第54話 やっふーショッピング

「まったく酷い目にあった……」

 歩きながらぶつぶつ不平を言っているラルフに、ホッブが軽ーく謝った。

「すまねえラルフ、まさかはずせないとは思わなかった」

「まさかじゃないだろ!? どう見たって袋を取れなくって苦しんでただろ!?」

「いや、好きで楽しんでるのかと。そういう趣味のヤツっているじゃん?」

「おまえとの今までの付き合いで、僕がそんな片鱗を見せたことがあったか!? 変態はホッブだけで十分だ!」

「俺を兄貴と一緒にすんな!?」

「ホッブの家変なのか……」

「待てダニエラ、『も』はどこに掛けた!?」

「着いたよー」

 一行は二軒目の目的地、ゴム製品も扱っている雑貨問屋に到着した。




 今度は直接の知り合いではないので、出て来た主人にラルフが丁寧に来意を説明した。

 ただ、反応はあんまり芳しいものではなかった。

「そうですか……いや困りましたな、うちは小売りはお断りしているのですが」

 袋問屋はラルフの家の取引先なので応対してくれたけど、問屋だったらこちらの反応が普通だろう。

 先頭に立っていたラルフが、チラっとホッブを見た。

(どうするホッブ)

(任せろ)

 目配せを交わしたホッブが快活に笑いながら作り笑顔で前に出る。

「いやいや、実はドルーズ師にここを使うように言われまして」

「あ、導師の研究室の学院生さんですか」

「ええ、ドルーズ研究室から来ました」

 ホッブは肯定微妙に曖昧な言い回しで頷いて見せた。

 “消防団から来ました”と言って水桶を高く売りつける詐欺師と同じ論法である。

 法論学は言葉をいじくるのがお仕事。この程度の論理のすり替えは雑作もない。

「そうですか……それでは無下にお断りするわけにもいきませんね」

 真に受けた店主は店の中へと一行を案内した。


 ホッブが背中に回した手でサムズアップ。

 無表情にそこへ拳を打ち合わせてねぎらうラルフ。

「コイツら、卒業後は詐欺師になるんじゃねえだろうな……」

 一部始終を後ろで目撃していたダニエラは、誰にも聞こえないように小声でげんなりと呟いた。




 用途を聞いた主人は、何種類かの帯状のゴムバンドを持って来た。

「おそらく、お話の研究チームが使っていたのはこの辺りではないかと思います」

 幅がニ十センチぐらいある、一番太いバンドを取り上げる。

「これ以上の幅の物は他所で扱っている物でも見たことがありません。これをギリギリまで引き絞って、ストッパーを一瞬ではずして飛ばしたんでしょう」

 ゴムを掴んで引っ張ったりしていたラルフが尋ねる。

「やっぱりこれぐらいの太さが必要ですかね?」

「と言われますと?」

 ラルフが片方の端をホッブに渡して、二人で目一杯両側に引っ張る。ほとんど伸びない。

「この通り……限界まで引っ張るのってメチャクチャ力がいるなと思いまして」

「そうですね。帆の巻き上げ機のような仕組みで、機械を使って相当な力で引いたと思いますよ」

 ラルフと主人の会話を横で聞いていたダニエラが、ラルフの否定的なニュアンスに首を傾げた。

「力が強ければ飛距離も伸びるだろ? 何が問題なんだ?」

「じゃあ聞くけどよ」

 ラルフに替わり、ホッブがビシッとダニエラを指差す。

「それを可能にする巻き上げ機構、おまえが作れるのか?」

「…………おおっ!?」

 ドワーフはやっと自分が唯一の工造学科という事に気がついたらしい。ケタケタ笑いながら手を横に振った。

「無茶言うんじゃねえよ」

「おまえこそ簡単に無理だと言うんじゃねえよ」

「ガキどもに作らせりゃいいじゃねえか」

「多少は『自分が』って言って見せろよ、工造学科」

「アホか」

 ダニエラは開き直った顔でふんぞり返った。

「『黄金のイモリ』亭での仕事であたしも悟ったんよ……プライドなんか豚の餌にもなりゃしないって」

「おまえそもそも、プライドを主張できるほどおべんきょできないもんなぁ」


 出しては来たものの、問屋の主人も一番太い物については否定的だった。

「力がいちばん強いのは確かなんですが……」

「何か問題があるんですか?」

「かなり強い力で引く必要があるのも扱いが大変だと思うんですが……ゴムは少しでも傷があると、伸ばしている時に一気に千切れるんです。外殻が丈夫な箱の中に入っているならともかく、お話を聞きますとかなり簡易な設備で実験をされるみたいなので……」

 人を載せた物体をはるか先まで飛ばすほどの、物凄い運動エネルギーを内包したゴムが……一気に千切れる……。

「もしかして、大惨事ですか?」

「私でしたら少なくとも、五十歩の距離より近くには居たくないですね」

 ちぎれたゴムバンドが暴れまくるのも危険だが、それに弾き飛ばされた物が飛んでくるのも恐ろしいと主人は言った。


 その事故現場の一番近くにいるのは当然、搭乗者クラエスフィーナ

 ホッブが見ると、肝心のエルフは真っ青な顔で腕でバツを作っている。

 了解したというふうに、ホッブは彼女に頷いて見せた。

「しかしクラエスはこんな危険物でも乗り気なようだ。勇者だな」

「全然だよ!? 私は大反対だよ!? どこ見て言ってるの!?」




「どちらかと言うと、こちらの方がお勧めですね」

 主人は幅が五センチくらいの物を手に取った。渡されたラルフがホッブと引っ張ると、かろうじて人力でも伸びる。

「これだと力が弱くないですか?」

「何本か一緒に使うんですよ。そうすれば同じ力が得られても、傷が入って千切れるのは何本かの中の一本だけです。安全性が違いますし、強弱の加減もつけやすい」


 これならまとめて束ねて使ってもいいけど、一本ずつに巻き上げ機を用意してもいい。そうすれば巻き上げ機は簡易な物で済むし、千切れた時の危険も大幅に減る。

「どう思う?」

 手に持っているラルフが他の三人に聞いてみる。

「安全第一だよ!」

 とクラエスフィーナ。

「扱いが楽なのはいいな」

 とホッブ。

「なんでも良いから構造が簡単で済むヤツな」

 とダニエラ。

「ふむ」

 ラルフはしばし考え……これを買うことに決めた。

「これ、五本下さい。まとめ買いで少しでもお安くお願いできれば助かるんですが」

「んんん、そうですねえ……」

 商売的に小口で値引きをしたことがないのだろう。どうしたものか迷う主人へ、ラルフが重ねてお願いした。

「もしなんでしたら、この無駄に細マッチョなホッブをタダでこき使ってくれて構いませんので」

「おまえ、その手段がどこでも通じるとか思うんじゃねえよ!?」




 ゴムベルトは珍しい素材なので結構な金額がしたけれど、ラルフは即金で支払って現物をその場で受け取った。


 抱えた包みを持ち直しながら、ダニエラは不思議そうに今出てきた店を振り返った。

「袋問屋の時はツケ払いの上に、学院まで届けるように頼んだじゃん。なんでこっちは即金で持ち帰んの?」

「アホか、オマエは」

「なんだよホッブ。何が問題なんだよ?」

 ホッブとラルフが一回視線を合わせ、二人でダニエラに向き直った。

「『ドルーズ導師の関係者』だと、あちらが誤解話で進めただろ? 後日の引き渡しにして、導師に確認取られたらまずいだろうが」

「バレたら店を出禁になるかもな案件だからね。ニコニコ現金決済で今すぐ物を手に入れないと、次の機会は無いかも知れないじゃない」

「おまえら……」

 思いっきり確信犯だろ。

 ジト目のダニエラは開いた口が塞がらない。

 その横で耳を寝かしたクラエスフィーナが、泣きそうな顔で呟いた。

「なんでこう私たちって、なんでもかんでも後で問題になりそうな解決策しかないんだろうね……」

「クラエスが出遅れたから」

「言っちゃう!? ここで言っちゃう!?」


 賑やかな往来に、エルフの涙声が響いた。

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