・なしょっぱなにコイツが邪魔をして、タイミングを殺してしまうんです。初動さえ抑えれば、重量は搭乗者がいる後ろが重いんだから揺り戻しで自然に戻ります」

「なるほど」

 仕組みは分かった。

 ラルフとホッブは頷き……ラルフが最後の質問をした。

「ここまで想定通りにできているのに、あと起きている問題ってなんですか?」

「それなんですがね」

 ドンキー氏が頭を掻きながら“翼”を掴んだ。

「よっと」

 翼に上下に動かす力を加えると、目で見てわかるぐらいにカタカタ揺れる。

「分割機構の差し込み部が、いまいち精度が出てなくてグラグラするんですわ」

「そんなことじゃないかと思ったぜ!」

 

 ついでに加えた重要度の低い改造で、思いっきりヤバいアクシデント発生。


 翼の根元が始めからグラグラしているような機体で、速度を出して空なんか飛べるわけがない。

 ホッブの悲痛な叫びに、エンジェル氏と職工頭はテヘッと笑った。

「職人の業界じゃ、よくあることなんじゃよ。ドンマイドンマイ」

「あんたが言うな!」

「おっかしーですよねぇ。計算上はうまく行くはずなんですがね」

「全然じゃねえか!」

 話を聞くに、内側に入れる鉄パイプの外径を思った太さにできていないらしい。

「毎回ちょうどいいはずの寸法で製作するんですが、実際にはめ込んでみるとあと一歩追い込めてないというか……」

「それ、あと二日で何とかなるんですか?」

「最悪の場合、非常に硬い木材を使って内側を作るプランもあるんですが」

 職工頭ドンキー氏は、決意を込めた顔で力強く断言した。

「鍛冶屋として、逃げの手は使いたくないんです! ギリギリまで足掻いて見せます!」

「鍛冶屋の誇りを言うんなら、まずできるか怪しいプロジェクトに客を巻き込むんじゃねえよ」

「そこはそれ、職人プロとして趣味遊びで作るんじゃないのが大事なんです! お客さんから注文を受けてこそ、仕事ですよ!」

「だったら客の都合に間に合わせろ」



   ◆



 鍛冶場から帰る道すがら、苦い顔をしたホッブがうめいた。

「まずいな……あと数日でできるにしても、届く頃にはもう三週間しか残っていないぞ」

「クラエスの飛行距離もどこまで伸びるかわからないのにね」

 クラエスフィーナは今までの実験で、いずれも規定距離まで飛ばずに落ちている。「実機でバンバン飛ばしてみねえと、不具合がどこから来るのか分からねえ」

「不慣れで落ちているのか、完全に魔力切れでそれ以上いけないのか。その辺りを実験で確かめたかったのにね」

「くそう、二機体制ならなぁ……」

 そうは言っても、金欠のチームに予備機を作っておく金も時間もなかったわけで……今さら悔やんでも仕方ない。

「ラルフ、何か実験機が無くてもクラエスを特訓させられる手段がないか、幼年学校の連中と相談して来てくれ」

「了解!」

「俺はダニエラに何か思いつくものがないか聞いてみる」

「それは無駄じゃない?」

「そんな気はするが」




 ラルフと分かれたホッブは学院に戻ると、クラエスフィーナの研究室にいたダニエラに相談……する前に何をしているのか聞いてみた。


 ダニエラは会議卓の上に、大量の木片を山に積み上げている。

 そしてその木片を一本ずつ、そーっと引き抜いていた。

「ダニエラ、それは何をやっているんだ?」

「おう、ホッブか。これは坑道設計学の研究中だよ」

 ホッブもよく見てみた。

「……どの辺りが?」

「山の中のどの棒を、どこまで引き抜いても山が崩れないか。そういう勘を養っている最中なんよ」

「ほう」

 ホッブは五分間、黙って横で見ていた。

「つまり砂場でやる棒倒しを応用した遊びだな?」

「身も蓋もねえな」

「遊んでいるのがはっきりしたところで相談だ」

 ホッブは遠慮なくダニエラの木片をバケツに叩き込むと、今の状況を説明した。

「というわけで、おまえの意見も求めたい」

「なあホッブ。その相談、コレを片付けなくても出来たんじゃね?」

「俺たちが必死こいて走り回ってる間、おまえがのんびり講義をサボって楽しく遊んでいたかと思うとムカついてつい手が動いてしまった。後悔はしていない」

「バカかテメエ!」

 全然反省の色がないホッブに、途中で遊びを邪魔されたダニエラが激昂した。

「他人が必死こいて働いている時にのんびり遊んでいるから、サボりは楽しいんだろ!?」

「その理屈はよくわかるが、俺が働いている側だと思うと許すわけには行かねえ。おら、きりきり働け!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る