第75話 ラルフ、動きます!

 課題の邪魔になるという建て前は十分な理由だ。

 大義名分を得た二人はラルフの片思いの障害になりそうな連中を排除すべく、急いでエルフを探しに行出た。


「しかしホッブ。どうやってバカどもを黙らせようか?」

「そうだな……」

 ラルフの問いに難しい顔で唸っていたホッブが、閃いたという顔で指を鳴らした。

「よし、こんなのはどうだ?」

「なになに?」

「クラエスにも、プレイボーイどもが『やべえ、ラルフにお似合いだぜ』とドン引きするような悪い評判を立てる」

「みんな揃って後ろ指差されるようになってどうする」

 提案を即行で却下され、ホッブが呻いた。

「そんな事を言ってたら、取れる手段がなかなかないぞ? やつらは別に違法な手段に訴えてくるわけでもないんだ。搦め手で攻めないと排除のしようもない」

「だからって、残り二年の学院生活が針の筵になったら意味ないだろ……」

 とはいえ、ラルフにもいい考えがある訳じゃない。

「何か……なんとかいい考えがないものかな」

 ホッブもぼやく。

「そういうヤツをクラエスが自分で避けてくれるようになるのが一番なんだがな……」

「そうだねえ……あっ!」

 友人の何気ない言葉に、ラルフの脳裏を電流が走った。

「ホッブ、いい手が見つかった!」

「なんだと!?」

「発想が逆なんだ。自分で避けてもらうんだよ!」

「待て待て、どういう意味だ? 説明しろ」

 訳が分からないと言った顔のホッブに、急に元気になったラルフが勢い込んで話す。

「多数に信じ込ませるのは難しい。けどそれに比べれば、クラエス一人に信じてもらうのはずっと簡単なんだ!」

「なんか、そう聞いただけでロクでもない香りがしやがるぜ」

「じゃあ他に何か、考え付いた?」

「……無い。しゃあねえな。何するんだかよく分からねえがソレで行こう」

 突如何かを考え付いた友人を胡散臭そうに見やり、ホッブはあきらめのため息をついた。



   ◆



 クラエスフィーナが本来研究しているのは、植物を交配させて新品種を作るというものだ。

 なので実験は研究室よりも、実験棟脇の農場で行う事の方が多い。見た目には土いじりをしているようにしか見えないので、魔導学科と聞いてイメージされる儀式的な物とは対極にある。

 今日は久し振りにゆっくりできる時間が取れたので、クラエスフィーナはそんな本来の研究をのびのびと行っていた。


「はうー、緑を相手にしていると癒されるなあ」

 製薬学専攻からもらってきた栄養剤を水に溶かして苗に与えながら、クラエスフィーナは青々とした畑に目を細めた。都会に憧れる物欲エルフも、やはり森林浴は気持ちいいのだ。

「特にここのところ、色々あり過ぎるものね……食用植物の品種改良をしたいだけなのに、なんで空を飛ぶ羽目になるんだろ……」

 その“空を飛ぶ”なんて頭のおかしい課題に、この生活を続けられるかどうかがかかっている。

「どうしよう……不安しかないよ」

 審判の日までもう一か月もない。

 それを思うと耳が垂れてくる想いのクラエスフィーナだった。


 そんなことをエルフが考えていると。

「おーい、クラエス!」

「あれ? ラルフにホッブ?」

 名前を呼ぶ声に振り返れば、数少ない友人の二人が手を振りながら歩いてくる。

「珍しいね、実験棟の方まで来るなんて」

 一緒に課題の研究をしてくれている友人たちは、そもそも静学系だから動学系の実験場ばかり並んでいるこのエリアに来る用事がない。


 やってきた二人に、スコップを持ったままのエルフは首を傾げて尋ねた。

「どうしたの?」

「いや、悪い噂を聞いてね」

 いつもふやけているラルフが、珍しくキリッとした顔をしている。それだけでも、なんだか非常事態っぽい。

 問い返すクラエスフィーナも、自然と真面目な顔になる。

「噂って?」

「それがね……うちの学院生の中で女の尻を追いかけるのが趣味の連中が、どうも最近クラエスをターゲットにしたみたいなんだ」

「ふええっ!? 急になんで!?」


 自慢じゃないけどクラエスフィーナはモテたことがない。

 エルフの里でもそうだし、王都に来てからも少数種族エルフだからか遠巻きにされてばかりだった。

 友達さえもなかなかできないのに、いきなりナンパされる理由がわからない。


 眉をしかめたラルフが、頭を振りながらため息をついた。

「どうも僕らとクラエスが最近一緒にいるようになったから、それを見てアタックする度胸が出て来たらしいんだな」

「そ、そうなんだ……それで、その人たちは一体何を……」

 口説かれたことがないので、そういう女好きの人たちが声を掛けて何をしたいのかが分からない。

「ああ、それなんだけどね……」

 クラエスフィーナが恐る恐る尋ねると、ラルフが殊更深刻な顔で後を続けた。


「ヤツら……『ものぐさ狼亭』で遭遇した、あの変態みたいなことを狙っているらしい」


「ヒヤアアアアアアアア!?」

 全裸に外套だけをまとった小粋な紳士へんたいの事は、酔っていたクラエスフィーナもしっかり覚えている。というかトラウマレベルで頭に焼きついている。

「あ、あんなことがしたい人たちなの!?」

「そうなんだよ」

 顔を歪めて絶叫するエルフに、策士ラルフは深々と頷いて見せた。

 実際問題ナンパ師どもは最終的に女に裸を晒したいんだから、ラルフは嘘は言っていない。

「しかも、学院のそういうヤツらは徒党を組んでいるからね」

「ええっ⁉ 集団で来るの⁉」

「そうなんだよ。特にコートボールテニスっぽいヤツの同好会とか言いながらまともに活動をしていないヤツラは要注意だ! アイツらは狙った女の子の周りで、全裸でフォークダンスを踊りイカれた連中の集まりだよ」

 これはラルフの個人的な見解です。

 ……ちょっと誇張表現が入っているかもしれない。

「全裸でフォークダンス!? 女の子を囲んで⁉ トンデモな変態だよ!」

 しかしクラエスフィーナは真に受けた。


 ラルフは嘘くさいほど誠意溢れる顔で、大事なエルフの肩をがっしり掴んだ。

「気をつけろクラエス。そういう連中はね、接触する時は爽やかな顔をして『一緒にご飯に行かない? 奢るよ』とか誘って来るんだ」

「えええ……」

「だけど、もしもついて行ったら最後……女の子はへべれけになるまで酒を飲まされて……」

「……酒を飲まされて?」

「気がついた時には逃げられないようにされていて、準備万端な変態に全裸ダンスを最後まで鑑賞させられる羽目になるんだ!」

「キャアアアアアア!」


 いささか主観的なラルフの説明を受けて、おのぼりエルフは涙目でガタガタ震えている。

「怖い……王都の変態怖い……学院の中にまで出没する上に、そこまで過激なんて! さすが王都だよぅ」

 エルフの中で、イケメンどものついでに王都の評判も落ちていた。

「だからクラエス。よく知らないヤツから食事や酒に誘われても、絶対ついて行っちゃダメだからね?」

「わ、わかったよラルフ! 私、気をつけるからね!」

 ちょろいエルフは、信頼している信用できない友人の話を簡単に信じてくれた。



   ◆



「ふう、これでクラエスを魔の手から守ることができるよ」

 やり遂げた顔のラルフに、ジト目のホッブがツッコむ。

「なあラルフ。幼児並みに信じやすいクラエスを疑心暗鬼にさせたのは良いけどよ……おまえも誘いにくくなったんじゃねえか?」

 最終的な目的は恋するラルフも爽やかイケメンも一緒。

 だけどラルフは確信のある笑みで胸を叩いた。

「大丈夫だよホッブ。そもそも僕たちは最初の信用が違うからね」

「そりゃ、そうだがよ」

「それに外から誰も入れないほど守りが堅くても、中で押しまくればクラエスならイケる!」

「そこまでわかってて、なんでまだ告白できねえかな……」


 呆れてものも言えないホッブの力ないツッコミに、一転して不安そうになったラルフが肩を落とした。

「この課題がなんとかなるまでは、心理的に負担をかけないように……て思ってるんだよ」

 クラエスフィーナを大事に思うラルフにとっても、課題の達成が第一。ラルフの恋愛成就はその次だ。

「それはこの前も聞いたけどよ」

 その考えはホッブにも異論はない。


 だが、それにしたってコイツラルフは消極的過ぎやしないか……?

 煮え切らない友人の態度に、ホッブは頭を掻きむしった。

「ラルフ。今やライバルがそこら中から湧き始めている以上、いつまでもソレを逃げる口実にしていると本当にクラエスをさらわれちまうぞ」

「ぐっ!?」

「女を引っ掻けるのを生き甲斐にしている連中は、俺たちなんかじゃ想像もつかない手練手管を持っているんだぞ? ボヤボヤしている暇はないんじゃないのか?」」

「……そうなんだよね」

 それぐらいラルフもわかっている。

 今日刺した釘も、その手のエキスパートには役に立たないかもしれない。


 だけど、どうしたら……。

「……そうだ!」

 一転して明るい顔で手を叩いたラルフを、ホッブがうさん臭そうに眺めた。

「ん? なんだ、男よけのアイデアでも出たのか?」

「うん!」

 名案を思い付いたと、ラルフの笑顔が輝いている。

「どうだろう? 課題が終わるまで、合宿と称してクラエスを僕の家に監禁……」

「おまえの方が犯罪っぽくなってきてるぞ!? 正攻法で行け、バカ野郎!」

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