第6章 試行錯誤、ときどき百鬼夜行

第57話 順調な滑り出し

 模型の風洞実験は搭乗方式の違いに関係なく、どちらも良好な成績を収めた。

「強い風でもうまく乗れているね! グラグラする様子が無いよ!」

 初めて実験を横から見るクラエスフィーナが嬉しそうに叫んだ。

「やっぱり上手くいくと嬉しい?」

 その様子が微笑ましくて何気なく聞いたラルフの頬を、クラエスのほっそりした指が……力いっぱいひねった。目つきが怖い。

「当たり前でしょ!? 上手くできてるかどうかは、直接私の命に関わってくるんだからね!」

「言われてみればそうでした……」


 並んで眺めていた助教は、糸を縦横に張った計測具をかざして翼の振動を眺めていたが……満足そうに頷いて器具をしまった。

「ふむ、これは今までの三回と格段にレベルが違うな」

 助教の評価もかなり良い。扇風機から降りて来たダニエラが、ガッツポーズを見せつけた。

「どうっすか助教! あたしらも本気出せば、これだけの物ができるんすよ!」

「うむ。設計者を変えたのが奏功したな」

 バレている。

「い、いやいやいやいや! あたしの才能が開花してっすね……」

「バカを言うな」

 ダニエラの釈明を言下に切り捨て、助教が鼻を鳴らした。

「出来不出来以前に、見ただけで設計の技術が隔絶しているわ。これが今までの“長方形”と同じ作者と言うのなら、間の試行錯誤の連環ミッシング・リングが抜け過ぎだ」

 思いっきりバレている。

 面と向かって否定されたドワーフがよろよろと後ずさり、衝撃を隠し切れない顔で呟いた。

「これが進歩に……見えないだと……!?」

 ダニエラには見えていたらしい。


 一方の助教は容赦が無い。

「言い方を間違えたな。隔絶じゃなくて、技術の進化が途中で断絶している。鷹と鶏は同じ鳥でも骨格からして違うのだ。系統樹の同じ枝には連なっておらん」

「あー……」

 納得するラルフとクラエスフィーナ。確かに進歩し過ぎていて、一週間かそこらでブレイクスルーしたような変化にはとても見えない。

 助教が惚れ惚れした顔で模型を手に取り眺めた。

「この設計者は、工造学科でもかなり腕がいい方だな。今まで見た中で空力抵抗をここまで考えた設計は無かったと思うが……誰か〝飛空”を研究していた者がいたかな?」

(ねえ、正直に言った方が良いのかな? 工造学科どころか学院生でさえ無いって)

(そういうのを告白するのは全部済んだ後だ。今奴らの手伝いを、規約違反で禁止されたら目も当てられねえぞ)

「ん? どうした?」

「いいえ、何でもないっす」

 怪訝そうに見る助教の視線を、二人は笑ってごまかした。


 男二人はかろうじて失言を免れたが……こういう時に、余計な一言が出る者がいる。そう、ダニエラだ。

 ポンコツドワーフはせっかく無事に済みそうだったのに、ポロっと嫌味をこぼしてしまった。


「見ただけでそんだけの事が判っても、導師になれないんすか?」


 連行されていくダニエラを見送って、ラルフはクラエスフィーナに言った。

「そろそろ説教と補講に加えて体罰が出そうだよね」

「というより、もうダニエラが工造学科から放り出されそうだよ……」



   ◆



「これはかなり期待できるよ。早い所キャロル湖で試したいね!」

 ラルフが興奮して言えば、ホッブもウンウンと頷く。

「ああ、もう実機を作ろう! とりあえず何日で作れるか……風洞実験で問題なければ、もうその日のうちに現場でテストしてえな」

 二人の話を聞きながら、クラエスフィーナが飛行機の模型を手に取る。両方を見比べ、人形の位置を確認した。

「吊り下げタイプは、結局搭乗者の固定方法はあのままなんだよね? だとしたらやっぱり上に乗る方がいいなあ……上に乗るなら、バンドは腰に一本で良いんじゃないかな?」

「そうだね、機体に寝そべれば体重を支える必要が無いから……その代わりちゃんとしがみ付いていないとね」

「だよねー」

 クラエスフィーナはラルフと話しながら何気なく、搭乗者代わりに載っている人形をはずしてみた。

「あうっ!?」

 一旦持ちかけたエルフは、掴みそこなって人形を机上に落としてしまった。いきなり呻いて人形を取り落としたクラエスフィーナに、ラルフとホッブが驚く。

「どうしたの、クラエス!?」

「なんだ!?」

「そ、それが……ちいちゃな人形なのに妙に重くて……」

「重い?」

 ホッブが人形を摘まみ上げた。

「ホントに見た目より重いな……ん?」

 ホッブが人形を振ると、服の下から鉛の板が落ちてきた。ラルフが摘まみ上げ、二人でしげしげと眺める。

「……切り口が雑だな。鉄バサミか何かで自力で切ったのか?」

「人形はジュレミーから借りた、普通に売ってるやつなんだけどな……」

 しばらく無言で眺めて、同じ答えに行きついたラルフとホッブはそのまま人形を片付けた。

「にしてもダニエラおせえな」

「助教、過去最高に怒って無かった?」

「一番デリケートな問題にボディブローをかますからだ……」

「ダニエラも考えずに口に出すんだもんなあ」

 そして二人は何気なさを装ってチラリとクラエスフィーナを見て……エルフがグッタリ突っ伏しているのを発見した。

 二人ため息をつき、向き直ってクラエスフィーナの肩を叩く。

「……ま、気にすんなよクラエス。ガキどもだって悪気があった訳じゃないんだ」

「そうそう。正確を期すために、色々努力してたんだよ。判ってやりなよ」

 二人の適当な慰めに、机にのの字を書くクラエスフィーナは涙ながらに呟いた。

「十分の一なのに……十分の一でも私、こんなに重さがあるの……?」



   ◆



 複雑な形をしていたので実機の製作にはそれなりに時間はかかったが、それでも五日で四号機は完成した。


 クラエスフィーナが首を傾げる。

「ジュレミーちゃんのお友達、よく学院内の作業場まで入れたね」

 もちろん四人で作業していたら、こんな早くは進まない。設計した幼年学校生バイトたちを、クラエスフィーナのチームの作業場に連れ込んだのだ。

「そこはそれ。進学のための学院見学と言えば」

「五日も毎日……?」

「門番も形式的に来院目的を書かせているだけだからな。誰が通ったかなんて覚えちゃいないって」

「お役所仕事様々だねえ……」

 ラルフが完成した実験機を振り返った。

「僕としてはそれよりもさ……〝翼”に張った布が、サンプルと大分違うのが気になるんだけど」

「仕方ねえだろ……あのハゲに一杯食わされたんだから」




 実験機の翼には、先日袋問屋で買い求めた新しい布が張られている。


 一昨日届いた時、ラルフとホッブが間違いがないか検品した。

 物を触ってみて、確かに手触りも重さも期待した通り。サンプルの粉袋に使われていた布地に間違いない。それは確かに問題なかったんだけど……。

 検品しようとしたホッブは包装を剥がした途端に、持って来たオヤジに反物を突き付けた。

「おいこらオヤジ、これはどういうことだ!」

「どういうことだも何も」

 言われることは判っていたのだろう。問屋の主人は平然と答えた。

「ちゃんと俺は契約の時に言ったぜ? 『無地でなくて構わないのなら』って」

「それはそうだがよ……」

 届いた布地の表面には……。


 布地一面に、各種商売の広告が。


「あんな言い方をしたら色合いがおかしいとか、漂白してねえ生成りとか、色目の違う糸が混入するとか、そういう意味だと思うだろうが!」

「そんなの無地のうちだろうが。俺も頑張ったんだぞ。広告をあちこちから出稿してもらったから、おまえらにあんな値段で売れるんだよ」

 問い詰められている筈のオヤジは、むしろ自慢げに胸を張る。

「いいじゃないか、別に。規定に『広告が付いちゃいけない』なんてあるのか?」

「あるわけねえだろ!」

 大学の学内の課題で、そんな想定しているわけがない。


 クラエスフィーナの耳がまた垂れている。

「ホントに今さらだけどさ……なんでうちのチーム、規定の抜け穴探しばっかりやってるんだろ……」

「今回のは俺たちがやったんじゃねえだろうが!?」

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