第72話 荒ぶるエルフの使い方

 また毛布にくるまれているクラエスフィーナが、いも虫みたいに横倒しになって泣きべそをかいている。

「みんな私より実験機が大事なんだ……私が落ちてもなかなか助けに来なかったくせに、機体が沈むかもってなったらわらわら来るんだもん……」

 機嫌を損ねているエルフを、ドワーフが毛布の上からポンポンと叩いた。

「悪かったって。あんまりよく落ちるもんだから、みんなちょっとおまえの危機に鈍感になっていただけなんだよ」

「それ全然慰めになっていないからね!? 私それで納得なんてできないからね!?」

「そろそろ不死身のエルフって称号が付きそうだよな」

「まったく名誉じゃないよ!? 私は安全にいきたいんだよ!?」


 ダニエラのぞんざいな気休めに食って掛かるクラエスフィーナを後ろに、ホッブと少年たちは機体を調べた。

「やはり布地の劣化か?」

「ですね。四回目の使用っていうのに持ってきて、ゴムを強化したんで発射直後の風当たりが前より強くなってます。それにプラスで発射直後にクラエスフィーナさんが全力で風を当てたので、その瞬間に布へかかる風圧が強くなりました」

「あと、強制乾燥でも長時間強い風に当ててるからなあ……機体が浮くぐらいの風だから、ずっと飛んでるのと一緒だよな」

「油を滲みさせるってヤツ、役に立つと思うか?」

「布の持ちを少しはよくするかな、と」

 そこへ買い出しに行っていたラルフが戻ってきた。

「お待たせ……クラエス、どうしたの?」

 ラルフの目の前で、エルフが尺取り虫みたいにくねりまくって怒っている。

 横にいたダニエラがクラエスフィーナの代わりに頭を掻いた。

「なんか、みんなが自分の苦労をわかってくれないって拗ねちまった」

「みんながっていうか、ダニエラがね!」


 そんな怒り狂うクラエスフィーナに、ラルフがお土産を差し出した。

「はいクラエス、あーん」

「むも?」

 クラエスフィーナの口の中に骨付き鶏モモ肉のローストをねじ込むと、ラルフはホッブの方を向き直った。

「どうだい、今日の改良点はまとまった?」

「ああ、まだいろいろあるな……でかい話では正直、こんなにひっくり返りやすいと思わなかった」

 ホッブは湖を睨んで唸りを上げる。

「ここまで出来ても意外と難しいもんだな」

 ラルフがお菓子を配りながら肩を竦めた。

「焦ったって仕方ないよ。気長にやろう」

「おまえが覚えていればいいんだが」

「何を?」

「課題の審査会まで、あと四週間無いんだ」

「きりきり働けホッブ! 馬車馬のように!」

「おまえもな」




 なんでかリーダーみたいになっているホッブがポンポンと手を叩き、皆の注目を集めた。

「とりあえず実験機も骨組は無事だけど、布を張り直さないとならねえ。今日は片付けて解散、明日は修理と今日の反省会で実地試験は休もう。どうせクラエスも連日の全力発揮で明日辺り筋肉痛が出て来て動けねえだろ」

「明日動けなさそうなのは確かだけど、魔力は筋肉痛と違うからね!? 翌日出ないからって歳ってわけじゃないからね!?」

「クラエス、うるせえ」

「はーいクラエス、栄養補給しましょうね」

 ラルフが骨付き肉をもう一本クラエスの口に押し込み、黙らせている間にホッブがダニエラと骨組担当ダスティンを呼ぶ。

「ダニエラ。明日おまえはダスティンとエンジェルジジイの鍛冶場に行って、水面にうまく着水した筈なのにひっくり返った件の改良ができないか相談して来い」

「了解!」

「あどけない声で『助けて、オジちゃん!』を忘れるなよ?」

「うるせえ」


 ホッブの指示が終わったところで、みんなで手分けして機体や道具を運び始めた。

 それを見て自分も“馬”どだいを一つ抱えたラルフの袖を、クラエスフィーナが引く。

「あの、ラルフぅ……」

「ん? なんだいクラエス?」

 美貌のエルフは上目遣いに、潤んだ目でラルフを見つめた。

「私の分のお菓子は?」



   ◆



「しかしあれだけ疲れているクラエスをこの時間まで働かせるとは、ホッブも鬼だね」

「本人が筋肉痛じゃねえって言ってるじゃねえか。それに、どうせ明日はアイツは休みみたいなもんだ。今日ギリギリまで働いたって罰は当たらねえよ」

「明後日起きて来れればいいけどなあ」


 夜道を「黄金のイモリ亭」から帰りながら、ラルフとホッブはちょっと空きっ腹を抱えていた。さすがに居酒屋の深夜勤務を終えてからなんて、もう外で買える物は何もない。

「少し払ってでも、オヤジになんか分けてもらえばよかったな……」

「うちに寄って行くかい? 簡単な物なら出すよ」

「出てくるのはどうせ、おまえんトコ特製の賞味期限切れのパンと味のねえスープだろ?」

「バカ言え。消費期限越えてる粉で作るだけで、パン自体は出来立てだぞ? 味のないスープって、そもそもあのダシだけ出ている液体をスープと言っても良いものか……」

「ご丁寧に解説ありがとよ。いかにもマズそうな説明のおかげで、空腹感が引っ込んだぜ」

 相変わらずまともに灯りもない下町の黒く浮かぶ街並みを見ながら、ホッブはラルフに尋ねた。

「なあラルフ」

「なんだい?」


「おまえ、どうしてクラエスを手伝うことにしたんだ?」


 ホッブは思いのほか、まじめな顔をしている。

「どう考えたって自分の学科の勉強より大変だし、時間も取られてるだろ? 毎日他人の実験手伝って、こんな時間まで足りない研究費を稼ぐ……こんな真っ当な人間みたいなボランティア活動、どう考えたっておまえのガラじゃねえだろ」

「おまえ僕の評価低すぎない?」

「事実じゃねえか。授業中ノートも取らねえで寝てるだけの男が、心を入れ替えたってこんな真似は出来ねえだろ」

「そういうホッブこそどうなんだよ」

 呼吸をするように罵詈雑言が出てくる友人に、ラルフがおまえは何故と聞き返す。

「俺か? 俺は……乗り掛かった舟だからかなあ。巻き込まれたとはいえ、手助けしといて中途半端で見放すのは嫌いなんだよ。野良猫だって飼うかエサをやらないかの二択だろ?」

「ホッブはゴツイ外見のわりに猫ちゃん好きだよね」

「うるせえ! ってか、巻き込みやがったのはおまえだろ。俺は無視して帰ろうって言ったのに、クラエスのデカいアレに誘われてついて行きやがって」

「おいおい、聖なる小高き丘きょにゅうだけが理由じゃないぞ?」

「ケツもか」

「そっち方面から離れろ、ペドフィリア国ロリコンの高貴なる血族エリートめ」

「おまえまさかっ、兄貴の会報誌を購読してるんじゃないだろうな!?」

「嗜好が正反対なのに、わざわざ金払ってまでして読むかよ。セドリックが辻説法しているのに出くわしただけだ」

「あのバカが!? 引きこもりのくせに、なんでそういう行動力はあるんだよ!? 一発焼き入れとかねえと……!」

 家に向かって駆け出すホッブを見送り、ラルフは頭を掻いてポツッと呟いた。

「……動機こっちの話はもう良いのかな?」

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