第67話 続々と仕上がってくるのにスタッフが追いつかない

 やはり“生命の根源エロと酒”は強い。ラルフたちは思い知った。


 ラルフたちの前には骨組みだけとはいえ、完成した実験機が据え置かれている。

「本当に一週間で仕上げてきやがった……」

 呆然と呟くホッブに、ダニエラ叔父エンジェルさんは高笑いを見せた。

「ハッハッハッ! 職人てのはな! 一度口に出した以上は、必ず納期までには仕上げるもんじゃ、舐めるな! ガハハハハハハ!」

 この仕事のおかげでよその納期は全部ぶっちぎったわけだが。

 鍛冶屋の親方エンジェルちゃんは軽く咳ばらいをすると、ホッブをじろりと見上げた。

「時にオメエ……約束の方は忘れちゃいねえだろうな?」

「もちろんすよ。明日の晩に予約をねじ込みます」

 しっかり見返りを確認して来るドワーフたちにホッブは胸を叩いて報償を約束し、クラエスフィーナの肩を叩いた。

「というわけで、しっかり接待しろよ?」

「あの、お運びさんウェイトレスだけだよね? それ以上はないよね?」

 グダグダ訊いて来るエルフを放っておいて、次にホッブはニヤニヤ笑いながらラルフの背中をどやしつける。

「おまえの仕事かいたいも忙しくなるからな?」

「ちゃっちゃか(説得を)片付けて、すぐに手伝えよ!? いいな!? 精神力をゴリゴリ削られる仕事なんだからな!?」

「知ってる」

 ラルフの罵声とも悲鳴ともつかない泣き言を後ろに、最後にホッブはダニエラの頭をポンポンした。

「んで、おまえは今のうちに覚悟を決めとけよ? 実の叔父と知りあいばっかの集団相手に、『ダイスキ! オジちゃん!』をやる覚悟をな?」

「わ……わかってらい……」

 宴会ロリ芸の恥ずかしさに血涙を流し、ダニエラが絞り出すような口調で答えた。




 エンジェル工房の作った“翼”の骨組は、二次元スケッチ上での概念でしかなかったアイデアを見事に立体化していた。

 それでいて“鉄パイプ”を使用している為、見た目に反して重さはラルフとホッブがいれば持ち運べる程度の重さしかない。

「この骨組にあの布だったら、作業小屋から会場まで運ぶのも問題ないね!」

「ああ、これなら最初の奴より軽いぐらいだ。よし、布を張ってみるぞ!」


 みんなでデカい布を広げ、完成予想図スケッチを見ながら骨組に当ててみる。少しずつ角度をずらして一番効率が良いところで布を裁断、端を裏側に巻き込む感じで布をかぶせ、デカい針で上下を縫い合わせる感じだ。

 何人かで布をできるだけ引っ張って、ピンと張った状態で二人が針糸を持って作業を進めていく。

 ラルフは布を力いっぱい引きながら、目の前を一定のリズムで横切っていく針を感心して眺めた。

「凄いなあ……君たち縫物まで出来るんだ!」

「デカい模型作る時はこういう布の張り方もするっスから。小さいのは糊で貼るけどな」

 縫うのは設計図担当のコーリンともう一人。

 ラルフやホッブには当然こんな真似はできない。たとえ模型で空飛ぶヤツを昔作った事があるとしても、二人ともそもそもが不器用だ。

「前の縫い目に重なるように半分戻して縫っていくんだね」

「こうすると単純に波型に縫っていくより、布が引っ張られた時に破けにくいんですよ」

「へええ!」

 目を丸くして感心したラルフは、隣で布を持つホッブに目を輝かせて話しかけた。

「凄いよねえ、ホッブ。この子たちこんなことまでやれるんだねえ」

「ああ。だがこっちにはもっとすげえもんがあるぞ」

 両手が使えないので、目を丸くしたホッブが顎をしゃくって指し示した。


 そこではであるところの、運針するエルフの姿があった。

「見ろよ……クラエスがマトモに縫物してやがる!?」

「うっそっ!? 本当に!?」

「二人とも、私を過小評価し過ぎだよ!? お母さんに仕込まれているし、一人暮らししているんだからね!? 民族衣装バイトの服だって私が自分で仕立て直したじゃない!」

 プンプン怒るエルフに、ラルフとホッブは……。

「いやあ、だってあれは……」

「仕立て直したっていうか、布にばらして間を紐で繋いだだけじゃねえか」

「一晩で着られるようにするにはあれしかなかったの! 直す腕が無いとかじゃないよ!」

 憤慨するクラエスフィーナは頬を膨らませている。

服を着られるように仕立て直せるだけでも、なかなかの技術なんだからね!」

「……腕はともかくよ、クラエス。あれはからだろ?」

「縮んだの! しばらく着てなかったから! 絶対! 多分! おそらくは!」

「本人がドンドン疑問形になっていくのはどうなんだよ……」




 “翼”に布を張り終わったところで、機体の細かい部分は幼年学校生が三人残って仕上げに入る。

 残りの二人と学院生の四人は、もう一つ用意した装置の方の検分にかかった。そう、発射装置の方だ。

 アベル君リーダー格が、用意できた木製の土台を説明してくれる。

「推力を得る方法が魔法を使った自力式に変わったので、発射台で速度高度を稼ぐ必要が無くなりました」

 彼らが用意した発射台は、以前工造学科の実験で見た物より格段に単純だった。

「簡単に言えば、実験機が空中に飛び出すところまでやれればいいんです」

 装置の作動準備を少年たちが二人がかりで準備するのを見守りながら、ラルフは横のホッブに囁いた。

「簡単に言えばって言うけどさ」

「おう?」

「飛び出すところまでやれば良いって言われても……前の理論と何が違うのか、さっぱりわかんにゃいんだけど」

「知ったかぶりしねえのは褒めてやるが、聞かれたらバカにされるから口に出すんじゃねえ」

 ホッブ自身はどうなのかは言わない。そう、口に出すべきではない。


 彼らの用意した発射台は少し斜め上を向いた角材レールに、逆T字の足が付いている。レールの上には溝が掘ってあって、その中にゴムバンドと巻き上げる為の爪が入っていた。

「前に聞いた工造学科の先輩の実験機、僕らもキャロル湖に行って見てきましたが……アレはできるだけ太いゴムバンドで、あの大きな板の塊をできるだけ遠くへ投げるのが目的でした。なので限界まで強い力をくわえるので、衝撃や振動も大きいみたいです」

「ほう」

「なるほど」

「そうなんだよなあ」

 ラルフとホッブ、ダニエラは分かったような相槌を打っているけど……もちろん三人とも、そんな細かい所まで理解できる頭はついていない。ただゴムで飛ばしてる、と思っただけだ。

 クラエスフィーナの何か言いたげな視線が三人の背中に突き刺さる。


「だからあれだけ大掛かりでないと、発射装置が衝撃でひっくり返る恐れがあるんでしょうけど……今度作った我々の装置は発想が違います」

 確かに使っているゴムバンドも、先日買ってきた物を二本しか使っていない。力ははるかに弱そうだ。

「こちらは空に浮かんでしまえば、後はクラエスフィーナさんが自分の魔法で推力を得ることができます。発射台の役割は空に飛び出る勢いをつけるだけになるんです」

「ふーむ」

 真面目な顔で頷いていたラルフは、アベルの説明が終わったところで口を開いた。

「ごめん、お兄ちゃん言葉だけで説明聞いても混乱するんだ。発射台の方で説明してもらってもいい?」

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