第64話 ホッブさん、出番ですよ
二人の言い争いを受けて、ダニエラが胡乱な目つきで
「いっそ暇な他の鍛冶屋に作ってもらうとか」
「オメエもドワーフのくせして職人仕事をなんだと思ってやがる。金物作るのに時間がかかるのは当たり前だし、どこだって設備を遊ばせねえように
ダニエラがサンプルをいじくり回す。
「……鉄板丸めるだけじゃねえの?」
「このアホは学院まで行って何を勉強してんだかな……一本だけなら何とでもなるんじゃ。何本繋いでも歪みが出ないように、手触りでもわからんレベルにまで
まさか勉強してないとは言えないダニエラは、墓穴を掘らないように黙り込んだ。助教に毎回連行されて、多少は頭が良くなったらしい。
ホッブが図面と「鉄パイプ」を見ながら、ざっと工程を考えた。
「鉄パイプを専門で作る班と曲げが必要な部分のパイプを加工する班、組み立てをする班で分業はできませんかね? それなら同時に進められる」
「そりゃ早くなるだろうが、工房全員を一つの仕事に投入するなんて真似ができるわけねえよ」
エンジェル老人は否定した後にさらに付け加える。
「そもそもその体制に入るまでに、どれだけ前の仕事を片付けないといけねえと思ってる」
「そうかあ……」
「どうしたらいいんだろう?」
うーん……と考え込んだ若者たちは全員同時に何かを思いついたらしく、一斉に顔を上げた。
「バックレちゃえば?」
「四人で考えて全員その答えかい」
見事にハモッた四人の答えに、エンジェル氏でさえ顔をしかめた。
ラルフがいやいやと手を振りながら老技術者の説得にかかる。
「〆切っていうのはゴムバンドのように伸びるモノだって、昔の偉い人が言ってたような気がしますよ」
「ゴムバンドが最近の出来物じゃねえか」
「追い込まれると新たな才能が開花するらしいですよ?」
「追い込まれねえように仕事を進めんのがマトモな職人ってもんだ」
「ちょっとぐらい期限に遅れたって、何とか受け取ってもらえるものですよ。僕だって様々な泣き落としの技術を駆使して、長期休暇の課題を納期遅れで教師に納品したものです」
「それでオメエはこれだけボンクラに育ったんか」
取りつくしまがない。
お手上げになったラルフは汗を拭きながら、ホッブにバトンタッチした。
「このオジサンときたら、ああ言えばこう言うんだから……話にならないよホッブ」
「おまえに言われるんならよっぽどだな」
ラルフに替わったホッブは、職人の自尊心に訴えかける方向で説得を試みた。
「せっかく作った
「だから持ち込むのが土壇場過ぎるんだっての。話としてはおもしれえが、抱えている注文を後回しにしてまで手伝う義理はねえや」
「そこをなんとか! 〝翼”の布の一番いいところにでっかく広告入れますから!」
「職人仕事は製品でPRするもんだ。広告で客を集めるなんて邪道だぜ」
「が、頑固ジジイ……」
何を言っても通じないドワーフにホッブが次の手を考えあぐねていると、ダニエラがホッブを脇に押してズズイと進み出た。
「おお、珍しく自信満々だぞ!?」
「ああ……と言ってもなあ」
ラルフとホッブは顔を見合わせた。
「ダニエラがこの顔の時はだいたい失敗するんだよな」
「ああ、全く当てには出来ない」
「うるせえっ! きこえてんぞ!?」
勝算がありそうなドワーフの態度は揺るぎない。
「ふっ。あたしに任せろ」
「……手があるのか? ダニエラ」
「あたしゃ姪っ子だぜ? 叔父貴の弱点はお見通しよ」
ずずいとダニエラはエンジェル氏の前に出ると……両手を組んでお願いポーズを取って、うるうるした涙目で叔父に迫った。
「おじちゃぁん、ダニエラ一生のお願いィィ……あ痛ぁっ!?」
ダニエラはちょうど手元にあった
「くっ……『黄金のイモリ亭』で鍛えたあたしの〝ロリパワー”が効かないなんて……!」
「おまえそれ、叔父に通用して嬉しいか?」
「この際使えるものは何でも使うしかねえだろ!?」
ホッブとダニエラが言い争う横で、ダニエラの
「幼女プレイ……『黄金のイモリ亭』……効かない……何でも使う……」
「どうしたラルフ。何かアイデアが見つかったか?」
「うん……もしかしたら、だけど……当たりか分からないけど、試してみる!」
「お? おお……」
ホッブが見守っていると。
ラルフはクラエスフィーナの手を引いて端に行き、何やら相談……というか説得を始めた。
(……というわけで……頑張ってよ)
(え、でも……こういう場で……)
(これしかないんだクラエス! だから……)
(ふぇええ……なんで毎回こんな……)
ボソボソ喋る二人。ややあってクラエスフィーナがカバンを持って物陰に入って行き、ラルフが前で待っている。
「ホッブ、どう思う?」
「ラルフの発案てのとさっきの呟きを考えりゃ、まあ何をするかは分かるわな」
「でも、あたしの必殺は通用しなかったぞ?」
「だから逆方向で考えたんだろ」
ホッブとダニエラがコソコソ話していると、いい加減相手が面倒になったのかエンジェル叔父貴がじろっと睨んで来た。
「もう話は済んだじゃろ。わしも忙しいんじゃ、とっとと帰れ」
「いや、もうちょっと! もう少し待ってくれ叔父貴。今とっておきを出すから!」
「どこの素人酒場だ、オメエは。話は済んだ、うちの工房は仕事が詰まっていてどっちにしたってオメエらの話は受けられん」
「そう言わずに! もうちょっとだけ考えてよ」
「くどい! できねえってのは確定だ、ひっくり返ることはねえ!」
キレてダニエラにそう宣言するエンジェル氏。
踵を返し、もう若者たちを相手にせずに持ち場に帰ろうとするドワーフ……の前に、ギリギリ間に合ったクラエスフィーナが駆け寄った。
「黄金のイモリ亭」の制服で。
「オジ様、ちょっとお話を聞いて下さい!」
クラエスフィーナが必死のお願い。
「あの、ホントにそちらにはご迷惑な話だと思うんですけど! それでも私、他に頼めるところが無くて……」
ちょっとパニクりながら身振り手振りを入れて説明しようとするクラエスフィーナ。
だけど聞かされている方は、揺れまくる肌色をガン見で話なんか聞いてない。
「なんて言ったらいいか分からないんですけど……あの……」
クラエスフィーナが言葉に詰まり、涙目になってダニエラと同じお願いポーズになる。
「オジ様、お願いです……他に頼れる人がいないんです! どうか、協力して下さい!」
そこへヒョコっと顔を出したラルフが口を挟む。
「機体制作にご協力いただければ、無事完成の暁にはクラエスがこの格好で
「ルイス! ハモン! ウルリヒ! オメエら手分けしてお客さんへ納期遅れを詫びに行って来い! やむにやまれぬ事情でしかたなく、ってな!」
「へい親方!」
「がってんだ!」
「ダッシュで行ってきます!」
「他のもんは工程を考えて得意な手順ごとに班分けじゃ! 一挙に同時進行で一週間で引き渡すぞ!」
「おおっ!」
「そして一日でも早く
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
「半分分かっていたとはいえ……」
「さすがドワーフだね。酒と女が何より最優先だよ」
予想通り過ぎる逆転劇に、何とも言えない顔をしているクラエスフィーナとダニエラ。
ラルフとホッブは扱いやすいさにウンウンと頷いている。
「昔から言うよね。ドワーフ殺すにゃ刃物はいらぬ、酒と女があればいい」
「なんつーか……ある意味ブレねえよな、ドワーフってヤツは」
「だってダニエラの親戚だよ」
「ちげえねえ」
「あたし、今のところで関係あったか!? 一々あたしの名前を引き合いに出すんじゃねえよ!」
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