第61話 解決法で解決するための技術力が解決してない件

 素敵な・・・一夜が明け、昼の世界が戻ってくる。

 付近一帯を騒がせた変態と悪夢は、夜の闇と衛兵と共に去って行った。


 そんな朝から、丸半日が過ぎた午後も遅い時間。

「ったく、せっかく推進力を見つけたから明るいうちに研究したかったのに」

 ぼやくホッブに、憂鬱そうなダニエラが抗議した。

「無茶言うんじゃねえよ。あんなトラブルがあって徹夜したんだぞ? 元気なのは無神経なおまえだけだ」




 一人だけ興奮していたホッブは学院が開いたらすぐに研究室へ行こうとしたのだけど、他のメンバーがそうはいかなかったのだ。

 結局昼間は疲れ果てて寝て、再度集まったのはいつも通りの授業が終わる時間だった。


 ダニエラは目の下にクマができ、疲れ切った顔をしている。そんなドワーフにホッブは眉をしかめた。

「おまえこそ何を繊細ぶっているんだ」

「あたしの方が普通だろ!? あの変態の一番の被害者はあたしなんだよ!? ふらふらでやっと下宿に帰って布団に潜りこんでも、精神的にやられていて全然寝れなかったんだよ!」

「あー、それでそんなにひどい顔してるんだ……」

 ドワーフ同様、顔色の悪いクラエスフィーナが「分かる分かる」と深く頷いた。

「一睡もしてないの?」

「いや、さすがにちょっとは寝た。まったく寝ないのも今日の打ち合わせに支障があるからな。秘蔵の火酒強いヤツを二本ラッパで飲んで、さっきまで意識を飛ばしてた……そしたらなんか、逆に頭が重くてよう」

「私の共感を返してよ、この二日酔いめ」


「おまえの方はどうよ?」

 日中ほぼ寝ていて多少回復したっぽいラルフが、ホッブに声を掛けられて寝ぐせのついた頭を振った。

「いやあ、参ったよ。今日は大事な会議だから、朝飯をガッツリ食べて英気を養おうと思ったんだけどさ」

「それが?」

「起きてすぐに『首絞め野ウサギ亭』にモーニング食べに行ったら、今日に限って終わってたんだよねえ」

「水場に行って、寝ている頭が起きるまで顔を洗ってこい。起きたのが昼過ぎでモーニングがやっている筈無いだろ」

「……おおっ!」

「おまえな……いや、ラルフだもんな。これで平常運転か……」




 まったく役に立たない同期生たちを放っておいて、ホッブは回収された四号機の残骸を調べている幼年学校生たちを振り向いた。

「どうだアベル、壊れた箇所は?」

 下請け監督リーダー格が振り向いた。

「ホッブさん、これちょっと深刻かもしれないです」

「ほう?」

 アベル少年が〝翼”の始まる所とクラエスの乗る搭乗部の継ぎ目を示した。

「ここのつなぎ、模型の時は問題なかったんです。でも実機は壊れたんですよ」

「それって、つまり……」

 横からひょこっとダニエラが覗き込んだ。

「想定よりクラエスが重かったから?」

「ダニエラ!? 根も葉もない冗談ばっかり言ってると、お仕置きだよ!?」

 余計な口を挟んだダニエラの横っ面を、クラエスフィーナが裏拳で張り飛ばす。

拳で一番固いところ中指付け根で殴んな!? 根も葉もあるだろ!? 男子に言えない重さ●●kgのエルフめ!」

 ドワーフに馬乗りになって殴りつけているエルフも放っておいて、ホッブは少年たちと模型を手に円陣を組んだ。

「実機になったら壊れた。理由に心当たりは?」

 その部分を作った工作担当のダスティン少年が、模型に使った余り部材を持って来た。

「これなんすけど、模型は実機の予定サイズの十分の一ジャストになるように作ったんすよ。」

 模型と実機用の部材を並べてダスティンが問題箇所を指す。

「模型じゃ小さすぎて構造もチャチにしか作れねっすから、実機は添え木とか補強とかも入れて頑丈に作ったはずだったんす」

 それについてはホッブも同感だ。周りもウンウン頷いている。

「んで、問題はっすね。おそらく部材の強度に問題があるかと思うんす」

「部材の強度?」

「実機の桁材に使っている木を細く削り直して、十分の一の細さにしたヤツを模型に使いました。寸法は合わせたんすが、木の密度・・は当然十分の一にできねえです」

「サイズを合わせるのと、木の硬さまで十分の一にするのとは訳が違うって事か」

「そう考えると、模型と全く同じ構造では間に合わねえんじゃねえっすかね」

 木材をカットして寸法を合わせるのと、木材自体を伸縮させて十倍なりにするのでは話が違う。

「じゃあ……実機ではもっと太くしないと、同じ強さにできないって事か」

「それじゃ、重すぎますよね……」

 ホッブの呻きに、アベルリーダーも眉をしかめた。下手すりゃ最初の実験に使ったダニエラ号ナンバー外と同じになってしまう。




「ちょっと他の件を先にするか」

 皆で唸っていても良い案が浮かばないので、ホッブは次へ話を進めた。

「それで、今日集まってもらった時に話した推進方式の事なんだが……どうだ、機体の設計をそれに合わせたいんだができるか?」

 話を聞いた後にスケッチを描いていたコーリン設計担当が手を挙げた。

「それそれ。私、検討したんですけど」

 持っていたスケッチを広げる。

 平面図に描かれているのは、〝翼”の形が猛禽類みたいに肩の張りだした前寄りの形になったもの。

 その横に描かれている断面図では翼の前縁が下に折り返して袋状になっている。Jを伏せたような断面だ。

「テントウムシの硬い上羽根みたいな、後ろから風を受けるのに特化した半深皿型も考えたんですけど。進んでいくと前からの空気もぶつかってくるから、それはスムーズに流しちゃいたいんだよね」

 コーリンは指で図の〝翼”付近をなぞり、前からの風を受け流すさまをシミュレートする。

「それでね。こういう形に〝翼”を作れば……前からの風は切り裂き、後ろからの風はきっちり受ける、両側の事情に対応できるモノになるんじゃないかなと」

「なるほどなあ……」

 これも風洞実験をしてみないと判らないけど、アイデアとしては充分良さそうだった。


「これについて、みんなはどう思う?」

 ホッブが幼年学校生たちを見回すと、先ほど素材の問題を提起したダスティンが手を挙げた。

「この設計、さっき描けた時にも皆で相談したんすけど……」

「おう」

「壊れた四号機より、さらに骨組みの造りが立体的っていうか、曲がり方が複雑になるんすよ」

 ホッブにも次に言いたいことが読めた。

「結局これも、今のままの木材を使っていたら無理って事か」

「うっす!」

 いや、力強く返事されても……。

 ホッブは居並ぶ面々の顔を見回した。

「……誰か、何か手を考え付かないか?」

 そう言われても、少年たちもヒントがあれば既に誰かが言っている。ホッブを含めた六人が、その先が無くて無言で立ち尽くした。




「と言うわけでだ、バカども」

 ホッブが学院生の正規軍バカどもを眺めまわした。

幼年学校生たちジュレミー・ボーイズでも良さそうな打開策が出てこないので、念のためにおまえらにも何か少しでも使えそうなアイデアが無いか……無駄足と分かってはいるが、藁にもすがる思いで聞いておこうという話になった。誰か、小さなことでもいいからヒントになりそうなネタが無いか?」

「ホッブ、一軍と二軍が逆転してるぞ」

 クラエスフィーナやダニエラと一緒に床に正座させられているラルフが不平を言ってくるけど、そんなことはホッブだって百も承知だ。

「実際に役に立たねえんだから仕方ねえだろ。推力だって結局は変態のオッサンが考えてくれたようなもんだし」

「肝心のチームリーダーがこっちにいるんだけど。それに変態のオッサンは楽しんだだけで、別にボクらの為に考えてくれたわけじゃないじゃん」

「結果的にはヒントをくれたんだ。予算で無駄飯食いをしているおまえらより、変態の方が貢献しているじゃねえか」

 そういうと、木の床に直に座らさせられているラルフは居心地悪そうに身じろぎした。

「ところで、なんで僕ら正座なの?」

「苦痛を感じる事で少しでも早く頭をシャッキリさせろって、俺の素敵な親心だよ。早く解放されたかったら、さっさと何かアイデアを出せ、クズども」

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