第74話 走れ、ラルフ!

「一体どういうことだよ、アントン?」

 おかしな情報を持ってきたアントンは、さらに訳の分からないことを言い出した。




「話が良く分からないな。なんで僕がいるとやる気が出てくるのさ?」

 ラルフはモテボーイらしいニヒルな笑みを浮かべると、おっちょこちょいな学友にやれやれと肩を竦めてみせる。

「ボクとクラエスがくっついたのなら、『お似合いすぎて敵わないから諦めた』って世のイケメンどもが悲嘆にくれるところじゃないか。アントン、噂はきちんと拾ってきたまえ」

 何を言っているんだか。この色男がエスコートしているというのに。


 そんなことを言いながらキザに前髪をファサっと手櫛で流したラルフに、アントンが「それそれ」と頷いた。

「今までクラエスフィーナさんて、高嶺の花過ぎて誰も声を掛けることさえできなかったじゃないか」

「ああ、うん。そうだね」

「それが、おまえが最近周りをウロチョロしているおかげでさ? 『ラルフごとき・・・に土下座無しで会話を許すぐらい、気さくな人だったんだ』と、クラエスフィーナさんフレンドリー説が広まってな」

「なんだよ、“ごとき”って!? “気さく”の基準おかしいだろ、そいつら!」

「今じゃ『ラルフバカとも意思の疎通ができるぐらい王国語が達者なら、俺たちなら口説くことも可能だろう』って、話しかけるチャンスを狙っている野郎どもが多数……」

 ラルフと付き合いができたせいで、クラエスフィーナにまさかの株価暴落評判がた落ちが到来していた。




 当然卑下されているラルフはそんな評判を認めるわけにはいかない。

「ふ、ふ、ふざけるな! なんで僕が下限の基準になってるんだよ!?」

「だってラルフだし」

 学院生から絶大な信頼を誇るラルフの成績。

「バカっぷりならホッブの方が酷いだろ!」

「俺はホッブを知らんけど、そもそも文章学の方が法論学より下に見られているしなあ」

「なんで?」

「それはまあ、俺たちの努力やる気の積み重ね?」

 日々の積み重ねが評判を作る。

 しかしラルフにしてみれば、学科の評判なんか今の自分と関係ない。

「この評価に納得できない!」

 ラルフは憤然と立ち上がった。

「風評被害による名誉棄損に関して、断固たる処置を取る為ホッブと協議して来る!」

「お、おう……」

 荒々しく靴音を立てて出ていくラルフ。

 その後ろ姿を呆然と見送ったアントンは首を傾げた。

「あれ? そういや初めの話は、『クラエスフィーナさんにナンパ野郎が群がって』って話だったよな? いつの間に話がラルフの評価にすり替わっちまったんだ?」

 そんな彼を書類に埋もれて論文を書いていたブラウニング師はチラリと眺め、またすぐに執筆に戻った。

「アントン、おまえラルフにうまいこと脱走の口実に使われたな? 代わりに今日は二倍働くんじゃぞ?」



   ◆



 ラルフは文書館の閲覧席でホッブを見つけ、駆け寄った。研究室の同期アントンから聞いたとんでもない件を、相棒に直ちに報告しなくては。

「聞いてくれホッブ! 我々・・に不当な評判が立って、クラエスがエロい男どもに狙われているんだ!」

「おいバカ、ラルフ! おまえ場所を考え……」

「大事な話だぞ!? 世間体を気にしている場合じゃない!」

「おまえは世間体なんか今さらだろうがな!? じゃなくて、ここは騒音禁止の……」

「そこの二人、文書館で騒ぐな!」


 司書につまみ出されたラルフは、巻き添えを食って放り出されたホッブの荷物を丁寧に集めてカバンに入れてやった。

「これでホッブもレポート書いてるどころじゃなくなったな。一緒に善後策を考えようじゃないか」

「成績はヒドいくせに、なんでテメエはこういう事ばかり頭が回るんだろうなあ!?」

「だろ? 机の成績がいい連中なんかよりよっぽど機転が利く僕は、どう考えても地頭が良いと思うんだ」




 アントンが拾ってきた噂のことをラルフから聞かされ、ホッブが唸った。

「事実だな。どうしようもねえ」

「だから不当な評価だってば」

 焦っているラルフはイライラと爪を噛んだ。

「合っているかどうかはともかく。僕らのせいでクラエスの結界ひょうばんに付け入るスキができてしまうとは思わなかった。どうしたものかな」

「うーん、そうだな……」

 いままで男っ気の無かったクラエスフィーナにラルフたちが協力している以上、この手の噂はどうしても立ってしまう。

「だからお前が早くクラエスに告白しておけばよかったんだよ」

「そんな事を言ったって……僕にだって心の準備というものが」

「ソレを言っても良いのはウブな美少女だけだ」

 この期に及んでまだグズグズ言っているラルフを、ホッブが呆れた顔で見やった。

「そんなヘタレているから、他のカラスに狙われるんだよ」

「その言い方だと、僕も駄鳥みたいに聞こえるじゃないか」

「誰がどう見たってそうだから、横からかっさらおうって思われるんじゃねえか。どうすんだよ? 似合いかどうかはともかく、始終一緒にいるお前や俺を歯牙にもかけねえ女好きどもがこれからは押し寄せてくるぞ? あの押しに弱いクラエスのことだ、言い寄られてどうなるか……」

 ラルフとホッブは二人黙り込んでその先を想像した。

「……やべえ、餌に釣られるところしか想像できねえ」

「クラエス美人なのにね……色恋沙汰より食い気しかイメージできないよ」


 かといって連中の接近を警戒しようにも、四六時中クラエスフィーナにラルフが張り付いているわけにもいかない。

「どうしよう……僕たちが人前で一緒にいない方が良いのかな?」

「今さらだ、そんなの。一度そういう噂が立っちまっているんだから、もう敬遠したって意味ねえよ」

 二人が遠ざかれば環境が元に直るというものでもない。

 ホッブが眉間に皺を寄せて吐き捨てた。

「だいたいだな。よく知らん連中に勝手にダメ人間の烙印を押されて、自分の方が引きさがるってのが面白くねえ」

「それはそうだね」

「うちの学院のクズどももなんだよ! 学院一の美女クラエスを口説こうって色気を出すのが、他人が道を作った後だなんて情けなさ過ぎだ!」

「だよね!?」

 ラルフとホッブはお互い目を見て無言で頷く。


 クラエスと仲良くなったのは偶然向こうに声を掛けられたからだけど、彼女の無茶な頼みに身を粉にして協力してきた自負がある。

 それなのに何もしていない色男気取りのバカどもが、道ができる目途が立った途端にノコノコ出て来てラルフ達を押しのけようだなんて……あまりにも都合が良過ぎる了見だ。


 ホッブが吠えた。

「俺たちがクラエスを支える為にどれだけ苦労してると思ってるんだ……ハイエナどもに譲ってやるようなおこぼれはねえ!」

「そうだね。そうだよ!」

 毎日毎日牛豚鶏しょくざいに恨みを買うような日雇い仕事バイトまでして、二人はエルフの課題を応援しているのだ。遊び歩いているようなヤツらがタダ乗りしようとしているだけでも気に食わない。


 これは正統な怒り!

 モブ系男子のひがみだけじゃない! 

 ……たぶん。


ヤツらナンパ男どもにまとわりつかれたら、クラエスの研究にも影響が出るかもしれんぞ」

「それはマズいね……!」

 ホッブの意見に、ラルフも真面目な顔で頷いた。


 ちょっとこじつけっぽいけど、嘘じゃない。

 あのメンタルが弱いクラエスフィーナなら、周りがうるさいだけで調子を崩すことも十分あり得る。

「よし。ラルフ、今のうちにそいつらを潰すぞ!」

「おう!」


 クラエスフィーナの為に、余計なナンパ野郎どもを排除しなければ!


 繰り返して言うが、決して女子に縁がないモブ男子のひがみではない!

 これは狙われているエルフ少女の課題達成の為なのだ!

 二人が「男女交際にうつつを抜かすアホは死ね!」とか思ってるわけじゃない!

 ……嘘じゃないからね? ホントだよ?


 二人は拳を合わせると、さっそくクラエスフィーナを探しに立ち上がった。

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