第55話 幼年学校生の実力
学院に荷物を持って行く前にもう一度ラルフの家に寄ると、ジュレミーのクラスメートたちがスケッチを持って見せに来た。
「兄ちゃんたち、こんな感じでどうよ!?」
「自信作だぜ!」
ある程度似たような物を作った経験があるだけに、基本的な概念はすでに頭の中にあるらしい。
「おお、仕事が早いな!」
「どんな感じ? 見せて!」
自信ありそうな年下たちが渡して来た紙を、ホッブが代表して受け取った。
彼らの書いたスケッチは、きちんと正面・上面・側面の三方向から書かれた三面図と、斜め上から立体的な印象が判るように書かれた俯瞰図がセットになっている。
「……おい、いきなり現職の工造学科を超えて来たぞ」
ホッブが驚愕を隠せない顔で、彼らの作った図面を他の三人に見せた。
「おお、すごいや!」
ラルフも素直に驚いた。
専門的なことはよく分からないけど、これを見ればすぐにでも製作にかかれそうなことだけは分かる。
「ほええ、コレが図面なんだ……!」
クラエスフィーナも、精緻なスケッチに感嘆の声を漏らした。
「……」
そして三人は同時に振り返り、顔を手で覆ってしゃがみ込んでいる
いつまでもダニエラを見ていても仕方ないので、三人は設計図を詳細に眺めてみる。
「ほう、これは……」
幼年学校生たちが設計した機体は、それまでの“でっかい絵のキャンバス”だの“梯子に布を張った”だのと言われた一号機・二号機と一線を画していた。
当たり前だ。
図面描きを主導したらしい一人が、図の要点を指し示す。
「お聞きした話を参考に、墜落を防ぐにはどうしたらいいか考えてみました」
きちんと今までの成果をフィードバックしてあるらしい。
……今までの記録が、成果と呼べるかは疑問だが。
新型の三号機(予定)は、“翼”がまっすぐでは無かった。
上乗り型も吊り下げ型も基本は同じだが、人間の搭乗部を軸に左右の翼に角度が付けられていた。搭乗部を基点に、平べったいV字になるように仰角が付けられている。
「羽根がまっすぐだと風の変化に弱いから、横から煽られた時に反対側の翼が逆に作用するようにV字翼にしました。これだと上乗り型でも乗る人が翼端よりそんなに上に出ないから、エルフさんが心配してたトップヘビーの問題も起こらないと思いと思います」
リーダーらしい短髪の少年が横から説明を入れてきた。なかなか理論的だ。
ただ、彼の言葉には聴き慣れない言葉が出てきた。
「トップヘビー?」
「トップヘビー。重心が上の方に寄り過ぎて安定が悪いことを、そう言います」
工造学ではメジャーな専門用語らしい。
「パチンコで飛ばす飛空機で起きたって話はあまり聞かないけど、船を作って水に浮かべる時には結構それで転覆する事がありますよ」
図面を覗き込んでいたホッブとラルフ、クラエスフィーナが一斉にダニエラを見た。またもやドワーフは両手で顔を覆ってうずくまっている。
現役の学院生(工造学科)の知識が幼年学校生のマニアに負けている。
「……まあ気にすんな。坑道設計士の卵」
「専門外だから仕方ないよ。学院で学ぶのは深く狭くなんだしさ」
「優しくしないで!? いつもと違う態度がスゲー刺さる!?」
「えーとね? あー……まあ、ダニエラ……そのお……」
「クラエスも言葉を探さないでくれよ!? よけいに事態が深刻な気がするから!」
しかし話はそれで終わらない。
うずうずしている少年たちはリーダーに任しておけず、横から手を突き出して口々に改善点を説明し始める。
「上面図を見てくれよ! 翼の形は菱形に近い形にして、前の縁が三角形になるようにしたんだ! 前の実験機がいきなり墜落したのは、前の縁が直線で風の動きに一斉に反応しちゃったからだと思うんだよね!」
「それと菱形翼にすることで、揚力を担当する中央付近と横方向の安定性を負担する翼端部に仕事を分けられるんではないかと」
ホッブがチラリとラルフを見た。ラルフも浅く頷き返す。
(おい。このガキどもの方が、うちの学院のどのチームの説明よりも本職っぽいんだが?)
(いや、もしかしたら……実際にマニアの方が興味がある分、仕方なくやってる学院生より詳しいかもよ)
ちらっと見ると、
(クラエスがついて来られないのは、パチンコ飛空機で遊んだ経験があるかどうかかな?)
(俺たちだって、もう作り方も忘れちまってるけどな)
キラキラした目で返事を待っている
「えー……中央と翼端で仕事を分けられるというのは?」
「菱形翼を採用したのもそこなんです!」
それを口に出した少年が、我が意を得たりとばかりに喋り始める。
「中央部の奥が深く面積がある部分で風の大半を受け、下へ落ちないように揚力……この場合浮力の方がイイですかね!? 浮力を発生させます! 安定をさせるのがメインなんです! そして逆に翼端部は奥行きも面積も狭くすることで、風を切る時にしなって曲がりやすくします! このねじれが発生することで、翼端は急な横の動きにくさびを打ち込む効果が出るんでないかと! 羽根の全てが一斉に同じ動きをするんじゃなくて、部分部分で受け持つ機能を変えるんですよ!」
こういう話が本当に好きらしく、説明させたら止まらない。彼の目がキラキラ輝いている。人生惰性で生きているラルフとホッブには無いものだ。
もうラルフとホッブも、コイツが何を言ってるのかわからない。分かるのは、多分この少年たちの方が……エンシェント万能学院工造学科のどの生徒よりも学院生っぽいということ。
(『好きこそものの上手なれ』とはいうが……マニアまじやべえ)
(こういう連中に限って、
そして最後にリーダーの少年がとどめの一言。
図面の前縁に近い部分を指差し、確信のある顔で言い放つ。
「縮尺模型の実験機は無人で飛ばすから付けられないんですけど……実際にフルサイズで作った時は、ここに細工をしたいと思います。搭乗者が紐を引くとこの部分につけた小さな板が起き上がり、正面からの風に抵抗する力が増す装置です。左右の片側だけを操作することで、抵抗が増す方だけが速度が遅れて機体の進行方向が曲がるというわけです」
一通り説明を終えて反応を待っている少年たちに、ホッブは最高の笑みで……理解することを放棄した爽やかすぎる笑みで……グッと親指を立てて見せた。
「パーフェクトだ! このまま作業を進めてくれたまえ!」
◆
今日の作業を終えて意気揚々と帰っていくラルフ妹のクラスメートたちを見送り、もう学院まで戻る気力もない四人は作業部屋にする空き倉庫でグッタリと転がっていた。
ボソッとホッブがつぶやく。
「なんかもう……学院生とか年上とかのプライドが折れまくりだぜ……」
「あれ、ホントにジュレミーの同級生かな……工造専門学院の指導生とかじゃないの?」
全然マジメでないと自覚しているラルフでさえ、学徒としての格の違いに打ちのめされている。
野垂れ死んだ死体みたいに横倒しになっているエルフも、瞳孔の開いた目でどこか棒読みなセリフを囁いていた。
「ねえ、ラルフ、ホッブ……私たちの一か月ってなんだったのかな……」
そして、
「マニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえ……」
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