第71話 失敗を繰り返せ!

「うーん」

 湖を睨んでホッブが唸った。

「ここまで出来ても意外と難しいもんだな」

 相当に(幼年学校生が)練り込んだつもりだったけど、五号機も細かい不良点は次々出てきた。



   ◆



 クラエスフィーナがトチッて、斜め上の角度を六十度ばかり間違えて跳ねあがった第一回。

 同日の第二回は、エルフの体力切れで百メートルぐらいで池ポチャ。

「まさか突然魔力が切れて急角度で湖に突っ込むとはねえ……」

 ラルフがぼやく通り、実験機はしばらく水平飛行ができていると思ったら……限界を超えたとたんに機首を急に落として一気に墜落……機体は湖面へカワセミが魚を見つけたかの如く急降下、派手に水柱を吹き上げた。

 さいわい上下がさかさまにはなっていなかったので、クラエスフィーナは自力で固定ベルトをはずして“翼”の上で救助を待つ余裕があったのは救いだ。


 この日はもう二回目の乾燥をなんとかやってやらせて、後は立つこともできないエルフをダニエラが研究室に寝かせて放置して終了。

「結局得られた教訓は『仮眠用に布団を用意する』だけだったな」

「それな!」

「それな、じゃないよ! それ課題と何にも関係ないよ!」

「寝違えを治してから物を言え、クラエス」




 明けて翌日の三回目は、途中までは二回目よりもマシだった。

 倍ぐらい飛んでヘロヘロと高度を落とし、目標の半分ぐらいで湖に落ちた。そこまでは良い。

 機体はゆっくり降下して浅い角度で水面に接触したので、軟着陸? に成功したと思ったら……骨組の下部が水面にやや深く沈んだ途端。

「キャーッ!?」

 クラエスフィーナの悲鳴とともに、いきなり前転して裏返しに。

「いきなりどうしたんだろう!?」

「とにかく救助だ!」


 何が起きたのか?

 慌ててラルフ達はボートで救助に向かった。

 さすがにこれだけ遠くで落ちると、生粋のバカダニエラも走って助けに行こうとは思わないらしい。率先してボートに乗ってオールを漕いでいる。

「クソッ、現場が遠すぎる! 間に合うか?」

 ホッブが焦りと共に憂慮を滲ませる。

 今日は一緒に乗っているラルフが、「もしかして」と呟いた。

「なあ、ホッブ」

「なんだ!?」

「落ちてからボートを出すんじゃなくて、沖合で待機した方が良いんじゃ……」

「それだ!」


 墜落現場に駆けつけて四人がかりで機体をひっくり返すと、幸いエルフは生きていた。

「大丈夫か、クラエス!」

「うん……なんとか」

 ダニエラに引き上げられたクラエスフィーナは、今日は意識もはっきりしていた。

「うう、ラルフが付けてくれた非常用の呼吸できる装置を思い出して、何とか助かったよ」

「へえぇ……そんな物を発明したのかラルフ」

 感心したダニエラに見られて、照れ臭そうにラルフが頭を掻いた。

「うん、思いついただけで実験もして無かったんだけど。うまく使えて良かったよ」

 ラルフは搭乗者が寝そべった時に、顔が来る辺りを指し示した。前は無かった管がくくり付けられている。

「このホースが機体の下まで行っていて、先端に水の上に出るように豚の膀胱うきぶくろが付いているんだ。長さは五十センチあるかどうかなんだけど、これを咥えれば機体がひっくり返って搭乗者が水没しても息だけは吸える」

「あー、なるほどなあ」

 ベンジャミン技術担当がその部品をつついてみた。

「見たこと無い素材ですね。これ、何でできているんですか?」

「豚の腸」

「おい、なんか急にクラエスが気絶したぞ!?」

「酸欠が今頃来たか!? 早く陸へ戻るぞ!」




「うう、次にひっくり返ったら頑張って息を止めて、ベルトをはずして脱出するよ……」

 クラエスが涙ながらにぶつぶつ言いながら、機体に風を当てて乾かす。

「ラルフだってあり合わせの物で頑張って作ったんだぜ? 命あっての物種だろ?」

「それは分かっているけど!? ラルフは生体部品に頼るのはどうにかした方が良いと思う! 絶対!」

「膀胱、腸と来て次は胃袋か?」

「やめて!」

「つっても、靴やカバンを作っている皮だって似たようなもんじゃねえか」

「部位が違うよ!」

 ダニエラに言われても納得しかねているクラエスフィーナに、機体の具合を見ていたホッブが声を掛ける。

「そろそろ良さそうだ。クラエス、次行くぞ」

「もうクタクタなんだけど……明日にしない?」

「おまえの研究だろ。それに乗れるのはおまえしかいないんだ。欠陥を拾い出すまで、もうちょっと頑張れ」

「ううう……」


 ラルフは少年たちと布地の湿り具合を見ている。

「この程度の濡れ方だったら、次行っても大丈夫かなあ?」

 聞かれたダスティン工作担当が首をひねる。

「そうっすねえ……ラルフの兄貴、布に逆に初めっから軽い油を滲みさせておくのはどうっすか? 水をはじくし、そうすれば引き上げた後も布のコンディションが変わらないんじゃ?」

「それいいね! ……てか、『ラルフの兄貴』とか言われると照れるな。ジュレミーの兄さんとかで」

「了解しやした、ジュレミー様のお兄様!」

「……ねえ。うちの妹、学校でどう思われてんの? 何をやらかしてんの?」



   ◆



 三回目のフィードバックは今すぐできるものでもないので、解析は後にしてラルフ達は四回目を飛ばすことにした。

 その決定に、一番焦っていなければならない筈のエルフが不満たらたらだ。

「ねえ、三回目の分析も終わっていないのに、四回目を飛ばしても……」

「戦訓のことは気にするな、クラエス」

 ダニエラが乾き具合を見ながら適当に返す。

「クラエスが機体を操る腕前も怪しいんでな。制御に慣れるための回数稼ぎで飛ばすことにしたんだわ」

「ぐっ……!?」

 そう言われると何も言えず、エルフはがっくりと肩を落とした。


 発射台カタパルトに機体を運ぶと、先に来て取り付いていた少年たちがなにやら自慢げに台を指さして来た。

「発射台の方も少し改良を加えときましたよ!」

「えっ、ホント?」

「今までゴム二本でしたけど、三本に増やしても大丈夫じゃないかということで能力を強化しました。飛び出した時の飛距離と速度が少し稼げるので、いくらかでも楽になると思いますよ」

「わあ、助かる!」

 少しでも楽になると聞き、喜ぶクラエスフィーナ。

「おいこらクラエス、楽することばっかり考えるな」

「一回全力で飛んで、三十分の乾燥機代わりだよ!? それだけでもうクタクタなのに、もうワンセットやらされる身になってみてよ! あー、早く終わらせよう……」

「わざと落ちるなよ?」

「当たり前じゃない。それこそ無駄な努力になっちゃうよ」

 そう不平を言うエルフを載せた実験機は……三十秒後にまた急角度で落ちた。




 派手な落ち方は陸からも充分見えた。


 ダニエラがつぶやいた。

「クラエス、よかったな。おまえの希望通りワザとじゃないけど早く終わったぜ?」

 ラルフが目をごしごしこする。

「なあホッブ。僕の目には、“翼”の布がはじけ飛んだように見えたんだけど?」

「はじけ飛んだって言うより、裂けた、だな。どう思う?」

 話を振られたベンジャミン技術担当が、腕組みしながら唸り声を上げる。

「あの布、元々消耗品の袋を作る為のもんなんだろ? 四回飛ばして、耐久力の限界が来たんじゃ?」

「あー、それかあ……」

 皆で思い思いに考え込んでいると……。

「あの、上向きにまっすぐ落ちたんで安心してるみたいですけど……」

 エステバン細工担当が恐る恐る声を掛けた。

「ん? どうした?」

「布の抵抗が無い分、骨組が簡単に湖へ沈んじゃうんじゃ……」

 ホッブたちは無言でお互いに顔を見た。

「……急いで回収に向かうぞ!」

「機体は無事か!?」

 大騒ぎになった。

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