第59話 前向きな反省会

 いつも呑んでいた「黄金のイモリ亭」が今の期間プライベートで利用しにくいので、クラエスフィーナの研究チーム四人は別の店へとやってきた。

 今日来た「ものぐさ狼亭」はリーズナブルな値段が売りの串焼き屋。「黄金のイモリ亭」ほどじゃないけど学生が利用しやすいので人気がある。


「というところまでは聞いたことがあるんだけど、こういうお店とは知らなかったな」

 ラルフが火ばさみで火種を広げながら周囲を見回した。

「俺も連れてこなかったからな。ポンコツのエルフとドワーフが泥酔すると危ないかと思って」

 ホッブが薪を足しながら応じた。


 二人が座ったベンチの前には焚火が燃え盛っている。

 レンガで囲まれた砂地の上に客が自分で薪をくべ、火を起こし、頃合いになったら網を置いて生の具材を刺した串を並べる。テーブルがあるべき位置でファイヤーしているので、取り皿や飲み物は座っているベンチの上に置く。店員はカウンターで追加の串や飲み物を売るだけだ。調理がセルフサービスだから安いのである。

「これ、生で食っちゃったらどうなるんだろう?」

「自己責任だってカウンターにでっかく書いてあるぜ。注意書きを客が読めると思っている辺り、なかなかハイソな店だろう?」

「むしろ客が読めなくたって、『うちはちゃんと注意しました!』って言い逃れる為の役人対策な気がするな」

「どっちだって構わねえよ。ちゃんと中まで火が通ったか確認してから食えよ?」

 二人がそんな話をしているうちに、食材を選びに行っていたクラエスフィーナとダニエラが戻ってきた。

「お待たせ! 食材を先に買うってシステムが面白いね、このお店!」

「値段も安いんで、思わず買い過ぎちまったぜ」

 ニコニコ笑う二人のトレーの上は、


 肉。


 肉。


 肉。


「予想通り過ぎて、ちょっと笑っちゃった」

「コイツらが学院に入ってもう二年目なのに、浮いた話もねえ理由が再確認できたわ」

「どしたの?」




 第一弾を網の上に並べて一息ついたところで、ホッブがほぼピンク色の網の上を眺めながら切り出した。

「網の上に目一杯並べたのに買ってきた物がまだ半分も載せ切れていねえってところに、ブタどもの体重が重い理由が垣間見えて興味深いが……まあそれは置いといてだ」

「置いとくなら、なぜわざわざ言及したの?」

「かなり完成に近づいたと思った四号機が、まだまだ改善点が多いと判った。骨の構造については正直俺たちじゃサッパリだから、明日ガキどもを交えて改めて検討するしかない」

 ホッブは一回言葉を切って、火に近い辺りをひっくり返した。ラルフとホッブでバンバン薪を追加してあったので、火力はかなり強い。ホッブが返した分はすでに焼き色が付いている。

「ラルフ、火が強すぎるぞ! 火種を散らしてまんべんなく当たるようにしろ!」

「こんな並べると思わなかったんだよ! 表面だけ焼けたヤツ、一回取り皿に逃がすぞ!?」

「焼くのに忙しくって、ミーティングどころじゃないね……」

「ホント、男どもは呑気でいいな」

「そもそもお前の領分工造学で失敗連発しているから反省会をしてるんだろうが! 他人事みたいに言ってんじゃねえ!」


 とにかく網の上をあらかた腹の中に入れてから、第二弾を小出しに焼きつつホッブは反省会を再開した。

「複雑な推進装置を作れないってのは決まっているんだから、とにかくクラエスの風魔法をなんとか使える方向に持って行くしかないんだが……しかし、何ができる?」

 クラエスフィーナが赤身肉を食いちぎりながら上目で難しい顔をした。

「他のチームの結果で、地面にぶつけるのは高さを維持し切れないって結論が出てたよね……後ろに向かって風を出すのも、手ごたえが無さ過ぎて効率が悪いし。上と前は意味が無いよねえ……」

「聞けば聞くほど役に立たねえな、魔法」

「ジャンプぐらいには使えるよ! 後はぁ……基本的に魔法って、術者のいる位置が動かないって前提で習うしねえ……何か発想の転換が必要だよ」

「それが何かだけどな。ダニエラ、おまえは何かないか?」

「そうだなあ……」

 何杯目か判らないジョッキを空けながら、ダニエラは泡が付いた唇をペロッと舐めた。

「逆に考えてさ。クラエスの他に大量にエルフを雇って、下から飛んでるクラエスに風を当ててもらうのはどうだ?」

「どこにそんな数のエルフがいるんだよ……」

 前提条件が突飛すぎて、ホッブのツッコミにも力が無い。

「そもそも助教が言っていただろ? 自らが推力を出さないと認められないんじゃないかって」

 ホッブの反論を受けて、ダニエラも言い返す。

「でも飛んでる自分から風を出したって、ぶつけるのに手応えのある所が空のどこにもねえじゃねえか」

「それはそうなんだけどよ……ラルフ、おまえはどうだ?」

「それなんだけどさ、ホッブ」

 ラルフはまじめな顔で、持っているジョッキを指した。

「なんか今日、酔いが回るのが早い気がするんだけど」

「俺は今、そんな話はしていない。っていうか、おまえはいつだってべろべろに酔っぱらってるじゃねえか」

「いや、いつもの『気がついたら足腰が立たなくなっていた』ってアレじゃなくて」

 ラルフが真面目な顔で斜めになっている。

「真正面から酔いを感じるんだけど」

 ラルフの角度に合わせて自分も頭を斜めにしたダニエラが、ラルフを上から下まで眺めた。

「アレじゃね? これだけ焚火に近くって、熱いから水物がぶがぶ飲むじゃん? んで、『黄金のイモリ亭』の酒と違って真っ当なエールだから、酔い方が火照りから始まると」

 そう言いながらダニエラがベンチにそのまま横向きに転がった。

「かくいうあたしもさっきから……」

「てめえもか!?」

 ため息をつきながら頭を押さえたホッブは、ふとさっきからエルフが静かなのに気がついた。

「クラエスは……はっ!?」

 ラルフとダニエラがアルコールをがぶ飲みしている間に、クラエスフィーナは黙って串焼きを次々と片付けていた。

 その勢いはクルミをかじるリスの如し。

 彼女の頬袋もリスの如し。

 ホッブのあっけにとられた視線に気がついたクラエスフィーナは……手に持った一本を食べ切り、勝負師プロの顔で指についたタレを舐め取った。

「ホッブ、呑気に喋ってる時間はないわよ? お肉を最高に美味しく食べられる頃合いは一瞬なんだからね。そのタイミングで素早く冷めないうちに食べてあげる……それが肉喰い・・・の心意気ってもんじゃないの!?」

「おまえの心意気も方向を間違えたまま突っ走ってんじゃねえ!? ……ダメだこいつら、酒が入ると真面目に会話が続かねえ」

「そもそもホッブの場所チョイスが間違ってるからじゃん」

「寝てろダニエラ」



   ◆



「こういうお店も面白いね! また来ようよ!」

「反省会はまったく進まなかったがな……真面目な話の時はやっぱりやめとこうぜ」

 滅多にできないセルフ串焼きバーベキューを堪能し、酒もがぶ飲みした四人はふらつきながら外へ出た。つまりいつも通りに呑み過ぎた。

 店を出ると強いぐらいの夜風が吹きつけてくる。

「うわー、涼しい!」

「火照った顔に冷たい風が気持ちいいね!」

 上機嫌のクラエスフィーナがくるくる回り、路上で楽し気にステップを踏む。完全に出来あがっている。今日もラルフの家にお邪魔することになりそうだ。

「クラエス、はしゃいで転ぶなよ!」

「らーいじょーぶよぉー」

 ラルフが注意するも、はしゃいでいるクラエスフィーナは聞いてない。多分そのうち転ぶだろう。


 ラルフとホッブも彼女の感じる爽快感は判らないでもないので、苦笑しながら立ち話を始めた。

「……酒だけじゃなくて、焚火に当たっていたからなのもあるよね」

「まあ、あれは熱かったな……」

 ラルフとホッブが上着も脱いで涼を楽しんでいると、一人遅れて出て来たダニエラが興奮しながら話しかけてきた。

「おいおい二人とも、ちょっと耳寄りな話を聞いたぞ! またこの店来ようぜ!」

「あ? それはいいけど……お得情報って何よ?」

 ダニエラが鼻息荒く報告する。

「他所には無いお勧めってないか? って訊いたらよ。なんでも裏メニューで、〝生で食えるほど”新鮮な牛レバーもあるんだってよ。素材が良いから塩とゴマ油だけでイケるって! 〝生で食える”って二回言ったけど、なんでそんなことをくどく言ったんだろう?」

「……ダニエラ、それは〝魚心あれば水心”ってヤツでな……とにかく、意味が判らねえオコサマが手を出すもんじゃねえからな? というかなんで俺らの行く店って、やたらとグレーゾーンに突っ込みたがるんだよ……」

「どした?」


 本気で判らないダニエラと、ダニエラと店の両方で頭を抱えているホッブ。その様子を笑ったラルフが先行したクラエスフィーナを振り返ると……ふらつくクラエスフィーナの前に、ちょうど黒いコートの男が立ち塞がったところだった。

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