第73話 つかの間の休実験日

 反省会と工房での相談の結果、実験機はさらに骨組みへ改造を加えることになった。工房からの提案で、運びやすいように機体を両方の“翼”と搭乗部に分割するアイデアが出てきたのだ。

「接合部を太さの違う鉄パイプで中接ぎするって発想が面白いな。これを木工でやろうと思ったらかなり太い部分ができちまう」

「鉄パイプだからこその構造ですよ。結合も鉄のピンを三本刺すだけですからね。簡単なものですよ」

 職工頭のドンキ-(ドワーフ。年齢不詳)が胸を張った。彼のアイデアらしい。


 改造の内容を聞いたラルフ達も喜んだ。

「この機体を学院まで持ってくる時は、苦労したものねえ」

 工房から学院まで運んだ時は、完成形のまま持って来たので苦労した。

「重さは大したことは無かったけどな」

「デカすぎたんだよねえ……この大きさと邪魔な形で、混んでる街路を通れないからね」

 変な形の大きな骨組みが、通行人で賑わう日中に街を横断できるはずがない。

 結局搬入は夜明け頃、人っ子一人いない時間帯に行ったのだった。

「職人さんたち四人と僕たち二人、六人がかりだったものね……大変だったよね」

「本当に大変だったのは、誘導係女子二人のアテにならなさ過ぎる指示で障害物をよけるところだったけどな……あいつら、よくアレで普段街中歩いてるな」




 その時の苦い教訓があるので、今日の返送ではもう少しモノを考えた。

 どうせ分割構造にするのだからと、先に骨組を切断してから運び出すことにしたののだ。

 職工頭が慎重に印を入れ、そこに沿って狂いが無いように職人が鉄鋸で骨組みを切断する。そのままだと邪魔でどうしようもなかった実験機も、三分割なら荷車にも載せられるサイズになった。


 荷車にクッション代わりの麦わらを敷き詰め、ラルフたちは布をはずした骨組をそっと積み込んだ。分割した各部の間にも、束にした麦わらをしっかり挟んで縛り付けた。

「試作機の返送というよりわら束の出荷みたいだね……」

「確かに見た目、九割わらだな」

 それでも、中には大事な試作機が入っているのには違いない。

 荷車は職人の一人が手綱を握って、夕焼けの中を馬に曳かれて出発していった。




 門まで見送ったホッブは、受付で退出手続きをしているドンキー氏に訊いてみた。

「パイプの中接ぎって、さすがに空を飛ぶような用途じゃ初めての試みだよな? 他の製品での実績ってどんなものなんだ?」

「ええ、この機体の骨組で成果が出れば、鉄パイプともどもあちこちに採用を働きかけようと思っているんです」

 それじゃ、と軽く帽子を上げて帰って行こうとした職工頭の肩を、ホッブが思わず掴む。

「ちょっと待った」

「なんですか?」

「もしかして……」

 職工頭の微妙にずれた回答に、冷や汗を浮かべたホッブが尋ねる。

「……中接ぎって、まだやったことないのか?」

 何の問題意識も感じていない顔で、ドワーフが朗らかに頷いた。


「だって鉄パイプ自体が実用化のめどが立ったばかりで、おたくの骨組みに採用されたのが初ですからね」


 衝撃の事実。

「それで納品の時に苦労したんで、一昨日みんなで酒飲んでいる時に『あれ分割出来たら楽だったんじゃね?』という話の流れに……」

二日前おととい!? しかも酒の席の与太話かよ!? 本当に中継ぎできるのか!?」

「大丈夫ですって」

「本当かよ」


は間違いありません!」


 どこから出るのかわからない自信に満ちた態度で職工頭は太鼓判を押すと、今度こそ道具袋を担いで帰って行った。




 顎をはずして職人の背中を見送るホッブのところへ、ラルフが駆け寄ってきた。

「とりあえず少年団には今日までの日当を渡して、三日間のお休みを伝えて来たよ。骨組が帰ってきたら、さっそく布張りと試験飛行で忙しくなるしね……ホッブ? どしたの?」

「……ああ、いや、なんでもない」

 深呼吸したホッブは遠い目をしながら踵を返した。

「じゃあ俺たちも『黄金のイモリ亭』に行くか。」

「うん」


 いまさら止めって言ったって、もう切っちゃったし。


 一から作り直す時間はないし。


 ……失敗したとしても、飛ぶのも審査で落ちるのも自分じゃないし。


 うん、仕方ない。

 バカドワーフどもダニエラ一族の怪しい計算通りに、中接ぎが成功すると期待するしかない。


「おーい二人とも、そろそろ行くぞ!」

「あ~あ、今日も仕事の時間が始まるんだね」

 ダニエラと一緒に帰り支度をして待っていたクラエスフィーナの頭を、ホッブが生暖かい目つきでポンポンした。

「頑張れよ、クラエス」

「ふえっ!? 何よホッブ、いきなり」

「なんでもないさ。強く生きろよ」

「だから何!? 何があったの!?」



   ◆



 実験機が生まれ故郷へ旅立ってしまったので、翌日は珍しくクラエスフィーナの実験関係は休みとなった。

 とはいえラルフもホッブもダニエラも、自分の学科ほんぎょうの方があるので学院には来ざるをえない。


 ラルフが研究室で導師が散らかした資料を棚に戻していると、同期のアントンがお使いで行った文書館から帰って来た。

 やけに遅いところを見るに、たぶんどこかで道草を食っていたのだろう。いつもラルフもやる手だからよくわかる。

 普段なら道草をした後は真面目を装ってすぐに作業に取り掛かるところ。だけど今日のアントンは、すぐに作業に戻らずにラルフに声を掛けてきた。

「おいラルフ、おまえ魔導学科のクラエスフィーナさんと最近よくツルんでいるよな?」

「ふふっ、まーね! サインが欲しいのなら行列に並びたまえよ?」

「クラエスフィーナさんのならともかく、おまえのサインなんているかよ」

 アントンがそうじゃなくて、と前置きしてから今拾ってきた噂を披露した。

「どうも最近、うちの学院でも浮名を流しているイケメンぶった連中がクラエスフィーナさんを口説き落とそうって動き始めてるらしいぞ」

「クラエスを?」

 ラルフはきょとんとして目を瞬かせた。

「そりゃクラエスはエンシェント学院一の美女って言われてるんだから、イケメン《クズども》が群がるのもわかるけど……でもなんで第二学年も後半の今頃に?」


 近頃抜けている所しか見ていないので忘れがちだけど、クラエスフィーナはこの学院で一番の美女(美少女?)だ。

 エルフ族特有の気品のある美しさと背が高くスタイルの良い肢体から、黙っていれば近寄りがたい神々しささえある。黙っていれば。

 またクラエスフィーナだけの特徴で言えば、スレンダーが多いエルフにしては珍しくボン・キュッ・ボンのかなりメリハリの効いた体型でもある。それがまた特に人間族トールマンからは評価が高い。だが現実味が無いほどにあまりの美人なので、誰も声を掛けられなかったはず。


「今までみんな遠巻きにしてたのに……?」

 なぜここにきて、急にアタックし始めるヤツが出るのだろう?


 疑問に思って首を傾げるラルフを、まじめな顔のアントンが指さした。

「それがよ。おまえが原因らしいぞ」


「…………はあ?」

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