第62話 ダニエラが……役に立つだと!?
「で、どうなんだよ?」
ホッブの再度の問いに、クラエスフィーナが自信なさげに手を挙げた。
「なにかこう……凹面側に、広がらないように支えを入れたら? 部品から部品へ、細い紐を渡すとか」
つっかえ棒をしようというクラエスフィーナのアイデアは、消極的ではあるが悪くはない。ただ……。
「クラエスの考えも一理あるんだが。その四号機の折れた箇所、凸面側がもっと曲がった結果なんだ。だから、求めているのは逆側になる」
「うっ……」
今度はラルフがしゃしゃり出た。
「じゃあさ、もう完全に今の木材でまずいって言うなら……骨の素材を変えてみるとか? 木よりも形の自由度が高い物……金属?」
「それはコイツらも考えた」
自分が、とは言わないホッブ。
ホッブが顎をしゃくると、
「僕らも金属で作るのが一番だという話にはなりました……ただ、そうするにはいくつか問題が」
少年が指を折って数え始める。
「まず第一に、重くなるんじゃないかということ。どんな金属かにもよるんですが、外見が同じ大きさなら金属の方が重くなるだろうという話になりました。僕らも詳しくないので何とも言えないんですけど」
強度はあるけど、全く同じサイズで作ったら、たいてい金属の方が重くなる。
「次に、その金属で骨組みを作る事が僕らではできないこと。木材なら僕らでもやれますけど、鍛冶仕事になるとさすがに……そもそも鍛冶場が必要になるんじゃないでしょうか」
「そうかぁ……」
提案したラルフも唸った。
「そうしたら、また新しくジュレミーに(幼年学校生の)手配を頼まないとか……君たちの友達に誰か、『鍛冶仕事が趣味で剣や農機具を作るのが三度の飯より好きなんです』って友達いない?」
「まてラルフ、どこで探してくる気だ」
「違うの? だってうちの工造学科はもう人手が無いし、よその学院に伝手なんか無いよ? 父さんの知り合いにも鍛冶屋はいないしなあ」
少年たちも顔を見合わせる。
「さすがに鍛冶好きなんて、うちの学年にいないよな?」
「趣味でマイ鍛冶場持ってるなんてヤツ、学校で聞いたことねえよ」
妹の伝手では難しそうだ。ラルフも提案はしたものの、心当たりが出てこない。
アベル少年が、もう一つ難しい理由を上げた。
「それと、これも重要かと……僕らも経験ないんで分かりませんが、金属の加工って時間がかかるんじゃないでしょうか? これ一機分の骨組を作るって、結構な仕事量ですよね」
あの“ダニエラ号”がダニエラ一人で一日でできたのは、構造が
今回壊れた四号機は九人がかりで五日かかっていて、それでも部品は完成に近い既製品を加工して作っている。金属で一から専用の部品を作るのに、ソレだけで何日かかる事やら……。
「……手詰まりか……」
ホッブが苦り切った顔で呟いた。
どう考えても金属で作るのは無理そうだ。
「何か金属で無い素材で、思い通りの形と強度に作れないものか……」
「そう言っても、そんな都合が良い素材なんて無いよ」
手詰まり。
そこまで思考が行ったところで……思いがけないところから提案が出て来た。
「ヘイヘイヘーイ!」
見ればダニエラが勢いよく手を挙げている。
ホッブがノリノリのドワーフに目を止めた。
「ダニエラ」
「おうよ!」
「おまえも水場で顔を洗ってアルコールを抜いて来い」
「酔って騒いでるわけじゃねえよ、アホッ! あたしの出番だって言ってんの!」
ホッブはダニエラと並んでいるラルフやクラエスフィーナと顔を見合わせた。
「おまえの出番なんてどこにあるんだ、設計図も書けないダニエラ」
「酔っ払いはだいたい自分は酔ってないって言うんだよ?」
「ダニエラのおうちに鍛冶場なんてないじゃない」
「三人とも、見当違いなコメントしてる場合じゃねえだろ」
ダニエラが胸を張った。
「このあたしをなんだと思ってやがる。ドワーフのダニエラ様だぜ?」
何を言い出すんだろうと注目する八人に、ドワーフのダニエラ様は自信満々に宣言した。
「ふっふっふ……何を隠そう、あたしの叔父貴が王都で鍛冶場を経営してるんだぜ!」
鼻高々のダニエラを見ながら、しばらく沈黙する仲間たちとお手伝い組。
しばらく黙っていたホッブが、首を傾げながら言葉を捻り出す。
「……確かに助かるが……おまえが自慢げに言う話か、それ?」
「あれっ?」
意外な低評価にダニエラが目を丸くしていると、他の面々もボソボソ囁き始める。
「確かにドワーフの親戚辿ればどこかに鍛冶屋はいるか」
「ダニエラのおじさんでしょ? どこがおかしいのかな?」
「なにか想像もしてなかった部分で落とし穴がありそうだ」
「この姐さんのおじさんだろ? また仕様図書けない鍛冶屋とかなのかな?」
「鍛冶屋をやっているのと、まともな製品を作れるのでは話が違うしな」
「おいおいおいおいおい、ちょっと待てテメエら!」
親戚までまとめて疑義が呈されている現状に、思わずダニエラが立ち上がって力説する。
「叔父貴はもう三十年も王都で鍛冶屋やっているんだぞ!? 仕事は間違いねえって!」
「……それもそうか」
ホッブが顎を撫でながら考え込んだ。
確かに昨日今日始めたような商売でなければ、ちゃんと客も付いている鍛冶屋なのだろう。
まだちょっと疑いの残った顔で、ホッブはダニエラに尋ねた。
「それで? オチはなんなんだ?」
「オチなんかねえよ!」
◆
ダニエラの叔父の鍛冶場は、音もうるさいので王都でも外れの方にあった。
言っていた通り年数を感じさせる工房で、あちこちに完成品や作りかけの工程の物が所狭しと並べられている。きちんと信頼のある仕事ぶりみたいで、注文はコンスタントに来ているらしい。
ダニエラの叔父と言うわりには、工房の主はそこそこ年のいってそうな外見のドワーフだった。兄弟の歳が離れているのかもしれない。
作業の手を止めダニエラの話を聞いている老ドワーフは黙ったまま、元から気難しそうな顔をさらに歪めて姪っ子の説明に耳を傾けている。
「……ていうわけなんだよ。叔父貴、手を貸してくれ」
ダニエラが最後にそう結ぶと、半身で鼻の下に拳を当てて聞き入っていた叔父は身じろぎした。
「……ふむ」
そしてやおら身を起こすと傍に置いてあった火掻き棒を手に取り、
「ただでさえ注文が詰まってんのに、いきなり持ち込まれた仕事なんかすぐにできるかバカモンッ!」
ダニエラの頭を一発ぶん殴ったのだった。
頭を抱えてのたうち回るダニエラを見ながら、ラルフとホッブは難敵に唾を飲み込んだ。
「これはまた、相当なモンだな……」
「全くだね。あれだけみんなにガンガン殴られていて、なんでダニエラは頭が大丈夫なんだろ?」
「だから小難しいことは覚えられないんじゃねえのか……じゃ無くてだな。姪っ子を平気で鈍器で殴るジジイをどう説得する?」
苦りきるホッブに、ラルフはビッと親指を立ててみせる。
「バカだなあホッブ。こういう時の為にうちのエースがいるんじゃないか」
「エース? いる? 誰だよ?」
「行けホッブ! 法論学科の外道なトーク技術で丸め込んで見せろ!」
「無理じゃねえかなあ? バカだそうだからなあ?」
下げたり上げたりのラルフに向かっ腹を立てているホッブを、ラルフが不思議そうにしげしげと眺めた。
「何言ってるんだよ。こういう時ぐらい役に立たないと、本当に無駄飯喰らいの粗大ゴミだぞ?」
「テメエにだけは言われたくねえわ」
しかし確かに説得となると他に人材もいない。少なくとも
大きくため息を一つつくと、ホッブは側頭部をガリガリ掻きながら老ドワーフに向き直った。
「あー、えーと……」
声を掛けかけて、ホッブは大事なことに気がついた。
……このオッサンの名前、訊いてねえじゃねえか。
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