第56話 できることは一通りやった……つもりでいると見落としが

 しばらく放心した後、ホッブが勢いをつけて起き上がった。

「いい方に考えよう。どう考えてもあいつらの考えた機体は、今まで見たどのチームの研究成果より勝っているぞ。クラエス、合格に一番近いのはおまえかも知れねえ」

「わ、わーい……って言っていいのかな?」

 まだ行き倒れポーズで床に寝そべっているクラエスフィーナがボソボソ呟く。

「なんか……年の離れた弟に逆に夏休みの宿題を片付けてもらった感じがする……」

「気にするな! どうせおまえらポンコツなんだ。他人に書いてもらった宿題を自分でやったような顔をして堂々と提出しろ!」

「ホッブ、ぶっちゃけすぎ……」


 ラルフも四つん這いで這い出した。

「と、とにかくこれですごい前進したよ? 明日から作ってもらう模型を風洞実験で飛ばしてみて、問題なかったらすぐに実物を作ろうよ」

 ラルフの言葉にホッブも頷く。

「そうだな。まあ今の段階じゃ、ホントにガキどもの理論通りにいくのかもわからねえ。試験は俺たちがやらなくちゃならないし、こっちでやることもまだまだ多いんだ。何とか間に合わせるために残り七週間を頑張ろうぜ」

「そうだな……そうだよな!」

 バグっていたダニエラが再起動したらしく、元気に立ち上がって気勢を上げた。

「よっし、やってやろうじゃねえか! クラエス、まだまだこれからが本番だぜ!?」

「そ、そうだよね」

 クラエスフィーナももぞもぞ動き始めた。

 完全に開き直って上機嫌なダニエラが、その四つん這いになっている背中をバシバシ叩く。

「どうせあたしたちのチームは、基礎から他所のチームをパクってやってるんだ! ガキどもに宿題やらせて名札を付け替えて出すくらいで、罪悪感なんか感じてる場合じゃねえぞ、クラエス!」

「アウッ!?」

 いきなりの衝撃に、エルフは再び床に崩れ落ちた。

「あれ? どうしたクラエス?」

「ダニエラ、具体的に指摘するんじゃねえよ」




「はうー……協力してくれるみんなの為にも、頑張らないとね」

 床に座り込んだクラエスフィーナがいまいち覇気のない声で決意を宣言する。まだダニエラの一言が突き刺さっているらしい。

 もらってきたサンプルの袋を引っ張ったり畳んだりしながら、ラルフが天井を見上げた。

「しかし今日一日でだいぶ改善が進んだね。機体は凄い進化したし、材料の布とゴムも手に入れたし。後は発射台をちゃんとダニエラが設計できれば、もうほぼ完成じゃないの?」

「な、なあ、ラルフ……そこもアイツらじゃダメなの?」

「君はたまには、ちっぽけでもプライドを持てる仕事をした方が良いよ?」


「まあ三号機の実験次第じゃ、改善点がまだまだ出てくる可能性はあるけどな」

 あぐらをかいて座っていたホッブが、膝を一つ叩いて立ち上がった。

「それでも……次はレベルの試験飛行を狙えるかもしれねえぞ? 気合い入れて行こうぜ!」

 いつもは何かしら問題点を見つけるホッブが、先行きが明るくなってきたおかげで浮ついている。それを見たクラエスフィーナとラルフも、お互い微笑み合うと埃をはたいて立ち上がった。

 みんながやる気になったのを見て、ダニエラが拳を突き上げる。

「よーし、明日とは言わず今日からでも、出来ることをやって行こうぜ!」

「そうだな!」

「うん!」

「がんばるよー!」

 皆が口々に気合を入れる。鼻息の荒いダニエラがホッブを振り返った。

「おいホッブ、あたしは何をしたらいい!?」

「そりゃおまえ、決まってるだろ」

 やる気満々のダニエラへ……ホッブは現実を突きつけた。

「今から『黄金のイモリ亭』で、幼女の仮装コスプレお運びさんウェートレスだろ? ダニエラ




 この時、調子に乗っている四人は気がついていなかった。


 ……五つの問題点の最後。一番肝心な「推力」の件が全く検討されていないという事を。



   ◆



 今日はもう学校に資材を持って行くのは止めにして、四人はこのままラルフの家から「黄金のイモリ」亭バイト先へ行くことにした。


 家を出ようとして、ダニエラがふいにラルフを振り返った。

「そう言えばさ」

「なんだい?」

 ダニエラが天井を……正確には、作業部屋に充てた二階を指さす。

「おまえの妹が通ってる学校って、けっこう規律が厳しいところなのか?」

「うん? そうかもしれないけど……なんで?」

 ラルフはドワーフがいきなり何を言い出したのかが分からない。

 ダニエラが何やら一人で納得してウンウン頷いている。

「いやあ、五人が五人とも背格好も雰囲気もそっくりじゃん? あんなに同じような見た目に調されるほど、いろんなことをうるさくしつけられるのかなあと思って。あたしらの田舎なんて、そもそも上級の学校なんてモノが無いしさ。人間の社会って大変だな」

 ダニエラの言葉を受けて、それまで黙っていたエルフも激しく頷いた。

「私もそれ思った! みんな制服だったせいか、顔まで同じに見えたよ!」

「だろ!? な!?」

「ねえ!」

 そこで同意を求めるように見てくる女性陣の視線を受け、ラルフは同じように呆気に取られているホッブを見た。

「だ、そうなんだけど。どう思います、人間トールマンのホッブさん」

「どう思うも何も」

 白けた様子で頭をガリガリ掻くホッブ。

「同じに見えるも何も……同じ顔じゃねえか、アイツら」


「……えっ?」


 興奮してしゃべっていたドワーフとエルフが固まる。

「ありゃ五つ子だろ? 後から雰囲気が似たんじゃなくて、元から同じ顔だ」

「躾の結果で量産型に見えるんなら、うちのジュレミーはなんで違うのさ」

「……あ、そうか」

 衝撃の事実? に呆然としている亜人二人を、ジト目でホッブとラルフが眺める。

「そもそも君たちの顔の認識が、そんなにあやふやな方が僕らはビックリなんだけど」

「声をかけて来た時のクラエスが、俺たちが誰だか当てられなかったわけだぜ。そもそも人間の顔の見分けがついてないんじゃねえか」

「いや、慣れれば見分けぐらい簡単につくんだよ!? ただ私はそこまで近い関係が研究室の先輩ぐらいしかいなかっただけで……」

「おう、あたしも同じく!」

「おいラルフ。こうなってくると問題点が、こいつらの識別眼なのか対人関係なのか分からなくなってくるな」

「つくづくポンコツなんだね、うちのチーム……」

 



 やれやれとラルフが首を振った。

「その様子だと、五人の中に女の子がいたのも気がついてない?」

「…………はっ?」

 何気ないラルフの言葉に、ホッブまで固まった。

「……女の子、いたの?」

 クラエスフィーナの確認に、当たり前みたいにラルフが頷く。

「メインで図面の説明してくれてた子、あの子女の子だよ」

「うそ……」

「まったく気がつかなかった」

「全員男じゃねえの?」

 三人が異口同音に漏らすので、ラルフはちょうど玄関に出てきたジュレミーを振り返った。

「だよね?」

「さらに正確に言えば五つ子でもないわよ。学校じゃ『フィッチャー五兄弟』ってあだ名されているけど、双子姉妹のそれぞれの子供だから、三つ子と双子」


 平然としているラルフ兄妹に、恐る恐るクラエスフィーナが聞いた。

「もしかして……ジュレミーちゃんは分かるけど……ラルフ、五人の区別ついてたの?」

「そりゃ、もちろん」

 ラルフが「おかしなことを聞かれた」みたいな顔で、自分の頬を撫でた。

「微妙な違いで個別に認識できなければ、うちの商売できないもの」


「今日一番の発見はアレだな……」

 ホッブが驚愕に歪んだままの顔で、クラエスフィーナとダニエラに振り向いた。

「ラルフにも取り柄があったことだな!」

「それな!」

「まったくだよ!」

「なんだよ、その認識!?」

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