第63話 ダニエラの叔父
ダニエラはこのオッサンの事を叔父貴としか呼んでいない。
姪のダニエラならともかく、まさか無関係なホッブが叔父貴なんて呼ぶわけにいかない。
ホッブは慌ててラルフに視線を飛ばす。
(おいラルフ、このオヤジの名前なんだ!?)
(ダニエラも言ってなかったよ!?)
あたりまえだ。ホッブが知らないのに、同じく初対面のラルフが知っている筈がない。
(外の看板……ダメだ、鍛冶屋のマークしか出てないよ!)
(こんのアホドワーフが……!)
床を転がっているダニエラに一発蹴りを入れたい気持ちを押さえ、ホッブは必死に頭を回転させる。
向こうが声を掛けたホッブに気がついている以上、長くは間を空けられないし話をしないわけにもいかない。
(うまくなんとかごまかしてよ! 詭弁で飯食ってる法論学科だろ!?)
(これはどう考えても法論学科の仕事じゃねえよっ!?)
それでもなんとかコンマ数秒でごまかす方法を脳内でまとめると、ホッブは握手を求めそうなくらいにかしこまって腰を折った。
「ご挨拶が遅れました。俺、ダニエラと一緒に課題の研究をしているホッブと言います。宜しければ、お名前を伺っても……?」
礼を尽くして挨拶からやり直す作戦!
ダニエラが叔父貴の名前を言い遺さないで逝った(まだ生きてる)以上、相手に名乗ってもらって滑らかに本題へつなげるしかない!
しかし。
なぜか足元で転がっているダニエラが、頭を押さえつつもホッブのズボンの裾をぐいぐい引いた。まるで制止するかのように……。
おかしな動きをするダニエラに視線を向ける暇もなく……ホッブを下からギロリとねめつけたダニエラの叔父が、不機嫌な顔のままでぶっきらぼうに答えた。
「エンジェルじゃ」
名乗りからホッブの返答まで、ちょっと間が空いた。
「……はっ?」
「わしがダニエラの叔父のエンジェルじゃ」
ちょっと無言で考えたホッブは、慇懃な態度のまま恭しく尋ねた。
「大変失礼とは思いますが、名前の由来なんか教えてもらっても良いですか?」
ダニエラの叔父も、どう転ぶか判らない表情のままムッツリと答える。
「生まれ落ちた時、
「なるほど」
ホッブはよく判りましたと頷くと、そこにあった金属製の火消し壺を振りかぶり……後ろで爆笑しているラルフに投げつけた。
ウギャッ!? と悲鳴が上がるのを確認してから向き直る。
「ありがとうございます。将来俺に子供ができた時、歳を取った後の事も考えず浮かれて
「おう、オメエの肝に免じて話だけは聞いてやるわ」
ホッブは四号機の運命と、新設計の五号機(仮)が骨組みが作れないという部分を細部を端折って簡単に説明した。
「……その為に、金属で骨が作れないかと思って伝手を探してこちらに伺ったわけです」
「なるほどな」
エンジェル氏は細長い喫煙具に煙草の葉を詰め、炎が剥き出しになっている卓上ランプで火をつけた……いや、炉の種火らしい。鍛冶屋にとっては神が宿るとまで言われる神聖な火の予備を、煙草の着火に使っていいんだろうか……?
客が気にしているのも知らず、聖火で一服つけたベテラン職人はゆったりと語りだした。
「木材は曲げに弱い。部材が大きくカーブする部分を、湯気で曲げた木材から作り出すなんて芸当もあるそうじゃが……そこまで荷重がかかる物に使うのはまず無理じゃろうな。だからと言ってオメエらのように直線同士を継いでは、絶対にそこが弱点になる。力が加わった時に、真っ先に破断するだろうな」
「そうなんです」
同意するホッブに続き、復活したダニエラも雰囲気に呑まれて後ろでビクビクしているクラエスフィーナも、ダニエラ叔父の指摘を聞いて頭を縦にブンブン振る。
「かといって、金属では重いんじゃないかと言う指摘も出ました」
「そりゃそうだ」
ラルフが横からヒョコっと頭を突っ込んできた。
「何かいい手がありませんかね?」
エンジェル爺はまだ火がついてて熱い煙草の先端でラルフの額を突く。
「ぬおおおっ!?」
「近いわ」
叔父さん、初対面のガキにも容赦ない。
老練の鍛冶職人は特に考えることもなく、後ろの工房へ向かって大声で叫んだ。
「おいルイス、オメエの作った『パイプ』を持ってきてくれ!」
「へいっ、親方!」
若いらしいが見た目判別できないドワーフの職人が、一本の金属の棒を持って来た。受け取ったエンジェル氏はそのままホッブへそれを渡す。訳が分からないながら受け取ったホッブは、持ってすぐに違和感に気がついた。
「これは……穴が開いてる!?」
ホッブに渡されたのは棒では無くて筒だった。
ごく薄い……と言っても数ミリはあるけど……外皮の中は空洞になっている。
木製や紙製の円筒は見た事があるけれど、金属でそれを実現したのは見たことがない。
端を持って反対側を自分の掌に叩きつけてみるけど、振った時も掌に当たった時も、金属筒の表面に皺が寄ることはなかった。
「これ、凄いぞ……金属の強度はあるのに、重さは全然ない!」
思わず呟くホッブに相変わらず不機嫌ヅラのまま、エンジェル氏が工房の徒弟を指した。
「コイツが開発した『鉄パイプ』じゃ。薄くなるまで叩いた鉄の板を、最終段階で木の丸棒を包むように叩いて曲げて行くとできるんじゃ。実用化に成功したばかりよ」
ホッブの持つ物はサンプル品らしい。
「長さは一メートルほどまでしか作れんが、連結も可能じゃ。木と違ってある程度は後からでも、熱を加えて縦方向にも曲げられる。繋いだ痕を炙れば加工後にくっつける事も無理では無いし、ビスを打って繋ぎ目を固定すれば木材と違って釘割れする心配もほぼ無い」
「完璧じゃないっすか!?」
「これなら、複雑な新型機も作れるんじゃない!?」
「待ってる幼年学校の皆にもいい報告ができるよ!」
おおっと盛り上がる若人たち……に、相変わらずの仏頂面で工房の長は釘を刺した。
「ちなみに、今欲しいと言われても生産開始までに二週間かかる」
「……二週間後まで、受け取れないんですか?」
「違う」
エンジェルジジイは噛んで含めるように間違いを正した。
「作り
ジジイはホッブが広げた図面を指でなぞった。
「図面の通りに複雑な形に加工して、この形で納品しろと言うなら……何人かで分業しても、二か月ほどはかかるんじゃねえかな」
「それじゃ遅いよ!?」
ラルフが指折り数えた。
「二か月後じゃ審査が終わっちゃってるし、そもそも出来た物を飛ばして不具合を確認して修正が必要だろ? だとすれば初回納品はもっと早くじゃないと……」
時間が足りない。全然足りない。
ダンッっと激しい音が立つ。
ローテーブルに両手を突き、エンジェル氏にラルフが迫った。
「なんとか
ズズイと迫ったラルフの額に、エンジェル氏の火掻き棒が炸裂した。
「あ痛ぁっ!?」
「まずい顔を近づけるなと言うてるに」
床を転げまわるラルフを放っておいて、老職人は悠々と新しい煙草に火をつける。
「納期を縮められるかどうかの話以前に、今抱えている仕事もあるんじゃから現実問題取り掛かるまでに二週間かかるわ」
「そこを何とか! 他の注文なんかちょちょいと片付けちゃって、すぐに取り掛かってよ!」
「それで片付けば、初めから納期なんてねえんだよ。金属加工舐めんなボケ」
納期の壁。
とんでもないモノが四人の前に立ちはだかった。
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