第66話 ある家族の肖像

 を任され悲鳴を上げるラルフの肩を、悪意たっぷりの笑みでホッブが嬉しそうにお叩いた。

「俺は酒が回ってきたところでエンジェル爺さんを口説くって、ひっじょーに重要な役目があるからなぁ。その日はラルフ、おまえが一人で裏方ブッチャー頑張れよ」

「ホッブ、友達じゃないか!? こういう時は協力しなくちゃ!」

「友達ならうまく分担して頑張ろうぜ。なにしろ、のおかげでどれもこれも重要な仕事だからなあ?」

 おまえが他人にしわ寄せを押し付けたばっかりに……と暗に言われ、ラルフは悔し涙を飲んで引き下がった。後ろで呑気に他人事だと思っているドワーフを振り返る。

「くっ、仕方ない……僕がちゃんと教えてやるからな、心配するなダニエラ」

「あたしが食肉処理班うらかたに!? なんだよ、そのとばっちりは!?」

 いきなりお鉢が回ってきて素っ頓狂な叫びを上げるドワーフに、ラルフが指を二本突き付ける。

「ダニエラ……フリフリドレスに幼女プレイで自分の叔父さんにお酌するのと、牛豚相手にタマの取り合いするのとどっちがいい?」

「究極の選択過ぎんだろ!? えらべるかぁ!」

 これでも花も恥じらう「女子」学院生、ちょっとどっちも選べない。


 頭を抱えたダニエラが背中に気配を感じて振り返ると、死んだ魚のような目をしたクラエスフィーナが虚ろに笑って親指を立てていた。

「いい、ダニエラ。選択肢っていうのはね? どっちを選んでも最悪なチョイスしか無いんだよ。そして最悪だと思っても、その次の選択肢を見れば下には下があるってすぐにわかるの」

「クラエス、慣れ過ぎだ!」

「退学・都落ちか、貴方たちの暴走に目をつぶるかって究極の選択ロシアンルーレットを毎日している私の気持ちを良く味わうがいいよ!?」

 仲違いをしてギャアギャア喧嘩している臨時従業員ラルフたちを見て、「黄金のイモリ亭」のオヤジはウンウンと頷く。

「青春だなあ」

「そういうもんっすかねえ」

(普通に喧嘩しているようにしか見えないけどなあ)

 おバカな学院生のやる事も親方の言う事も、思春期がまだこれからの丁稚ハンスにはよくわからなかった。



   ◆



「家族ねえ……」

 ホッブは「黄金のイモリ亭」の仕事から帰る夜道でボソッと呟いた。


 今日は懸案事項だった骨組の問題が一気に改善へと進んだ。

 ついでにダニエラの家庭の事情でも盛り上がった。

 そういう意味では実りのある日だった。


 確かに親父の兄弟の名前ネタは強烈だったし、ダニエラ父の種馬スタリオンぶりは興味深かった。

「でも、笑える話だから良いじゃねえか」

 ダニエラが訊いたら猛抗議しそうなセリフを吐き、ホッブは家に入った。

「うちは笑えねえからなあ……」

 ぼやきながら二階に上がったホッブは、自室の隣を覗いてみた。


 暗い部屋で手元のランプだけをつけ、神経質そうな若い男が夢中で原稿を書いている。耳をすませば、ボソボソ呟いている独り言も拾う事ができた。

「……したがって、暗愚な執政府の政策に何ら期待はできない。我々真に社会を憂う同志は自らの実践を持って先鞭をつけ、諸君ら無知蒙昧な大衆にあるべき世界の姿を……」

 ホッブは一つため息をつくと、絶賛引きこもり中の兄の背中に声を掛けた。

「大衆が無知蒙昧だって言うんなら、持って回ったように偉そうな文章を書くんじゃねえ。相手のレベルに合わせて宣伝文の一つも書けねえバカしかいねえから、お仲間が全然増えねえんだろうが。紙とインクと灯油の無駄だから、さっさと寝て朝から仕事を探しに行け、バカ兄貴」

「なっ、ホッブ!? おまえにはこの崇高な使命を広く愚民どもに知らしめんとする高尚な傑作の良さがわからないのか!? あー、我が弟ながら愚鈍に育ってしまって……家の内でさえこれでは、革命の征途の長さが思いやられる」

「現実の見えねえテメエに愚か者扱いされる覚えはねえよ! 内容の問題じゃねえんだよ! 聞かせる相手に合わせた説法も考えつかない、テメエの知能の低さを自覚しろって言ってんだ、タコ! そもそも親の脛かじって運動家ごっことか、恥ずかしいと思わねえのか!」

 兄貴、引きこもり兼革命家(自称)。

「そ、それを言ったらおまえだって親の脛かじりだろ!?」

「俺は学院生だからいいんだ!」

 自慢にはならない。

「俺だって八年生だ!」

 自慢げに言ってはならない。

「兄貴……学制のシステム替わったの知ってるか? 留年込みだと六年で卒業資格までこぎつけないと退学になってんぞ、今。八年目が許されるのは、助教の席が空くのを待ってる研究生だけ」

「な、なにぃ!? ……くっ、執政府による弾圧がついにここまで!」

 悔し気に拳を握って膝をつく兄に、白けた顔のホッブが横に手を振る。

「いや、そんな御大層なもんじゃねえから。多分兄貴たちの活動なんか、官憲に知られてねえから。知ったってまともに取り合いはしねえよ……『地平線の探究者ギルドペタリズム推進同盟』だっけ?」

「おまえは我々を変態だと思っているのか!? そんな物と一緒にするな! 我らは誇り高き『ペドフィリア国ロリィタの円卓騎士団愛好運動』だぞ!」

 社会的には大差ない。しかし違いの分かる兄は弟の見識にしきりに憤激する。

「体格ばっかりでかくなりやがって、社会の変革に身を投じようという意義も理解できないとは……兄として情けないぞホッブ!」

「やかましいわ!? 天下国家を論じる前に、自分で明日の食い扶持を稼げよ引きこもりニート野郎!」

「世界を正す大義の前に、食費の出どころは問題では無い!」

「地に足をつけろって言ってんだよ、行間も読めねえのかバカが!」

 ますますいがみ合う声が大きくなり、掴み合いになりそうだった兄弟喧嘩は。

「何時だと思ってやがんだ! 夜中にうるせえぞバカ息子ども!」

 罵声の大きさに起きて来た、父の介入で水入りとなった。



 印刷業者エバンス氏は、不肖としか言いようのない息子二人を床に座ら正座させて頭痛を感じるこめかみを押さえていた。

「まったくおまえらは……アホのセドリックもセドリックだが、ホッブ、お前も時間を考えろ」

「だってホッブがよ」

「兄貴がさ」

「うるせえ!」

 二人のちょうど中間ぐらいの体格のホッブ父は、苦虫を噛み潰したような顔で口髭を撫でている。

「いいか、これだけはキチンと言っておくぞ」

 ピッと指を二人に向けると、父親は傲然と息子たちへ言い放った。


合法ロリ巨乳母ちゃんと結婚した俺は勝ち組」


 一瞬黙った息子二人は、好対照の反応を見せた。

「なんでだ!? なんで親父だけそんな良い思いを……!?」

「俺をテメエらと一緒にすんなよ!? なんでうちはロリコンの家系なんだよ!?」

「どうだおまえら、真似できるか!? 父の偉大さにひれ伏すが良い! ハハハハハッ!」

 兄は床を叩いて泣き崩れ、弟は歪んだ我が家に諦念を滲ませる。勝ち誇った高笑い(近所迷惑)をする父と悔しがって号泣する(これも近所迷惑)兄を見ながら、ホッブは長々とため息をついた。

「ダニエラの家なんか、うちよりよっぽどマシだよな……」

 家族の相克に、隣の芝が羨ましいホッブだった。

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