第58話 跳んだ先の落とし穴
「まあ、なんだ……とにかく飛べばいいんだよ……」
そういうホッブの背中がたそがれている。
「珍しくホッブがしょげてるな」
「袋屋のおじさんに論破されたからね」
「たまにはいい気味だわ」
「テメエら、コレで飛ぶのがクラエスだって忘れてねえよな……?」
とにもかくにも、実際に喰らえすフィーナが登場するフルサイズの実験機が完成した。
その機体の前で、ダニエラがしげしげと眺めている。
「どしたのダニエラ?」
「いや、なんつーか……なんか、華奢すぎる気がしねえ?」
ラルフも横に立って、同じように眺めてみた。
「形が複雑になったから、骨が細く見えるんじゃないの?」
「そう……なのかな?」
いまいち納得していない様子のダニエラ。
その肩をホッブが笑いながら叩いた。
「心配すんなよダニエラ。作ったのは幼年学校の連中だぜ? うちの学院のバカどもじゃねえんだ」
「いや、それホントは逆じゃね!?」
「そう言わせているのがオマエだろうが」
そして期待して迎えた風洞実験。
……二回目の悲劇再び。
「おいクラエス! しっかりしろ!?」
「だ、大丈夫……今回は上に乗っていたから」
期待をかけた四号機は初め安定して宙に浮き、危なげなく綺麗に風に乗るかに見えた。
……しかし。
「よーし、秘密兵器を試してみよう!」
ラルフの怒鳴り声に頷き、クラエスフィーナが左手で空気抵抗板の作動紐を引く。
そして引いた途端……急に機体が斜めを向き、姿勢を戻す暇もなく数秒後に中央付近がポッキリ。
クラエスフィーナの乗っていた辺りがポッキリ。
「大丈夫か!?」
墜落した機体に駆け寄り、ラルフがクラエスフィーナを抱き起す。扇風機を漕いでいたホッブとダニエラも慌てて駆け付ける。
幸いクラエスフィーナが地面に落ちた時、機体が下にあったので床に叩きつけられることはなかった。
だから身体的にはケガはなかったのだけど……。
「やっぱり私、重いの? 二度も翼が折れちゃうぐらい重いの……?」
エルフは精神的にダメージを負っていた。
「ああクラエス、しっかり……そうだ、助教!」
しゃがみ込んで壊れたあたりの部品を調べている助教に、クラエスフィーナを抱えたラルフが呼びかけた。
「助教からも一言お願いします!」
「ん?」
「『クラエスは重くない』って!」
「……墜落の原因じゃなくて、そっち? それは今重要な事なのか?」
助教は集まった四人に、〝翼”と搭乗する胴体部分の接合部を指し示した。
「原因はこれだな。翼に仰角を付けた事で、角度が変化する部分の取り付けがかなり難しくなった。元々構造的に弱い所へもってきて、翼の空気抵抗板がいきなり作動して進路に対して斜めになっただろう? 負担が急に重くなって、限界を超えてしまったな」
ラルフとホッブ、クラエスフィーナが一斉にダニエラを見る。
「なんだよ、おまえら?」
「いや、小難しい話になったからダニエラが理解できたかどうか不安になって」
「今の話ぐらい分かるわ! おまえら、なんで毎度毎度あたしをバカにすんの!?」
「なんでって……実績?」
「ダニエラが積み上げた信頼の黒歴史だからなあ」
「あたし泣くぞ!? 泣き喚いて良いんだな!?」
クラエスフィーナが手を挙げた。
「あの……斜めになった事で瞬間的に負担がかかったのは分かったんですが……」
「うむ? それで?」
「なんで斜めになったんですか? 原理から言って、カーブして曲がる筈では……?」
「それで考えると、あんな急に斜めを向く動きにならない筈なのでは……?」
理論の説明を受けた助教も頷いた。
「その考えはなるほど、確かにその通りだね。だが、ここは模擬的に宙を飛ばしているので環境が違う」
「環境?」
助教は機体の前と上から張られたロープを指した。
「それは何も支えのない空を、自力で推力を確保して進んでいる場合の話だな。ここの飛ばし方は安全の為にロープで前から引いているから、風に乗る凧に近い。引っ張られている形で抵抗を片側だけ増やしたんだ、ロープで繋がれたところを基点に斜めになるのは当たり前だ」
「じゃあ、有効に空気抵抗板を使うには……?」
「引っ張られるんじゃなくて、自ら前に進む必要があるね。そして課題を考えれば、本番では牽引を認められないだろうから自力推進をしないとならん」
助教の分析を四人は嚙みしめた。
しばし、沈思黙考の後。
「そうだった……おいラルフ、推力の研究をやってなかったぞ」
「そう言えばそうだね……そうか、そんな問題もあったっけね」
「君たち……本当に課題をクリアする気はあるのか?」
◆
研究室に帰って来たクラエスフィーナは打ちひしがれていた。
ラルフがぐったりしているエルフにそっと声をかける。
「大丈夫だよ、クラエス」
「ラルフ……」
「僕は重くないと思うよ! むしろちょうどいいぐらいじゃない!? 背丈もあるんだから気にしない方がいいよ!」
「体重の話はいいの! 今はそれどころじゃないの!」
クラエスは重ねた手の甲に額を載せて、はぁ~っとため息をついた。
「途中から推力の事が全く頭から抜けてたよ……そうだよぉ、そこを何とかしないと、また全然前に進まないで魔力切れを起こして墜落じゃない……」
私ダメだ……なんて言い出すエルフに何と言おうかラルフが頭を悩ましていると、ダニエラがクラエスフィーナの肩を優しく叩いた。
「心配すんなよ、クラエス」
「ダニエラ……」
「みんなおまえの間抜けっぷりは知ってるんだからさ。今さらこの程度の失敗、気にしないって」
「私はダニエラじゃないよ」
ダニエラとクラエスフィーナが取っ組み合いの喧嘩を始めたところで、腕組みして黙って座っていたホッブが口を開いた。
「みんな落ち着け」
「落ち着いてないのはクラエスだけだぜ」
「うるさいよっ!」
「だから聞けってばよ、バカども」
ホッブが四号機の図面を広げた。
「推力に充てる風魔法をどのように使ったらいいのか、機体の構造を強化するのはどうしたらいいのか、これはそう簡単に解決しないだろう」
ホッブの意見に、他の三人も頷いた。
「それはそうだね。僕らに何とか出来る事じゃないよ」
「うん……機体のもろい所はホントに何とかしたいよ……何も思いつかないけど」
「あたしらで考えても、ロクな考えが出てこないもんな」
学院生のメンツも既にどこかへ置き忘れて来た三人の賛同に、ホッブも首肯する。
「技術的な点は明日ガキどもも集めて、善後策を相談した方がいい。今日今から招集するには時間が遅いし、それになにより……」
「なにより?」
「四号機が成功すると思って、『黄金のイモリ亭』の手伝い休みにして呑みに行く予定を入れちまってた。バカが集まってムダな知恵を集めるより、今日は飲み会を優先しなくちゃならねえ」
……。
「それは重要だね!」
「この機会を逃すわけには行かねえな」
急に元気になるラルフとダニエラ。
「みんな……呑む時ばっかり元気だよ……」
己を忘れない仲間たちに、一人焦るエルフは思わずジト目になるが……。
「クラエスは行かねえのか?」
「行くに決まっているじゃない!」
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